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最終章 永遠の翼
episode800
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「っとに、あのオヤジどもおおおおおおおおお!」
握り拳を作り、片足をテーブルに乗せ、椅子の上に立つザカリーが吠えた。
「なぁにが『さらばだ! 愛すべき馬鹿ども!!』だってゆー!」
「いやあ~、最後の最後まで、ベルトルド様らしくって、貫いてたよねえ~」
テーブルに頬杖をつきながら、ルーファスが感慨深げに何度も頷く。
「しんみり、とか、感傷に浸る、て気分が、一瞬にして吹っ飛びましたね」
簾のように長い前髪を払い除け、カーティスは呆れたように呟いた。
ライオン傭兵団は、葬儀のあったハーメンリンナからキティラの屋敷に戻ってくると、食堂に集まって愚痴大会を催していた。
使用人たちが軽食や飲み物などを運んできて、更に酒も追加されて気分はエキサイトだ。
「まぁ~さぁ~、おっさんらしぃい最後の締めくくりでえ、ブルーベル将軍腹を抱えて笑ってたわよぉ」
綺麗な形の爪に真紅のマニキュアを塗りながら、マリオンがケラケラ笑いながら言う。
「あんな状況の中で笑ってられんのは、将軍くらいなもんだろう。神経が丸太並だからよっ」
ビールをひっかけながらギャリーが言うと、食堂のあちこちから頷きが返ってきた。
葬儀の中でキュッリッキが召喚の力を使い、呼び出した巨人には驚愕ものだった。これまで様々な奇跡を見せてくれたり、フェンリルやフローズヴィトニルなどの巨狼も目の当たりにしたし、フリングホルニではロキという名の神まで見せられた。今更何を見せられたって驚くものか、そうライオン傭兵団の皆は思っていた。
しかしあの3体の巨人には、圧倒的な威厳を感じ、キュッリッキに声をかけることすら憚られた。壇上だけ別の世界の出来事になっているような、そんな錯覚さえ覚えるほどに。
ところがである。
3体の巨人が消えたあと、現れたのはベルトルドとアルカネットの幽霊。
昨日フリングホルニで死闘を演じ、その死を見届けたばかりだというのに、もう化けて出てきているから、驚くよりも何故か腹が立っているライオン傭兵団の面々だ。しかも、死んで幽霊となっても、相変わらずの高慢で傲慢な居丈高で高飛車な上から目線の態度。それがより怒りを煽っている。
さすがに幽霊の出現は、召喚の力によるものじゃないだろう。
「あのオヤジども、死んでちょっとは悲しい、とか思って損したぜ」
「化けて出てきちゃうほど、キューリちゃんが大好きすぎたってことだね」
ザカリーを宥めながら、ルーファスはにっこりと笑った。
キュッリッキを抱きしめている時のベルトルドの幸せそうな顔を思い出すと、気持ちが表れすぎて、切ないほど微笑ましい。キュッリッキにだけ見せていた特別な笑顔。本当に心の底から、愛していたんだとよく判る。それだけに、キュッリッキを傷つけ、死んでいったことが悔やまれた。
「なあ、巨人やおっさんたちとキューリが話してた、飛行技術を返せってのなんだ?」
ザカリーは思い出したように誰にともなく言うと、カーティスは頷きながら座り直す。
「フリングホルニに向かう前に、リュリュさんから今回の事件の発端を話してもらった内容は、覚えていますね?」
「ああ。リュリュさんの姉貴が飛行技術を思いついて、それで神に殺されたって」
「ええ。ベルトルド卿はその飛行技術を、人間たちの手に返してもらうために、今回のような無茶なことをしでかしました。でも、志半ばで、我々に阻まれて失敗しましたよね。しかしその意思はキューリさんに引き継がれ、キューリさんは神々に訴え、飛行技術は人間たちの手に取り戻すことができた、ということです」
それまで愚痴や酒に意識を傾けていた皆が、カーティスに視線を向ける。
「私は魔法スキル〈才能〉を持っていますから、空を飛ぶことは自由自在です。不便を感じたことはありません。だから、魔法やサイ《超能力》、アイオン族以外の人間たちが、空を飛べないことを、不思議だと感じたことがないんです」
紅茶を一口すすって、カーティスは肩で息をつく。
「1万年前の出来事、というのは、リュリュさんからの話でしか判りませんが、人間たちから飛行技術を奪って、それを不思議にも思わせないようにしていた神々の意思もよくわかりません。けど、ベルトルド卿はあらゆる犠牲を払ってでも、それを取り返そうとして皮肉にも、傷つけた少女の手により飛行技術は取り返されました」
あれだけ溺愛していたというのに、傷つけてまで成そうとした。そして、命を賭して成就した。
あんなことまでして取り返した飛行技術が、この先人間たちにどんな幸運や不幸を与える事になるのかカーティスには興味がない。取り返せたといっても、今日明日にすぐ結果が出てくるわけではないからだ。
もしかすると、飛行技術はついでで、リューディアという人の願いを叶えたいだけに無茶をしたのだと、そうカーティスは解釈しようとした。あのベルトルドにそこまでさせるリューディアという存在に、カーティスは若干の興味を惹かれたが、今となっては所詮儚い人たちになっている。
自身が死ぬことを想定して、事後処理や諸々をリュリュに託していたことが、なんとも言い難い。死ぬつもりでやっていたのかと思うと、殴りたい衝動に駆られる。
最後まで無茶苦茶を押し付けられたが、ベルトルドがライオン傭兵団に遺してくれた金銭的なものは、計り知れない額である。それに今後リュリュが後ろ盾となり、軍や行政との渡りもつけてもらっている。仕事の依頼も変わらず困ることはなさそうだ。
非道な態度を見せつけられた割には、細かいところまで気遣いが行き届いているから、心底憎めないのが残念だった。なんだかんだ言われながらも、ベルトルドに守られていたのだ。
カーティスはずっと、ベルトルドが目の上のたん瘤だった。
自分で作ったライオン傭兵団を私物のように扱い、偉そうに口を出してきて仕切るし、迷惑この上ない仕事まで遠慮の欠片もない態度で押し付けていく。断りたいのに断れないジレンマと戦う4年近くだった。
ベルトルドと決別したくてしょうがなかった。それが、念願かなって死んで関わりを断ってくれた。それなのに心は晴れ晴れとせず、やりきれないイヤな重みがのしかかっていた。
でも――。無事葬儀も済んだし、イララクス復興に伴ってアジトの再建も行う。明日から気持ちを切り替えていかなくてはならない。
自分たちはこの先も、生きていくのだから。
握り拳を作り、片足をテーブルに乗せ、椅子の上に立つザカリーが吠えた。
「なぁにが『さらばだ! 愛すべき馬鹿ども!!』だってゆー!」
「いやあ~、最後の最後まで、ベルトルド様らしくって、貫いてたよねえ~」
テーブルに頬杖をつきながら、ルーファスが感慨深げに何度も頷く。
「しんみり、とか、感傷に浸る、て気分が、一瞬にして吹っ飛びましたね」
簾のように長い前髪を払い除け、カーティスは呆れたように呟いた。
ライオン傭兵団は、葬儀のあったハーメンリンナからキティラの屋敷に戻ってくると、食堂に集まって愚痴大会を催していた。
使用人たちが軽食や飲み物などを運んできて、更に酒も追加されて気分はエキサイトだ。
「まぁ~さぁ~、おっさんらしぃい最後の締めくくりでえ、ブルーベル将軍腹を抱えて笑ってたわよぉ」
綺麗な形の爪に真紅のマニキュアを塗りながら、マリオンがケラケラ笑いながら言う。
「あんな状況の中で笑ってられんのは、将軍くらいなもんだろう。神経が丸太並だからよっ」
ビールをひっかけながらギャリーが言うと、食堂のあちこちから頷きが返ってきた。
葬儀の中でキュッリッキが召喚の力を使い、呼び出した巨人には驚愕ものだった。これまで様々な奇跡を見せてくれたり、フェンリルやフローズヴィトニルなどの巨狼も目の当たりにしたし、フリングホルニではロキという名の神まで見せられた。今更何を見せられたって驚くものか、そうライオン傭兵団の皆は思っていた。
しかしあの3体の巨人には、圧倒的な威厳を感じ、キュッリッキに声をかけることすら憚られた。壇上だけ別の世界の出来事になっているような、そんな錯覚さえ覚えるほどに。
ところがである。
3体の巨人が消えたあと、現れたのはベルトルドとアルカネットの幽霊。
昨日フリングホルニで死闘を演じ、その死を見届けたばかりだというのに、もう化けて出てきているから、驚くよりも何故か腹が立っているライオン傭兵団の面々だ。しかも、死んで幽霊となっても、相変わらずの高慢で傲慢な居丈高で高飛車な上から目線の態度。それがより怒りを煽っている。
さすがに幽霊の出現は、召喚の力によるものじゃないだろう。
「あのオヤジども、死んでちょっとは悲しい、とか思って損したぜ」
「化けて出てきちゃうほど、キューリちゃんが大好きすぎたってことだね」
ザカリーを宥めながら、ルーファスはにっこりと笑った。
キュッリッキを抱きしめている時のベルトルドの幸せそうな顔を思い出すと、気持ちが表れすぎて、切ないほど微笑ましい。キュッリッキにだけ見せていた特別な笑顔。本当に心の底から、愛していたんだとよく判る。それだけに、キュッリッキを傷つけ、死んでいったことが悔やまれた。
「なあ、巨人やおっさんたちとキューリが話してた、飛行技術を返せってのなんだ?」
ザカリーは思い出したように誰にともなく言うと、カーティスは頷きながら座り直す。
「フリングホルニに向かう前に、リュリュさんから今回の事件の発端を話してもらった内容は、覚えていますね?」
「ああ。リュリュさんの姉貴が飛行技術を思いついて、それで神に殺されたって」
「ええ。ベルトルド卿はその飛行技術を、人間たちの手に返してもらうために、今回のような無茶なことをしでかしました。でも、志半ばで、我々に阻まれて失敗しましたよね。しかしその意思はキューリさんに引き継がれ、キューリさんは神々に訴え、飛行技術は人間たちの手に取り戻すことができた、ということです」
それまで愚痴や酒に意識を傾けていた皆が、カーティスに視線を向ける。
「私は魔法スキル〈才能〉を持っていますから、空を飛ぶことは自由自在です。不便を感じたことはありません。だから、魔法やサイ《超能力》、アイオン族以外の人間たちが、空を飛べないことを、不思議だと感じたことがないんです」
紅茶を一口すすって、カーティスは肩で息をつく。
「1万年前の出来事、というのは、リュリュさんからの話でしか判りませんが、人間たちから飛行技術を奪って、それを不思議にも思わせないようにしていた神々の意思もよくわかりません。けど、ベルトルド卿はあらゆる犠牲を払ってでも、それを取り返そうとして皮肉にも、傷つけた少女の手により飛行技術は取り返されました」
あれだけ溺愛していたというのに、傷つけてまで成そうとした。そして、命を賭して成就した。
あんなことまでして取り返した飛行技術が、この先人間たちにどんな幸運や不幸を与える事になるのかカーティスには興味がない。取り返せたといっても、今日明日にすぐ結果が出てくるわけではないからだ。
もしかすると、飛行技術はついでで、リューディアという人の願いを叶えたいだけに無茶をしたのだと、そうカーティスは解釈しようとした。あのベルトルドにそこまでさせるリューディアという存在に、カーティスは若干の興味を惹かれたが、今となっては所詮儚い人たちになっている。
自身が死ぬことを想定して、事後処理や諸々をリュリュに託していたことが、なんとも言い難い。死ぬつもりでやっていたのかと思うと、殴りたい衝動に駆られる。
最後まで無茶苦茶を押し付けられたが、ベルトルドがライオン傭兵団に遺してくれた金銭的なものは、計り知れない額である。それに今後リュリュが後ろ盾となり、軍や行政との渡りもつけてもらっている。仕事の依頼も変わらず困ることはなさそうだ。
非道な態度を見せつけられた割には、細かいところまで気遣いが行き届いているから、心底憎めないのが残念だった。なんだかんだ言われながらも、ベルトルドに守られていたのだ。
カーティスはずっと、ベルトルドが目の上のたん瘤だった。
自分で作ったライオン傭兵団を私物のように扱い、偉そうに口を出してきて仕切るし、迷惑この上ない仕事まで遠慮の欠片もない態度で押し付けていく。断りたいのに断れないジレンマと戦う4年近くだった。
ベルトルドと決別したくてしょうがなかった。それが、念願かなって死んで関わりを断ってくれた。それなのに心は晴れ晴れとせず、やりきれないイヤな重みがのしかかっていた。
でも――。無事葬儀も済んだし、イララクス復興に伴ってアジトの再建も行う。明日から気持ちを切り替えていかなくてはならない。
自分たちはこの先も、生きていくのだから。
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