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混迷の遺跡編
episode144
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髪は生乾きのまま、アルカネットは軍服に身を包み、急いで屋敷を飛び出した。地上のゴンドラも地下の馬車も使わず、魔法で身体を浮かせて宙を飛んだ。
この男にしては、珍しいほどの慌てぶりである。
「一刻も早く、リッキーさんのもとへ向かわねば…」
大きく切り裂かれた傷、血の気を感じさせない顔色、ぐったりとした身体。死の息吹を吹きかけられたような、あまりにも酷薄な姿。もう助からないのではと思うほどに、アルカネットの心をかき乱した。
「いえ、絶対に助けてみせます」
目の前に迫ってきた大病院の建物を見据え、アルカネットは顎を引いた。
建物の入口前にひらりと舞い降りると、すぐさま大病院へ入る。
「すみません、外来はもう」
「急ぎの用件です。ヴィヒトリ先生を呼んでください」
呼び止めてきた受付の男に、アルカネットはすぐさま言う。
「ヴィヒトリ先生でしたら、今夜は立て続けにオペをしている真っ最中です」
「なんですって?」
普段温和な顔が、サッと険しく歪む。受付の男が思わず後ろによろける程だ。
「終わり予定は、何時くらいでしょう?」
「え、えっと」
受付の男はデスクに駆けていき、医師の予定表を確かめる。
「未明には終わる予定となっています」
アルカネットは壁掛時計に目を向ける。
あと数分ほどで、日付が変わろうとしていた。
顔を僅かに俯かせ、アルカネットは考えるようにしていたが、険しい表情はそのままに受付の男に顔を向けた。
「ヴィヒトリ先生に伝えなさい。大至急の急患が控えています。予定のオペを3時までには終わらせるようにと」
「は、はいっ」
「それとあなたは、この病院でヴィヒトリの次に優秀な外科医に、今すぐここへくるように伝えなさい。これは、副宰相ベルトルド様からの直々の命によるものです。急ぎなさい」
連絡を取るため、受付の男が逃げていくように走り出す後ろ姿を見つめ、アルカネットはイライラするように、つま先で床を軽く叩く。
「こうしている間にも、容態が……」
まさかオペをしているヴィヒトリを掻っ攫うわけにもいかず、アルカネットはオペが終わるのを、最大級の忍耐で待たねばならなかった。
総帥本部に到着したベルトルドを、ブルーベル将軍とラーシュ=オロフ長官が出迎えた。
「こんな遅くに招集をかけてすまんな」
開口一番2人に詫びると、返事を待たずにベルトルドは建物に入っていった。
「軍とはそういうもの、お気になさらず」
ベルトルドに続きながら、ブルーベル将軍はにこやかに答えた。これにラーシュ=オロフ長官が無言で頷く。
24時間体制の総帥本部内には、夜勤の軍人たちが多く詰めており、ベルトルドの行く先々で敬礼が投げかけられた。
過日キャラウェイ元将軍の不祥事を解決した功労者として、皇王から全軍総帥の地位を下賜されたベルトルドは、国政と軍権を掌握する、並ぶもののない権力者になっていた。それこそ、キャラウェイ元将軍が夢見た、世界征服も夢ではない。
しかしベルトルドにとって、世界征服とは”恥ずかしい夢”であり、腐敗し堕落しきっているならまだしも、せっかく上手くいっている体制を、個人のちっぽけな夢のために破壊する気など毛頭ないのだ。むしろ「仕事が増えて大迷惑だ!」という心境である。
執務室に到着した御一行は、部屋の中央に位置する応接ソファに陣取り、協議に入った。
この男にしては、珍しいほどの慌てぶりである。
「一刻も早く、リッキーさんのもとへ向かわねば…」
大きく切り裂かれた傷、血の気を感じさせない顔色、ぐったりとした身体。死の息吹を吹きかけられたような、あまりにも酷薄な姿。もう助からないのではと思うほどに、アルカネットの心をかき乱した。
「いえ、絶対に助けてみせます」
目の前に迫ってきた大病院の建物を見据え、アルカネットは顎を引いた。
建物の入口前にひらりと舞い降りると、すぐさま大病院へ入る。
「すみません、外来はもう」
「急ぎの用件です。ヴィヒトリ先生を呼んでください」
呼び止めてきた受付の男に、アルカネットはすぐさま言う。
「ヴィヒトリ先生でしたら、今夜は立て続けにオペをしている真っ最中です」
「なんですって?」
普段温和な顔が、サッと険しく歪む。受付の男が思わず後ろによろける程だ。
「終わり予定は、何時くらいでしょう?」
「え、えっと」
受付の男はデスクに駆けていき、医師の予定表を確かめる。
「未明には終わる予定となっています」
アルカネットは壁掛時計に目を向ける。
あと数分ほどで、日付が変わろうとしていた。
顔を僅かに俯かせ、アルカネットは考えるようにしていたが、険しい表情はそのままに受付の男に顔を向けた。
「ヴィヒトリ先生に伝えなさい。大至急の急患が控えています。予定のオペを3時までには終わらせるようにと」
「は、はいっ」
「それとあなたは、この病院でヴィヒトリの次に優秀な外科医に、今すぐここへくるように伝えなさい。これは、副宰相ベルトルド様からの直々の命によるものです。急ぎなさい」
連絡を取るため、受付の男が逃げていくように走り出す後ろ姿を見つめ、アルカネットはイライラするように、つま先で床を軽く叩く。
「こうしている間にも、容態が……」
まさかオペをしているヴィヒトリを掻っ攫うわけにもいかず、アルカネットはオペが終わるのを、最大級の忍耐で待たねばならなかった。
総帥本部に到着したベルトルドを、ブルーベル将軍とラーシュ=オロフ長官が出迎えた。
「こんな遅くに招集をかけてすまんな」
開口一番2人に詫びると、返事を待たずにベルトルドは建物に入っていった。
「軍とはそういうもの、お気になさらず」
ベルトルドに続きながら、ブルーベル将軍はにこやかに答えた。これにラーシュ=オロフ長官が無言で頷く。
24時間体制の総帥本部内には、夜勤の軍人たちが多く詰めており、ベルトルドの行く先々で敬礼が投げかけられた。
過日キャラウェイ元将軍の不祥事を解決した功労者として、皇王から全軍総帥の地位を下賜されたベルトルドは、国政と軍権を掌握する、並ぶもののない権力者になっていた。それこそ、キャラウェイ元将軍が夢見た、世界征服も夢ではない。
しかしベルトルドにとって、世界征服とは”恥ずかしい夢”であり、腐敗し堕落しきっているならまだしも、せっかく上手くいっている体制を、個人のちっぽけな夢のために破壊する気など毛頭ないのだ。むしろ「仕事が増えて大迷惑だ!」という心境である。
執務室に到着した御一行は、部屋の中央に位置する応接ソファに陣取り、協議に入った。
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