868 / 882
最終章 永遠の翼
episode805
しおりを挟む
「やあ、おかえりサーラ」
島の小さな港で、背の高いハンサムな男が笑顔で手を振っていた。
「ただいまリクハルド」
サーラも笑顔で手を振り返し、器用にクルーザーを接岸させる。
「みんな家に集まってるよ。――おかえりリュー君、遠いところ疲れただろう」
手を差し出しながら、リクハルドがリュリュを出迎えた。
「お久しぶりね、リクハルドおじさん。改めて来ると、ホント遠いわ、ここ」
苦笑しながら手を握り返し、リュリュは後ろを振り向く。
「お客様を二人連れてきたわ。おじさんの美味しい昼食が楽しみね」
次にメルヴィンが名乗りながら降りて、最後にキュッリッキが降りる。
「えっ!? リューディアちゃん???」
青灰色の瞳がこぼれ落ちそうなほど目を見開き、リクハルドはキュッリッキの顔を食い入るように見つめた。
「違うわよ、ンもう。夫婦揃っておんなじ反応で笑っちゃうわね」
「えっと……キュッリッキです」
どんな表情をとればいいか困りながら、キュッリッキは肩をすくめ名乗った。
「小娘、あと4人分同じリアクションが待ってるから、覚悟なさい」
「……」
リクハルドに案内されて、彼の家へと向かう。
ログハウスのような、大きくて素敵な家が出迎えてくれた。
「さあ、遠慮しないでくつろいでくれ」
ドアを開けてスタスタ入っていくリクハルドに続いて、3人は家へと入る。
家の外観は見たままの丸太を積んだようなものだったが、内装は真っ白な漆喰を壁に塗り固め、天井などはログの雰囲気を生かした作りになっている。濃い緑の観葉植物が所々に置かれて、目に優しく明るく綺麗だ。
広々としたリビングに通された3人は、新たな4人の人物に迎えられた。
「リューディア!?」
いの一番に素っ頓狂な声を上げたのは、白い毛が混じった頭髪の男だった。そして、それに呼応するかのように、次々に「リューディア」と声があがる。
「チガウわよ、パパ」
ずいっと身を乗り出し、片手を腰に当てたリュリュがぴしゃりと言い放つ。
「小娘も困ってるでしょ。この子はキュッリッキっていうの。そしてこっちはメルヴィンよ」
紹介されて、二人は軽く会釈した。
「そ……そうか…」
驚きの表情を浮かべたまま、男は自らに言い聞かせるように何度か頷いた。
「紹介するわね。こっちがアタシのパパでクスタヴィ、ママのカーリナ。こっちはアルカネットのパパのイスモ、ママのレンミッキよ」
イスモとレンミッキは、ベルトルドの記憶で見た姿とあまり変わっていない。二人もまたアイオン族だ。
一方リュリュの両親は、すっかり年老いている。しかし、記憶で見た若い頃の面影は健在だった。
紹介された4人は動揺はそのままに、それぞれ短く挨拶をして座った。
「さあ、3人とも座りなさい」
リクハルドがすすめてくれたソファに、3人は並んで座った。
丸いガラスのテーブルを挟んで、7人は向かい合って黙り込んだ。相変わらず両親たちはキュッリッキをマジマジと見つめ、その視線に落ち着かない気分で、キュッリッキは内心ため息の連続だ。
延々会話の糸口が見つからないまま、静かなリビングには波の音と、時折小鳥のさえずる声が聞こえてくるだけだった。
「喉が渇いただろう。俺特製のスペシャルハーブアイスティーをどうぞ」
大きなグラスに琥珀色のアイスティーがなみなみと注がれ、氷がカランっと音を立てて涼しげだ。
リクハルドは3人の前にそれぞれ置くと、一人用のソファに座る。
「お待たせー……って、なあにこの辛気臭い雰囲気は」
サーラはリビングの雰囲気にちょっとひきつつ、リクハルドの座るソファの肘掛に腰を下ろした。
「まあ、アタシたちが来たのは、辛気臭い用事でなんだケド…ね」
リュリュは軽く肩をすくめ、そして足元に置いてあったカバンの中から、二つの小さな柩のような箱を取り出し、テーブルに並べた。
「察しは付いていると思うケド、こっちはベルトルド、こっちはアルカネットの遺灰が入っているわ」
サーラ、リクハルド、イスモ、レンミッキの4人は、形容しがたい表情で、我が子の遺灰の収められた箱を見つめていた。
ベルトルドとアルカネットが死んだ旨は、あらかじめサーラとレンミッキに伝えてある。詳細は報せていないが、葬儀の都合で連絡する必要があったのだ。
「そう…。こんなになっちゃったのね…」
サーラはベルトルドの柩を手に取ると、そっと頬ずりした。
「俺たちより早く逝くんだろうな、とは、もうだいぶ前から漠然と思っていたんだよ。片方の翼を引きちぎって、リューディアちゃんの墓前に供えた姿を見たときに」
リクハルドは悲しげに顔を歪め、我が子の柩に片手を乗せる。
「死ぬなら好きな女の上で励んで死ねよ、って言い含めておいたんだけどなあ。違うんだろ?」
「ええ、残念ながらチガウわ…」
悲しみの表情と言動が一致しないリクハルドを見て、メルヴィンは内心、
(親子だ……)
と、ため息をついた。
「アルカネットは、どの人格で死んだのかしら…?」
目に涙をいっぱい浮かべたレンミッキが言うと、リュリュはキュッリッキを見た。
「えと、優しいアルカネットさんだよ」
アルカネットが多重人格であったことは、キュッリッキはまだ聞かされていない。しかし人格、という言い方で、薄々察しが付いていた。
「そう……」
涙をこぼしながら、レンミッキは我が子の柩を胸に押し抱き、イスモは妻の肩を抱き寄せ泣いていた。
「強大な魔法スキル〈才能〉を持ち、訳のわからない人格が色々出てきて、怖かったんだ…。自分の子だというのに。だから家を出て遠い学校へ進学すると聞いたときは、正直ホッとしてしまった。――手元に置いて育てた時間のほうが短いのに、やっぱり悲しいな」
後から後から、涙がこぼれて服を濡らしていく。
イスモの本音は、リュリュやサーラ達にも理解出来た。たとえ我が子だとしても、深い部分まで理解しあうのは難しい。ずっと離れて暮らしていたからなおさらだ。こんな灰の姿で帰郷されてしまい、イスモもレンミッキも、沢山の無念と後悔を噛み締めていた。
リュリュはゆっくりと、これまでの経緯を語りだした。
ベルトルドとアルカネットの両親には、聞く義務がある。そして、包み隠さず報告する義務もまた、リュリュにはあった。
一連の事件の始まりは、このシャシカラ島から起こったのだから。
島の小さな港で、背の高いハンサムな男が笑顔で手を振っていた。
「ただいまリクハルド」
サーラも笑顔で手を振り返し、器用にクルーザーを接岸させる。
「みんな家に集まってるよ。――おかえりリュー君、遠いところ疲れただろう」
手を差し出しながら、リクハルドがリュリュを出迎えた。
「お久しぶりね、リクハルドおじさん。改めて来ると、ホント遠いわ、ここ」
苦笑しながら手を握り返し、リュリュは後ろを振り向く。
「お客様を二人連れてきたわ。おじさんの美味しい昼食が楽しみね」
次にメルヴィンが名乗りながら降りて、最後にキュッリッキが降りる。
「えっ!? リューディアちゃん???」
青灰色の瞳がこぼれ落ちそうなほど目を見開き、リクハルドはキュッリッキの顔を食い入るように見つめた。
「違うわよ、ンもう。夫婦揃っておんなじ反応で笑っちゃうわね」
「えっと……キュッリッキです」
どんな表情をとればいいか困りながら、キュッリッキは肩をすくめ名乗った。
「小娘、あと4人分同じリアクションが待ってるから、覚悟なさい」
「……」
リクハルドに案内されて、彼の家へと向かう。
ログハウスのような、大きくて素敵な家が出迎えてくれた。
「さあ、遠慮しないでくつろいでくれ」
ドアを開けてスタスタ入っていくリクハルドに続いて、3人は家へと入る。
家の外観は見たままの丸太を積んだようなものだったが、内装は真っ白な漆喰を壁に塗り固め、天井などはログの雰囲気を生かした作りになっている。濃い緑の観葉植物が所々に置かれて、目に優しく明るく綺麗だ。
広々としたリビングに通された3人は、新たな4人の人物に迎えられた。
「リューディア!?」
いの一番に素っ頓狂な声を上げたのは、白い毛が混じった頭髪の男だった。そして、それに呼応するかのように、次々に「リューディア」と声があがる。
「チガウわよ、パパ」
ずいっと身を乗り出し、片手を腰に当てたリュリュがぴしゃりと言い放つ。
「小娘も困ってるでしょ。この子はキュッリッキっていうの。そしてこっちはメルヴィンよ」
紹介されて、二人は軽く会釈した。
「そ……そうか…」
驚きの表情を浮かべたまま、男は自らに言い聞かせるように何度か頷いた。
「紹介するわね。こっちがアタシのパパでクスタヴィ、ママのカーリナ。こっちはアルカネットのパパのイスモ、ママのレンミッキよ」
イスモとレンミッキは、ベルトルドの記憶で見た姿とあまり変わっていない。二人もまたアイオン族だ。
一方リュリュの両親は、すっかり年老いている。しかし、記憶で見た若い頃の面影は健在だった。
紹介された4人は動揺はそのままに、それぞれ短く挨拶をして座った。
「さあ、3人とも座りなさい」
リクハルドがすすめてくれたソファに、3人は並んで座った。
丸いガラスのテーブルを挟んで、7人は向かい合って黙り込んだ。相変わらず両親たちはキュッリッキをマジマジと見つめ、その視線に落ち着かない気分で、キュッリッキは内心ため息の連続だ。
延々会話の糸口が見つからないまま、静かなリビングには波の音と、時折小鳥のさえずる声が聞こえてくるだけだった。
「喉が渇いただろう。俺特製のスペシャルハーブアイスティーをどうぞ」
大きなグラスに琥珀色のアイスティーがなみなみと注がれ、氷がカランっと音を立てて涼しげだ。
リクハルドは3人の前にそれぞれ置くと、一人用のソファに座る。
「お待たせー……って、なあにこの辛気臭い雰囲気は」
サーラはリビングの雰囲気にちょっとひきつつ、リクハルドの座るソファの肘掛に腰を下ろした。
「まあ、アタシたちが来たのは、辛気臭い用事でなんだケド…ね」
リュリュは軽く肩をすくめ、そして足元に置いてあったカバンの中から、二つの小さな柩のような箱を取り出し、テーブルに並べた。
「察しは付いていると思うケド、こっちはベルトルド、こっちはアルカネットの遺灰が入っているわ」
サーラ、リクハルド、イスモ、レンミッキの4人は、形容しがたい表情で、我が子の遺灰の収められた箱を見つめていた。
ベルトルドとアルカネットが死んだ旨は、あらかじめサーラとレンミッキに伝えてある。詳細は報せていないが、葬儀の都合で連絡する必要があったのだ。
「そう…。こんなになっちゃったのね…」
サーラはベルトルドの柩を手に取ると、そっと頬ずりした。
「俺たちより早く逝くんだろうな、とは、もうだいぶ前から漠然と思っていたんだよ。片方の翼を引きちぎって、リューディアちゃんの墓前に供えた姿を見たときに」
リクハルドは悲しげに顔を歪め、我が子の柩に片手を乗せる。
「死ぬなら好きな女の上で励んで死ねよ、って言い含めておいたんだけどなあ。違うんだろ?」
「ええ、残念ながらチガウわ…」
悲しみの表情と言動が一致しないリクハルドを見て、メルヴィンは内心、
(親子だ……)
と、ため息をついた。
「アルカネットは、どの人格で死んだのかしら…?」
目に涙をいっぱい浮かべたレンミッキが言うと、リュリュはキュッリッキを見た。
「えと、優しいアルカネットさんだよ」
アルカネットが多重人格であったことは、キュッリッキはまだ聞かされていない。しかし人格、という言い方で、薄々察しが付いていた。
「そう……」
涙をこぼしながら、レンミッキは我が子の柩を胸に押し抱き、イスモは妻の肩を抱き寄せ泣いていた。
「強大な魔法スキル〈才能〉を持ち、訳のわからない人格が色々出てきて、怖かったんだ…。自分の子だというのに。だから家を出て遠い学校へ進学すると聞いたときは、正直ホッとしてしまった。――手元に置いて育てた時間のほうが短いのに、やっぱり悲しいな」
後から後から、涙がこぼれて服を濡らしていく。
イスモの本音は、リュリュやサーラ達にも理解出来た。たとえ我が子だとしても、深い部分まで理解しあうのは難しい。ずっと離れて暮らしていたからなおさらだ。こんな灰の姿で帰郷されてしまい、イスモもレンミッキも、沢山の無念と後悔を噛み締めていた。
リュリュはゆっくりと、これまでの経緯を語りだした。
ベルトルドとアルカネットの両親には、聞く義務がある。そして、包み隠さず報告する義務もまた、リュリュにはあった。
一連の事件の始まりは、このシャシカラ島から起こったのだから。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる