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フリングホルニ編
episode755
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フェンリルは巫女の許しなくしては、神の力を自在に振るうことも、人間を害することもできない。唯一、巫女の身の危険を回避するために、自ら動くことは許されている。しかし、自らに危害が及ぼうとするときに、自発的に動くことは認められていない。そのために、グレイプニルで束縛されることになってしまった。
不完全なものとは言え、首だけではなく全身に巻かれてしまうと、身動きも力も抑えられ、抜け出すために時間がかかってしまった。
(ユリディスを護れず、怒り任せに世界も壊してしまった。1万年を経て、再び同じ事態を招き、キュッリッキまでも護れず我は……我は……)
(大丈夫だよ! アタシ大丈夫なの!! あのね、ユリディスが助けてくれたんだよ、ヒューゴも一緒に。レディトゥス・システムから助けてくれたの。あの二人がアタシに力をくれたの)
(なんと、ユリディスは生きておったのか!?)
フェンリルの声が、驚きに包まれる。
(えと、思念体だったの……)
(そうか……)
再び沈んだようなフェンリルの声に、キュッリッキは焦った。
(色々あったけど、でもね、アタシはもう大丈夫だから、だから、助けに来たんだよフェンリル! フローズヴィトニルも一緒だよ)
(お寝坊のフェンリル、早く起きなよー)
必死に叫ぶキュッリッキとは対照的に、呑気にフローズヴィトニルは笑った。
(フローズヴィトニル!!)
叱るようにキュッリッキに言われ、フローズヴィトニルはツーンとそっぽを向いた。
(だってさー、フェンリルが意地を張り続けた結果、リリナはあんな縄を作らせちゃったんでしょ)
(意地ってなによ…?)
(狼の姿。確かにボクたち狼の姿で生まれたけど、姿を別のものに変えるのなんて、お茶のコさいさいなんだ。リリナが怖がってるのを知ってて、姿を変えなかったのはフェンリルのせい。キュッリッキには仔犬の姿をして現れたのに、なんでリリナのときはダメだったのさ)
意地悪そうに目を細め、フローズヴィトニルは尻尾を振った。
痛いところを突かれたように、フェンリルは言葉を失って黙り込んだ。
キュッリッキはフェンリルと初めて出会った時のことを思い出していた。あの修道院の納屋の中、一人捨てられたように入れられ、粗末な毛布にくるまっていたとき、フェンリルは突然目の前に現れたのだ。
真っ白な可愛い仔犬の姿で。
おぼつかない足取りで、ぺたぺた歩いてそばにくる小さな仔犬を見て、キュッリッキの世界に初めて光が差した。
はっきりと言葉にしたことはないが、キュッリッキには判っている。
フェンリルは自らに与えられた狼の姿を、誇りにしているのだ。白銀の毛並みに、雄々しい気高い姿。巫女を護るという使命を帯びているが、そこは譲れないものがあったのだろう。
再び人間の世界に降臨したフェンリルは、過去の教訓から、自らの考えを律して姿を変えることにしたのだ。幼子が驚かないように、怖がらないように。キュッリッキの心や境遇を慮って、仔犬の形をとってくれた。
リリナという過去の巫女が、犬を恐れていて、それが判っていても曲げられなかったフェンリルにも、多少は責任があるのかもしれない。姿を別のものに変えていれば、関係は修復され、グレイプニルの存在自体がないものとされただろう。
終わってしまったことを、責めても悔やんでも詮無いことだ。もう過去は変えられないし、それをいつまで引きずっていても、どうしようもない。
頭では判っているのに、それでも人は記憶や心に刻みつけて、思い出しては悔いる。
キュッリッキはクスッと小さく笑った。
(なんだかフェンリル、思考がすっかり人間みたくなっちゃったんだね)
(失礼なことを言うでないぞ!)
(だってフェンリル、とーっても人間臭いんだもん。フローズヴィトニルは威厳もないし食いじは人間みたいだけど、どこか思考は人間とは違うんだよね。白状っていうか、客観的すぎっていうか)
(シツレイだなー! ボクとってもフレンドリーなんだぞ)
(だったらダイエットしないさいよ! もう、肩こってきちゃった……)
(ムキキ~~~!)
(ユリディスのこと、力を暴走させちゃったこと、フェンリルずっと苦しかったんだね。でも安心して。アタシに巫女としての記憶を引き継がせることができて、巫女としての職責を全うすることができたんだって、優しく笑っていたよ。それに、アタシはもう大丈夫。ユリディスとヒューゴとメルヴィンたちが助けてくれたから)
(キュッリッキ……)
(うん、終わったことなんだよね。でも、前を向いて歩きだしても、時々思い出して辛くなる時があると思う。そのときは、そばに居いて励ましてね。アタシが小さい時からずっとそばにいてくれたフェンリルなら、それができるんだもん)
(ボクだって出来るよ!)
(ハイハイ…)
(むっきゃー!)
グレイプニルで力を封じ込められていたこともあるが、再び1万年前と同じような状況におかれ、フェンリルには暴走するほどの怒りはなかった。怒りを上回るほどの後悔と、自責の念でいっぱいなのだ、
わずかな信頼を裏切られ、ベルトルドに不覚をとり、キュッリッキを奪われた。
1万年前と、何一つ変わっていない。
それなのに、キュッリッキは助けに来てくれた。こんなにも不甲斐ない自分のために、助けに来てくれたのだ。今も辛く苦しい思いが心にのしかかっているのが、ヒシヒシと伝わってくる。それをおくびにも出さない。
健気で優しい子だと、フェンリルは改めて実感する。
ユリディスの時は叶わなかったが、今度こそキュッリッキを護り、やり直すことができるだろうか。
否、守り抜く。そう、フェンリルは決意を新たにした。
(キュッリッキよ、我を束縛するこのグレイプニルを、外してくれ、頼む)
(任せて!)
フェンリルの声に立ち直った気配を感じ、キュッリッキは嬉しそうに頷いた。
グレイプニルを外す方法は、もう判っている。
(忌まわしい縄…。フェンリルの全てを縛り付けるこんなもの、なくなっちゃえばいい。ベルトルドさんの力の波動も染み込んでいるけど、アタシは召喚士だよ!)
フェンリルのそばで膝をついて座り込んでいたキュッリッキは、目を開くと、瞬時にアルケラから光の神バルドルの浄化の力を召喚した。
キュッリッキの両手に、バルドル神の浄化の力が宿る。
「こんな縄、消えちゃえ!」
叫びながらグレイプニルを掴む。すると、掴んだ箇所から縄の表面に光の亀裂が無数に走り、グレイプニルは粉々に砕け散った。
突然キュッリッキが叫びだし、フェンリルの身体に巻かれていた縄が砕け散って、取り囲んでいたメルヴィンたちはギョッと目を見張っていた。
「面目ない…」
やがて低い声がフェンリルの口から漏れて、更にメルヴィンたちは目を見張る。
フェンリルが言葉を発したのを、初めて耳にしたからだ。
「やっと起きたー」
フローズヴィトニルが得意そうに尻尾を振って言うと、キュッリッキは深々と溜息をついて、フローズヴィトニルの襟元を掴んで引き剥がす。そして、乱暴にフェンリルの頭に向けて放り投げた。
「なにすんだよー!」
フェンリルの頭にしがみついて、フローズヴィトニルはプンプン怒りながら抗議の声を上げた。それには、フェンリルの呆れたような溜息が続く。
「フローズヴィトニルよ……太り過ぎだ」
「えーーーっ?」
台座の下から狼たちのやり取りを見ていたマリオンは、大きく頷くのであった。
不完全なものとは言え、首だけではなく全身に巻かれてしまうと、身動きも力も抑えられ、抜け出すために時間がかかってしまった。
(ユリディスを護れず、怒り任せに世界も壊してしまった。1万年を経て、再び同じ事態を招き、キュッリッキまでも護れず我は……我は……)
(大丈夫だよ! アタシ大丈夫なの!! あのね、ユリディスが助けてくれたんだよ、ヒューゴも一緒に。レディトゥス・システムから助けてくれたの。あの二人がアタシに力をくれたの)
(なんと、ユリディスは生きておったのか!?)
フェンリルの声が、驚きに包まれる。
(えと、思念体だったの……)
(そうか……)
再び沈んだようなフェンリルの声に、キュッリッキは焦った。
(色々あったけど、でもね、アタシはもう大丈夫だから、だから、助けに来たんだよフェンリル! フローズヴィトニルも一緒だよ)
(お寝坊のフェンリル、早く起きなよー)
必死に叫ぶキュッリッキとは対照的に、呑気にフローズヴィトニルは笑った。
(フローズヴィトニル!!)
叱るようにキュッリッキに言われ、フローズヴィトニルはツーンとそっぽを向いた。
(だってさー、フェンリルが意地を張り続けた結果、リリナはあんな縄を作らせちゃったんでしょ)
(意地ってなによ…?)
(狼の姿。確かにボクたち狼の姿で生まれたけど、姿を別のものに変えるのなんて、お茶のコさいさいなんだ。リリナが怖がってるのを知ってて、姿を変えなかったのはフェンリルのせい。キュッリッキには仔犬の姿をして現れたのに、なんでリリナのときはダメだったのさ)
意地悪そうに目を細め、フローズヴィトニルは尻尾を振った。
痛いところを突かれたように、フェンリルは言葉を失って黙り込んだ。
キュッリッキはフェンリルと初めて出会った時のことを思い出していた。あの修道院の納屋の中、一人捨てられたように入れられ、粗末な毛布にくるまっていたとき、フェンリルは突然目の前に現れたのだ。
真っ白な可愛い仔犬の姿で。
おぼつかない足取りで、ぺたぺた歩いてそばにくる小さな仔犬を見て、キュッリッキの世界に初めて光が差した。
はっきりと言葉にしたことはないが、キュッリッキには判っている。
フェンリルは自らに与えられた狼の姿を、誇りにしているのだ。白銀の毛並みに、雄々しい気高い姿。巫女を護るという使命を帯びているが、そこは譲れないものがあったのだろう。
再び人間の世界に降臨したフェンリルは、過去の教訓から、自らの考えを律して姿を変えることにしたのだ。幼子が驚かないように、怖がらないように。キュッリッキの心や境遇を慮って、仔犬の形をとってくれた。
リリナという過去の巫女が、犬を恐れていて、それが判っていても曲げられなかったフェンリルにも、多少は責任があるのかもしれない。姿を別のものに変えていれば、関係は修復され、グレイプニルの存在自体がないものとされただろう。
終わってしまったことを、責めても悔やんでも詮無いことだ。もう過去は変えられないし、それをいつまで引きずっていても、どうしようもない。
頭では判っているのに、それでも人は記憶や心に刻みつけて、思い出しては悔いる。
キュッリッキはクスッと小さく笑った。
(なんだかフェンリル、思考がすっかり人間みたくなっちゃったんだね)
(失礼なことを言うでないぞ!)
(だってフェンリル、とーっても人間臭いんだもん。フローズヴィトニルは威厳もないし食いじは人間みたいだけど、どこか思考は人間とは違うんだよね。白状っていうか、客観的すぎっていうか)
(シツレイだなー! ボクとってもフレンドリーなんだぞ)
(だったらダイエットしないさいよ! もう、肩こってきちゃった……)
(ムキキ~~~!)
(ユリディスのこと、力を暴走させちゃったこと、フェンリルずっと苦しかったんだね。でも安心して。アタシに巫女としての記憶を引き継がせることができて、巫女としての職責を全うすることができたんだって、優しく笑っていたよ。それに、アタシはもう大丈夫。ユリディスとヒューゴとメルヴィンたちが助けてくれたから)
(キュッリッキ……)
(うん、終わったことなんだよね。でも、前を向いて歩きだしても、時々思い出して辛くなる時があると思う。そのときは、そばに居いて励ましてね。アタシが小さい時からずっとそばにいてくれたフェンリルなら、それができるんだもん)
(ボクだって出来るよ!)
(ハイハイ…)
(むっきゃー!)
グレイプニルで力を封じ込められていたこともあるが、再び1万年前と同じような状況におかれ、フェンリルには暴走するほどの怒りはなかった。怒りを上回るほどの後悔と、自責の念でいっぱいなのだ、
わずかな信頼を裏切られ、ベルトルドに不覚をとり、キュッリッキを奪われた。
1万年前と、何一つ変わっていない。
それなのに、キュッリッキは助けに来てくれた。こんなにも不甲斐ない自分のために、助けに来てくれたのだ。今も辛く苦しい思いが心にのしかかっているのが、ヒシヒシと伝わってくる。それをおくびにも出さない。
健気で優しい子だと、フェンリルは改めて実感する。
ユリディスの時は叶わなかったが、今度こそキュッリッキを護り、やり直すことができるだろうか。
否、守り抜く。そう、フェンリルは決意を新たにした。
(キュッリッキよ、我を束縛するこのグレイプニルを、外してくれ、頼む)
(任せて!)
フェンリルの声に立ち直った気配を感じ、キュッリッキは嬉しそうに頷いた。
グレイプニルを外す方法は、もう判っている。
(忌まわしい縄…。フェンリルの全てを縛り付けるこんなもの、なくなっちゃえばいい。ベルトルドさんの力の波動も染み込んでいるけど、アタシは召喚士だよ!)
フェンリルのそばで膝をついて座り込んでいたキュッリッキは、目を開くと、瞬時にアルケラから光の神バルドルの浄化の力を召喚した。
キュッリッキの両手に、バルドル神の浄化の力が宿る。
「こんな縄、消えちゃえ!」
叫びながらグレイプニルを掴む。すると、掴んだ箇所から縄の表面に光の亀裂が無数に走り、グレイプニルは粉々に砕け散った。
突然キュッリッキが叫びだし、フェンリルの身体に巻かれていた縄が砕け散って、取り囲んでいたメルヴィンたちはギョッと目を見張っていた。
「面目ない…」
やがて低い声がフェンリルの口から漏れて、更にメルヴィンたちは目を見張る。
フェンリルが言葉を発したのを、初めて耳にしたからだ。
「やっと起きたー」
フローズヴィトニルが得意そうに尻尾を振って言うと、キュッリッキは深々と溜息をついて、フローズヴィトニルの襟元を掴んで引き剥がす。そして、乱暴にフェンリルの頭に向けて放り投げた。
「なにすんだよー!」
フェンリルの頭にしがみついて、フローズヴィトニルはプンプン怒りながら抗議の声を上げた。それには、フェンリルの呆れたような溜息が続く。
「フローズヴィトニルよ……太り過ぎだ」
「えーーーっ?」
台座の下から狼たちのやり取りを見ていたマリオンは、大きく頷くのであった。
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