片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

文字の大きさ
上 下
818 / 882
フリングホルニ編

episode755

しおりを挟む
 フェンリルは巫女の許しなくしては、神の力を自在に振るうことも、人間を害することもできない。唯一、巫女の身の危険を回避するために、自ら動くことは許されている。しかし、自らに危害が及ぼうとするときに、自発的に動くことは認められていない。そのために、グレイプニルで束縛されることになってしまった。

 不完全なものとは言え、首だけではなく全身に巻かれてしまうと、身動きも力も抑えられ、抜け出すために時間がかかってしまった。

(ユリディスを護れず、怒り任せに世界も壊してしまった。1万年を経て、再び同じ事態を招き、キュッリッキまでも護れず我は……我は……)

(大丈夫だよ! アタシ大丈夫なの!! あのね、ユリディスが助けてくれたんだよ、ヒューゴも一緒に。レディトゥス・システムから助けてくれたの。あの二人がアタシに力をくれたの)

(なんと、ユリディスは生きておったのか!?)

 フェンリルの声が、驚きに包まれる。

(えと、思念体だったの……)

(そうか……)

 再び沈んだようなフェンリルの声に、キュッリッキは焦った。

(色々あったけど、でもね、アタシはもう大丈夫だから、だから、助けに来たんだよフェンリル! フローズヴィトニルも一緒だよ)

(お寝坊のフェンリル、早く起きなよー)

 必死に叫ぶキュッリッキとは対照的に、呑気にフローズヴィトニルは笑った。

(フローズヴィトニル!!)

 叱るようにキュッリッキに言われ、フローズヴィトニルはツーンとそっぽを向いた。

(だってさー、フェンリルが意地を張り続けた結果、リリナはあんな縄を作らせちゃったんでしょ)

(意地ってなによ…?)

(狼の姿。確かにボクたち狼の姿で生まれたけど、姿を別のものに変えるのなんて、お茶のコさいさいなんだ。リリナが怖がってるのを知ってて、姿を変えなかったのはフェンリルのせい。キュッリッキには仔犬の姿をして現れたのに、なんでリリナのときはダメだったのさ)

 意地悪そうに目を細め、フローズヴィトニルは尻尾を振った。

 痛いところを突かれたように、フェンリルは言葉を失って黙り込んだ。

 キュッリッキはフェンリルと初めて出会った時のことを思い出していた。あの修道院の納屋の中、一人捨てられたように入れられ、粗末な毛布にくるまっていたとき、フェンリルは突然目の前に現れたのだ。

 真っ白な可愛い仔犬の姿で。

 おぼつかない足取りで、ぺたぺた歩いてそばにくる小さな仔犬を見て、キュッリッキの世界に初めて光が差した。

 はっきりと言葉にしたことはないが、キュッリッキには判っている。

 フェンリルは自らに与えられた狼の姿を、誇りにしているのだ。白銀の毛並みに、雄々しい気高い姿。巫女を護るという使命を帯びているが、そこは譲れないものがあったのだろう。

 再び人間の世界に降臨したフェンリルは、過去の教訓から、自らの考えを律して姿を変えることにしたのだ。幼子が驚かないように、怖がらないように。キュッリッキの心や境遇を慮って、仔犬の形をとってくれた。

 リリナという過去の巫女が、犬を恐れていて、それが判っていても曲げられなかったフェンリルにも、多少は責任があるのかもしれない。姿を別のものに変えていれば、関係は修復され、グレイプニルの存在自体がないものとされただろう。

 終わってしまったことを、責めても悔やんでも詮無いことだ。もう過去は変えられないし、それをいつまで引きずっていても、どうしようもない。

 頭では判っているのに、それでも人は記憶や心に刻みつけて、思い出しては悔いる。

 キュッリッキはクスッと小さく笑った。

(なんだかフェンリル、思考がすっかり人間みたくなっちゃったんだね)

(失礼なことを言うでないぞ!)

(だってフェンリル、とーっても人間臭いんだもん。フローズヴィトニルは威厳もないし食いじは人間みたいだけど、どこか思考は人間とは違うんだよね。白状っていうか、客観的すぎっていうか)

(シツレイだなー! ボクとってもフレンドリーなんだぞ)

(だったらダイエットしないさいよ! もう、肩こってきちゃった……)

(ムキキ~~~!)

(ユリディスのこと、力を暴走させちゃったこと、フェンリルずっと苦しかったんだね。でも安心して。アタシに巫女としての記憶を引き継がせることができて、巫女としての職責を全うすることができたんだって、優しく笑っていたよ。それに、アタシはもう大丈夫。ユリディスとヒューゴとメルヴィンたちが助けてくれたから)

(キュッリッキ……)

(うん、終わったことなんだよね。でも、前を向いて歩きだしても、時々思い出して辛くなる時があると思う。そのときは、そばに居いて励ましてね。アタシが小さい時からずっとそばにいてくれたフェンリルなら、それができるんだもん)

(ボクだって出来るよ!)

(ハイハイ…)

(むっきゃー!)

 グレイプニルで力を封じ込められていたこともあるが、再び1万年前と同じような状況におかれ、フェンリルには暴走するほどの怒りはなかった。怒りを上回るほどの後悔と、自責の念でいっぱいなのだ、

 わずかな信頼を裏切られ、ベルトルドに不覚をとり、キュッリッキを奪われた。

 1万年前と、何一つ変わっていない。

 それなのに、キュッリッキは助けに来てくれた。こんなにも不甲斐ない自分のために、助けに来てくれたのだ。今も辛く苦しい思いが心にのしかかっているのが、ヒシヒシと伝わってくる。それをおくびにも出さない。

 健気で優しい子だと、フェンリルは改めて実感する。

 ユリディスの時は叶わなかったが、今度こそキュッリッキを護り、やり直すことができるだろうか。

 否、守り抜く。そう、フェンリルは決意を新たにした。

(キュッリッキよ、我を束縛するこのグレイプニルを、外してくれ、頼む)

(任せて!)

 フェンリルの声に立ち直った気配を感じ、キュッリッキは嬉しそうに頷いた。

 グレイプニルを外す方法は、もう判っている。

(忌まわしい縄…。フェンリルの全てを縛り付けるこんなもの、なくなっちゃえばいい。ベルトルドさんの力の波動も染み込んでいるけど、アタシは召喚士だよ!)

 フェンリルのそばで膝をついて座り込んでいたキュッリッキは、目を開くと、瞬時にアルケラから光の神バルドルの浄化の力を召喚した。

 キュッリッキの両手に、バルドル神の浄化の力が宿る。

「こんな縄、消えちゃえ!」

 叫びながらグレイプニルを掴む。すると、掴んだ箇所から縄の表面に光の亀裂が無数に走り、グレイプニルは粉々に砕け散った。

 突然キュッリッキが叫びだし、フェンリルの身体に巻かれていた縄が砕け散って、取り囲んでいたメルヴィンたちはギョッと目を見張っていた。

「面目ない…」

 やがて低い声がフェンリルの口から漏れて、更にメルヴィンたちは目を見張る。

 フェンリルが言葉を発したのを、初めて耳にしたからだ。

「やっと起きたー」

 フローズヴィトニルが得意そうに尻尾を振って言うと、キュッリッキは深々と溜息をついて、フローズヴィトニルの襟元を掴んで引き剥がす。そして、乱暴にフェンリルの頭に向けて放り投げた。

「なにすんだよー!」

 フェンリルの頭にしがみついて、フローズヴィトニルはプンプン怒りながら抗議の声を上げた。それには、フェンリルの呆れたような溜息が続く。

「フローズヴィトニルよ……太り過ぎだ」

「えーーーっ?」

 台座の下から狼たちのやり取りを見ていたマリオンは、大きく頷くのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...