804 / 882
フリングホルニ編
episode741
しおりを挟む
大きなベッドに座り込むようにして、幼いユリディスは臥せっているヴェルナの看病をしていた。
ベッドサイドの椅子に座ると、まだ身体の小さなユリディスでは手が届かない。
「面倒だから、私の隣に座ってなさい」
焦れたヴェルナにそう言われて、それ以来ユリディスはヴェルナの傍らに座っている。
優しいのだが、どこか有無を言わせないキッパリとした性格をしているので、ユリディスはついビクついてしまうのだった。
「巫女になった時から千年、長生きしたわ」
他人事のように言って、ヴェルナは小さく首をすくめた。
「辛いことっていうより、めんどくさいこといっぱーいやってきた。さすがに千年も同じことやってると、飽きるを通り越しちゃうのよね。だから、死期が近づいて、神から次代の巫女を告げられると、やっとお役御免がきた! って、つい嬉しくなっちゃう」
どう反応していいか困り、ユリディスは口をつぐんでいた。「お前はもうすぐ死ぬんだぞ」と言われて、どうして嬉しくなってしまうのだろう。
1週間前に、ヴェルナは突然廊下で倒れた。お付の女官長が言うには、ついに死ぬときが来たという。
寝室に運び込まれ、ベッドに寝かされると、ヴェルナはそれから一度もベッドを出ていない。食事も水も摂らず、動いているのは目と口だけだった。
明るい燃えるような赤い髪も、桃のような柔らかな肌にも、どこにも死を彷彿とさせるような陰りはない。それなのに、ヴェルナはもうじき死んでしまうという。
ユリディスはその事実が受け入れられず、看病すれば治ると信じて、ずっとヴェルナのそばにいた。
「千年ってね、言葉にしちゃうと短いけど、でも、とーっても長い長い時間なの。なんでそんなに巫女が長生きしなくちゃいけないのか、ほんとうんざりしちゃう。だからね、ついに死ねるって思うと、逆に嬉しくってしょうがないの。身体は動かないけど、心は踊りっぱなしよ」
ふふっと楽しそうに笑うヴェルナに対し、ユリディスは目に涙を浮かべてしゃくりあげていた。
「死んじゃ、やだ」
ドレスをギュッと掴んで、ヒッく、ヒッくとユリディスは泣き続けた。
「もう、ユリディスったら、泣き虫治らないわね」
くすっと誂うようにヴェルナに言われて、ユリディスは慌てて手の甲で涙を拭う。
「この1年近く、本当に楽しかった。ユリディスが神殿に来てくれて、私嬉しくて楽しくて、毎日がキラキラしてたのよ。――私が逝った瞬間、あなたが新しい巫女になるの。そして、千年の時を生きて、死期が近づくと、神から啓示を受けるわ。次の新しい巫女の名前を教えてもらえるの。そうしたら、私がしたように、今度はあなたが新しい巫女に仕事を引き継がせて、こうして見送られるのよ」
巫女が代替わりするときは、巫女が死ぬ1年前になると、神々から新しい巫女の名を告げられる。そして、新しく巫女になる少女を神殿で引き取り、現巫女が死ぬまでに仕事を引き継がせ、色々なことを教える。そして時期が来ると、巫女は死の国ヘルヘイムへ召される。
「わたし、まだ小さいから、じょうずにできない…」
「大丈夫よ、女官たちもついてるし。それに、あなた専用の騎士(アピストリ)も付けられるしね」
ヴェルナはそっと目を閉じた。
瞼がとても、重かったのだ。
「大好きよ、ユリディス。私では、ヤルヴィレフト王家の愚行を、止めることが出来ない。もうそんな時間がないから……。あなたに丸なげしちゃうことになるけど、どうか、私の代わりに、世界を守ってね、お願い」
予見した未来。近い将来に起こることを、ヴェルナは誰にも告げなかった。告げたところで、不安を与えるだけで、誰にも変えることは出来ないのだから。
「ああ……眠いわ。とっても、眠い……。おやすみなさい、ユリディス」
そう言って口を閉ざすと、ヴェルナはもう、口を開けることはなかった。
「ヴェルナさまあ……」
ぴくりとも動かないヴェルナの身体に突っ伏して、ユリディスは大声を張り上げ泣きじゃくった。
離れたところでヴェルナを看取った女官長は、袖で涙を拭うと、室外に向かって声高に叫んだ。
「新たなる巫女の誕生です!!」
次いで、轟音のような鐘の音が、首都に鳴り響き渡る。
ヴェルナの崩御を報せ、新たな巫女の誕生を告げる鐘だった。
ベッドサイドの椅子に座ると、まだ身体の小さなユリディスでは手が届かない。
「面倒だから、私の隣に座ってなさい」
焦れたヴェルナにそう言われて、それ以来ユリディスはヴェルナの傍らに座っている。
優しいのだが、どこか有無を言わせないキッパリとした性格をしているので、ユリディスはついビクついてしまうのだった。
「巫女になった時から千年、長生きしたわ」
他人事のように言って、ヴェルナは小さく首をすくめた。
「辛いことっていうより、めんどくさいこといっぱーいやってきた。さすがに千年も同じことやってると、飽きるを通り越しちゃうのよね。だから、死期が近づいて、神から次代の巫女を告げられると、やっとお役御免がきた! って、つい嬉しくなっちゃう」
どう反応していいか困り、ユリディスは口をつぐんでいた。「お前はもうすぐ死ぬんだぞ」と言われて、どうして嬉しくなってしまうのだろう。
1週間前に、ヴェルナは突然廊下で倒れた。お付の女官長が言うには、ついに死ぬときが来たという。
寝室に運び込まれ、ベッドに寝かされると、ヴェルナはそれから一度もベッドを出ていない。食事も水も摂らず、動いているのは目と口だけだった。
明るい燃えるような赤い髪も、桃のような柔らかな肌にも、どこにも死を彷彿とさせるような陰りはない。それなのに、ヴェルナはもうじき死んでしまうという。
ユリディスはその事実が受け入れられず、看病すれば治ると信じて、ずっとヴェルナのそばにいた。
「千年ってね、言葉にしちゃうと短いけど、でも、とーっても長い長い時間なの。なんでそんなに巫女が長生きしなくちゃいけないのか、ほんとうんざりしちゃう。だからね、ついに死ねるって思うと、逆に嬉しくってしょうがないの。身体は動かないけど、心は踊りっぱなしよ」
ふふっと楽しそうに笑うヴェルナに対し、ユリディスは目に涙を浮かべてしゃくりあげていた。
「死んじゃ、やだ」
ドレスをギュッと掴んで、ヒッく、ヒッくとユリディスは泣き続けた。
「もう、ユリディスったら、泣き虫治らないわね」
くすっと誂うようにヴェルナに言われて、ユリディスは慌てて手の甲で涙を拭う。
「この1年近く、本当に楽しかった。ユリディスが神殿に来てくれて、私嬉しくて楽しくて、毎日がキラキラしてたのよ。――私が逝った瞬間、あなたが新しい巫女になるの。そして、千年の時を生きて、死期が近づくと、神から啓示を受けるわ。次の新しい巫女の名前を教えてもらえるの。そうしたら、私がしたように、今度はあなたが新しい巫女に仕事を引き継がせて、こうして見送られるのよ」
巫女が代替わりするときは、巫女が死ぬ1年前になると、神々から新しい巫女の名を告げられる。そして、新しく巫女になる少女を神殿で引き取り、現巫女が死ぬまでに仕事を引き継がせ、色々なことを教える。そして時期が来ると、巫女は死の国ヘルヘイムへ召される。
「わたし、まだ小さいから、じょうずにできない…」
「大丈夫よ、女官たちもついてるし。それに、あなた専用の騎士(アピストリ)も付けられるしね」
ヴェルナはそっと目を閉じた。
瞼がとても、重かったのだ。
「大好きよ、ユリディス。私では、ヤルヴィレフト王家の愚行を、止めることが出来ない。もうそんな時間がないから……。あなたに丸なげしちゃうことになるけど、どうか、私の代わりに、世界を守ってね、お願い」
予見した未来。近い将来に起こることを、ヴェルナは誰にも告げなかった。告げたところで、不安を与えるだけで、誰にも変えることは出来ないのだから。
「ああ……眠いわ。とっても、眠い……。おやすみなさい、ユリディス」
そう言って口を閉ざすと、ヴェルナはもう、口を開けることはなかった。
「ヴェルナさまあ……」
ぴくりとも動かないヴェルナの身体に突っ伏して、ユリディスは大声を張り上げ泣きじゃくった。
離れたところでヴェルナを看取った女官長は、袖で涙を拭うと、室外に向かって声高に叫んだ。
「新たなる巫女の誕生です!!」
次いで、轟音のような鐘の音が、首都に鳴り響き渡る。
ヴェルナの崩御を報せ、新たな巫女の誕生を告げる鐘だった。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
クラスで一人だけ男子な僕のズボンが盗まれたので仕方無くチ○ポ丸出しで居たら何故か女子がたくさん集まって来た
pelonsan
恋愛
ここは私立嵐爛学校(しりつらんらんがっこう)、略して乱交、もとい嵐校(らんこう) ━━。
僕の名前は 竿乃 玉之介(さおの たまのすけ)。
昨日この嵐校に転校してきた至極普通の二年生。
去年まで女子校だったらしくクラスメイトが女子ばかりで不安だったんだけど、皆優しく迎えてくれて ほっとしていた矢先の翌日……
※表紙画像は自由使用可能なAI画像生成サイトで制作したものを加工しました。
凌辱系エロゲの世界に転生〜そんな世界に転生したからには俺はヒロイン達を救いたい〜
美鈴
ファンタジー
※ホットランキング6位本当にありがとうございます!
凌辱系エロゲーム『凌辱地獄』。 人気絵師がキャラクター原案、エロシーンの全てを描き、複数の人気声優がそのエロボイスを務めたという事で、異例の大ヒットを飛ばしたパソコンアダルトゲーム。 そんなエロゲームを完全に網羅してクリアした主人公豊和はその瞬間…意識がなくなり、気が付いた時にはゲーム世界へと転生していた。そして豊和にとって現実となった世界でヒロイン達にそんな悲惨な目にあって欲しくないと思った主人公がその為に奔走していくお話…。
※カクヨム様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる