片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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番外編・3

彼らのある日の悩み ベルトルド編:アルカネットの問題

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 書斎のデスクの前に、腕を組んで座っているベルトルドは、今日何度目かのため息をついた。

 デスクを挟んだ向かい側には、淡々とした表情のアルカネットが立っている。

 再びため息をついたベルトルドは、目を開けてアルカネットを見据えた。

「今日付けで、メイドの一人が辞職した」

「そうですか」

「辞職の理由は、”アルカネット様に辱めを受けたから”、だそうだ」

 アルカネットは小首をかしげる。

 ベルトルド邸には、使用人が総勢50名を超える。ハーメンリンナの他の屋敷に比べれば、これでも少ない方で、全て住み込みだ。

 ボーイはセヴェリ、メイドはリトヴァが全て管理しており、二人に任せているので、ベルトルドはあまり使用人たちの顔も名前も知らない。

 ベルトルドが顔を合わせるメイドは、アリサやパーラーメイドくらいで、チェインバーやキッチンなどのメイドと顔を合わせる機会はない。

 今日辞めていったメイドは、チェインバーメイドだった。

「心当たりがあるだろう? まだリッキーと同い年の少女で、ブリッタといったかな。お前の不在中の私室のベッドメイキングと掃除をしに早朝部屋へ訪れてみれば、裸のお前が立っていた。どうしていいかわからずいたら、ベッドに投げられ犯されたという」

「ああ」

 そういえば、といった表情でアルカネットは頷いた。

「そんなこともしましたね。言われるまで忘れていました」

 他人事のように素っ気無く言うと、アルカネットは軽く肩をすくめた。

 実はこれが初犯ではなく、過去何度か同じことがあった。そして、そういうことをしでかすときのアルカネットは、ベルトルドが留守で、自らの感情の抑制がきかなくなったときだと決まっていた。

 アルカネットのそういうところがよく判っているので、ベルトルドは強く言いづらい。言って判らせられるなら、初犯の時にしっかり言い聞かせている。

 ベルトルドはアルカネットを追い払うように手を振った。退室しろ、という意味だ。

 アルカネットは頭を下げて一礼すると、書斎を出て行った。反省の色など微塵もない。礼儀的にしただけの行為は、される側にとってはうざいものだった。

 ベルトルドは椅子に深く身を沈め、唇を尖らせる。そして肘掛に指をトントン打ち、目を細めた。

 明らかな性犯罪だが、アルカネットを告発して投獄させるわけにはないかない。しかしアルカネットには、罪を犯している意識がまるでない。そこにたまたま女がいたから、感情のはけ口に使っただけなのだ。だが女にしてみたら、たまったものではない。

 アルカネットがそんな風になってしまった理由を、ベルトルドは痛いほど理解している。そして自らの計画を遂行するためには、アルカネットを欠くわけにはいかない。許しがたいことだとは判っている。それでも欠くわけにはいかないのだ。

 辞めていったブリッタは、貧しい家の出だと聞いている。よく働く子でリトヴァが褒めていたほどだ。この先夢もあっただろうし、密かにアルカネットに憧れの気持ちも抱いていたと聞いて、より不憫に思う。

 ベルトルドはリトヴァを呼び出すと、ブリッタに、むこう10年の生活保証と、新しい雇用先の世話、慰謝料を含めた退職金を支払ってやるよう命じた。ベルトルドには、そのくらいしかしてやれることはなかった。



 軽やかな足音と共に、書斎の扉をノックする音が部屋に響く。

「入っておいで、リッキー」

 扉を遠慮がちに開いて、キュッリッキがそっと顔を出した。

「夕食の時間だから、食堂へ来てくださいって、リトヴァさんが」

 用件を伝えながらキュッリッキはデスクまでくると、手招きされてベルトルドのそばに回った。

「ベルトルドさん、なんか辛そうだよ?」

 心配そうにキュッリッキは身を乗り出す。

「リッキーは良い子だ」

 ベルトルドはキュッリッキを抱き寄せ、膝の上に座らせる。

 ライオン傭兵団の仲間たちに、片翼のアイオン族であることがバレてしまい、メルヴィンのことと合わせて傷つき毎日泣いている。そのキュッリッキが自分のことまで心配してくれている。ベルトルドはそれがとても嬉しかった。

「こうしてリッキーがそばにいてくれれば、俺は大丈夫だ」

「ほむ」

 キュッリッキはベルトルドの頭を、イイコイイコと撫でてやる。

 ”泣く子も黙らせる”という通り名を持つベルトルドの頭を、こんな風に撫でるものなど、世界中でキュッリッキくらいしかいないだろう。そして、それが許されるのもキュッリッキだけだ。

 キュッリッキを抱きしめ、愛おしさを込めて頬ずりする。

 ブリッタに行ったような強姦行為を、キュッリッキにすることはさすがにないだろうとは思う。それだけは信じたい。しかし、その場にブリッタではなくキュッリッキがいたとしたら。感情の抑えのつかなくなったアルカネットは、何をしでかすか判らないのだ。そう考えると、心底怖気がする。

 キュッリッキには、絶対にそんな辛い思いはさせたくない。

 絶対に。

「さて、食堂へ行こうか。早く行かないとリトヴァに怒られる」

「うん」
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