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最終章 永遠の翼
episode788
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皆が食事を終えた頃、ヴィヒトリが大急ぎで駆けつけてくれた。急患が立て込んで、中々病院を抜け出せなかったらしい。
ハーメンリンナの大病院の医師たちも、イララクスに緊急出動で、てんてこ舞い状態だという。
ヴィヒトリは連れてきた女医と一緒に真っ先にキュッリッキの診察をしてから、順番にライオン傭兵団の診察に取り掛かった。
「ドーピング飲んだやつには、中和剤ちゃんと飲ませてくれたんだね。ありがとランドン」
「動けないままだとヤバかったしね」
ヴィヒトリ特製ドーピング薬は、身体に相当キツイ負荷を与えるものでもあった。効果が切れたあとすぐ中和剤を含ませないと、命の危険があったのだ。
「キューリは大丈夫なのか? その…」
言いづらそうに言葉を濁すザカリーに、ヴィヒトリは小さく笑った。事情はリュリュからすでに聞かされていた。
「女医を一人連れてきてるから、彼女に任せてあるよ」
「そ、そっか」
「デリケートな問題だからね」
「だな…」
「そいえば、メルヴィンは?」
「ああ、セヴェリさんと書斎にいるよ」
「ふーん?」
「一国一城の主になっちまったからな」
ギャリーがにやりと言う。
「じゃあちょっと書斎行ってくる。あんまりゆっくりしてられないんだボク。患者が24時間押しかけ状態だからさ」
軽症から重症まで、医者の救いを求めている人々が、被災地にはたくさんいるのだ。
「にいちゃんは、全然疲れてなさそうだね」
「あったぼーよ! 俺様の鍛え方は、ナンジャクなそいつらとはチガウんだぜ」
「……だってさ」
ヴィヒトリがくるっと首を後ろに向けると、タルコットとギャリーとガエルが、噛み付きそうな顔をヴァルトに向けていた。
書斎へ向かって歩いていると、ちょうどメルヴィンが反対側から歩いてきた。
「よー、メルヴィン」
「ヴィヒトリ先生」
書類を見ながら歩いていたようで、顔を上げてメルヴィンは苦笑した。
「診察にきたよ。そこの椅子に座ってよ」
「はい」
廊下の端々には、椅子が1脚ずつ置かれている。何のためなのか二人は知らなかったが、以前怪我が治ったばかりのキュッリッキが、屋敷の中を歩いていて、あまりの広さに疲れてしまった。途中で座りたくなるかも、そうベルトルドにぼやいたら、翌日からこうして椅子が置かれたという経緯がある。
メルヴィンの身体を触診しながら、時々問診する。
「そういえば、一国一城の主になったんだって?」
「……はい、そうなんです……」
「あんまり嬉しそうじゃないんだね」
「いえ、そんなことはないんですが、その…」
首をかしげたヴィヒトリに、メルヴィンはため息をつく。
「あまりにも大きすぎて、しかもリッキーの相続した財産やらなにやら、もう天文学的数値で、頭が追いついてきません」
メルヴィンが手にしている書類を覗き込むと、ヴィヒトリもその桁に絶句した。
本来キュッリッキに支払われるべきだった年金やら、ベルトルドとアルカネットから贈与された財産やら、10代先の子孫まで豪遊して暮らしても使い切れない額である。
ベルトルドとアルカネットは、若い頃から投資をしていて、それで築いた財産は天文学的数値である。
実家にもかなりの額を送ったらしいが、それでも手元に残された額がこれである。
何から何まで、桁違い、想像を絶するレベルな彼らだった。
「それにこの屋敷も、使用人が56名もいるそうです。管理はセヴェリさんとリトヴァさんがしますが、それでもなんて数でしょうね」
「まあ、ハーメンリンナの貴族たちに比べたら、半分位少ないけど」
「え~~」
メルヴィンはガックリと肩を落とした。これで少ないのかと。
「住んでればそのうち慣れる慣れる。キュッリッキちゃんも、すっかりここの暮らしに慣れちゃってるし。使用人たちがあんまり堅苦しくないしね」
本来キュッリッキは、傭兵などしていい身分ではなかったのだ。それが、異例の異例づくしで今に至る。
「そうですね。これはリッキーのためのものであって、オレはオマケですから」
「身も蓋もない言い方をするとそうなるけど、キミ以外の誰も、キュッリッキちゃんのオマケにはなれないんだよ」
「はい」
メルヴィンは照れくさそうに笑った。
「ちょっと背中の打ち身が気になるから、あとで薬を出しておくよ。骨には異常はナイのと、痛み出す前に薬を飲んでおいて」
「判りました」
「じゃあボクは街に戻るよ。患者が大勢待ってるから。何かあったらすぐ呼んで、駆けつけるから」
「はい、ありがとうございました」
帰っていくヴィヒトリを見送って、メルヴィンは南棟へ向かう。
そこにはキュッリッキの部屋があり、以前使っていたメルヴィンの部屋もあった。しかし今度は、東棟にある屋敷の主のための部屋が、メルヴィンの新しい部屋として指定されていた。かつてベルトルドの部屋でもあった。
寝るときはキュッリッキの部屋になるだろうし、あまり使わなさそうだ。そう思うと、今日何度目かの溜息を吐きだした。寝られれば正直どこでもいいとメルヴィンは思っている。
そうは思っても、今日からこの屋敷の男主人である。女主人はキュッリッキで、まだ正式に結婚も手続きもしていないが、二人の家になったのだ。
クラクラする頭を抱えながら、メルヴィンはキュッリッキの部屋のドアをノックした。
「どうぞー」
中からキュッリッキの声が答えて、メルヴィンはドアを開いた。
「メルヴィン」
ベッドに腰掛けていたキュッリッキは、嬉しそうにメルヴィンに駆け寄って飛びついた。
「セヴェリさんとお話終わったの?」
「ええ。一応終わりました」
疲れたように薄く笑うメルヴィンを、キュッリッキは不思議そうに見上げた。
「疲れてる」
「そうですね……世界が一瞬で変わってしまって、頭がまだついていっていないんです」
「そうなんだ」
あんまりよく判っていない様子で、キュッリッキはメルヴィンから離れた。
「もう寝る?」
「そうしましょうか。自分の部屋で風呂に入ってきます」
「じゃあアタシもお風呂入ってくる。今日はアタシの部屋で一緒に寝ようね、メルヴィン」
「はい」
メルヴィンがにっこり笑うと、キュッリッキも嬉しそうに微笑んで、部屋に備え付けのバスルームへと駆けていった。
ハーメンリンナの大病院の医師たちも、イララクスに緊急出動で、てんてこ舞い状態だという。
ヴィヒトリは連れてきた女医と一緒に真っ先にキュッリッキの診察をしてから、順番にライオン傭兵団の診察に取り掛かった。
「ドーピング飲んだやつには、中和剤ちゃんと飲ませてくれたんだね。ありがとランドン」
「動けないままだとヤバかったしね」
ヴィヒトリ特製ドーピング薬は、身体に相当キツイ負荷を与えるものでもあった。効果が切れたあとすぐ中和剤を含ませないと、命の危険があったのだ。
「キューリは大丈夫なのか? その…」
言いづらそうに言葉を濁すザカリーに、ヴィヒトリは小さく笑った。事情はリュリュからすでに聞かされていた。
「女医を一人連れてきてるから、彼女に任せてあるよ」
「そ、そっか」
「デリケートな問題だからね」
「だな…」
「そいえば、メルヴィンは?」
「ああ、セヴェリさんと書斎にいるよ」
「ふーん?」
「一国一城の主になっちまったからな」
ギャリーがにやりと言う。
「じゃあちょっと書斎行ってくる。あんまりゆっくりしてられないんだボク。患者が24時間押しかけ状態だからさ」
軽症から重症まで、医者の救いを求めている人々が、被災地にはたくさんいるのだ。
「にいちゃんは、全然疲れてなさそうだね」
「あったぼーよ! 俺様の鍛え方は、ナンジャクなそいつらとはチガウんだぜ」
「……だってさ」
ヴィヒトリがくるっと首を後ろに向けると、タルコットとギャリーとガエルが、噛み付きそうな顔をヴァルトに向けていた。
書斎へ向かって歩いていると、ちょうどメルヴィンが反対側から歩いてきた。
「よー、メルヴィン」
「ヴィヒトリ先生」
書類を見ながら歩いていたようで、顔を上げてメルヴィンは苦笑した。
「診察にきたよ。そこの椅子に座ってよ」
「はい」
廊下の端々には、椅子が1脚ずつ置かれている。何のためなのか二人は知らなかったが、以前怪我が治ったばかりのキュッリッキが、屋敷の中を歩いていて、あまりの広さに疲れてしまった。途中で座りたくなるかも、そうベルトルドにぼやいたら、翌日からこうして椅子が置かれたという経緯がある。
メルヴィンの身体を触診しながら、時々問診する。
「そういえば、一国一城の主になったんだって?」
「……はい、そうなんです……」
「あんまり嬉しそうじゃないんだね」
「いえ、そんなことはないんですが、その…」
首をかしげたヴィヒトリに、メルヴィンはため息をつく。
「あまりにも大きすぎて、しかもリッキーの相続した財産やらなにやら、もう天文学的数値で、頭が追いついてきません」
メルヴィンが手にしている書類を覗き込むと、ヴィヒトリもその桁に絶句した。
本来キュッリッキに支払われるべきだった年金やら、ベルトルドとアルカネットから贈与された財産やら、10代先の子孫まで豪遊して暮らしても使い切れない額である。
ベルトルドとアルカネットは、若い頃から投資をしていて、それで築いた財産は天文学的数値である。
実家にもかなりの額を送ったらしいが、それでも手元に残された額がこれである。
何から何まで、桁違い、想像を絶するレベルな彼らだった。
「それにこの屋敷も、使用人が56名もいるそうです。管理はセヴェリさんとリトヴァさんがしますが、それでもなんて数でしょうね」
「まあ、ハーメンリンナの貴族たちに比べたら、半分位少ないけど」
「え~~」
メルヴィンはガックリと肩を落とした。これで少ないのかと。
「住んでればそのうち慣れる慣れる。キュッリッキちゃんも、すっかりここの暮らしに慣れちゃってるし。使用人たちがあんまり堅苦しくないしね」
本来キュッリッキは、傭兵などしていい身分ではなかったのだ。それが、異例の異例づくしで今に至る。
「そうですね。これはリッキーのためのものであって、オレはオマケですから」
「身も蓋もない言い方をするとそうなるけど、キミ以外の誰も、キュッリッキちゃんのオマケにはなれないんだよ」
「はい」
メルヴィンは照れくさそうに笑った。
「ちょっと背中の打ち身が気になるから、あとで薬を出しておくよ。骨には異常はナイのと、痛み出す前に薬を飲んでおいて」
「判りました」
「じゃあボクは街に戻るよ。患者が大勢待ってるから。何かあったらすぐ呼んで、駆けつけるから」
「はい、ありがとうございました」
帰っていくヴィヒトリを見送って、メルヴィンは南棟へ向かう。
そこにはキュッリッキの部屋があり、以前使っていたメルヴィンの部屋もあった。しかし今度は、東棟にある屋敷の主のための部屋が、メルヴィンの新しい部屋として指定されていた。かつてベルトルドの部屋でもあった。
寝るときはキュッリッキの部屋になるだろうし、あまり使わなさそうだ。そう思うと、今日何度目かの溜息を吐きだした。寝られれば正直どこでもいいとメルヴィンは思っている。
そうは思っても、今日からこの屋敷の男主人である。女主人はキュッリッキで、まだ正式に結婚も手続きもしていないが、二人の家になったのだ。
クラクラする頭を抱えながら、メルヴィンはキュッリッキの部屋のドアをノックした。
「どうぞー」
中からキュッリッキの声が答えて、メルヴィンはドアを開いた。
「メルヴィン」
ベッドに腰掛けていたキュッリッキは、嬉しそうにメルヴィンに駆け寄って飛びついた。
「セヴェリさんとお話終わったの?」
「ええ。一応終わりました」
疲れたように薄く笑うメルヴィンを、キュッリッキは不思議そうに見上げた。
「疲れてる」
「そうですね……世界が一瞬で変わってしまって、頭がまだついていっていないんです」
「そうなんだ」
あんまりよく判っていない様子で、キュッリッキはメルヴィンから離れた。
「もう寝る?」
「そうしましょうか。自分の部屋で風呂に入ってきます」
「じゃあアタシもお風呂入ってくる。今日はアタシの部屋で一緒に寝ようね、メルヴィン」
「はい」
メルヴィンがにっこり笑うと、キュッリッキも嬉しそうに微笑んで、部屋に備え付けのバスルームへと駆けていった。
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