片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

文字の大きさ
上 下
788 / 882
フリングホルニ編

episode725

しおりを挟む
 人はたくさんの仮面(ペルソナ)をかぶっている。目には見えないその仮面を取り替えながら、他者から自分を守り、他者を欺き、広い世界の中を生きていく。

 その仮面は、あくまで”演じている自分”である。自分というものがそこにあって、環境や状況に合わせて、別の自分を作り、演じている。それを他人がどう思い、見ようと、あくまでひとつの人格が見せる、表情のようなものだ。

 しかしアルカネットの中には、仮面ではなく、もうひとりの人格が潜んでいる。それは、自らをイーヴォと名乗り、表に出てくるときは”アルカネット”の名を使う。

 何故人格が二つも生まれることになったのか、アルカネット自身も判らない。

 家庭環境は極めて良好で、アルカネットを一番に考え、叱るときは暴力も暴言もなく、判るように諭しながら、優しく大切に接してくれる。

 両親は共働きだが、ベルトルドとリュリュの家も同じなので、そのことに不満を覚えたことはない。

 ただ、自分の強大な魔法スキル〈才能〉を、両親が怖れている風なのは感じている。でもそれはしょうがないことだと理解しているし、多少寂しく思っても、そのことで両親を嫌ったりはしていなかった。

 アルカネットを善の人格とするなら、イーヴォは悪の人格だ。常に悪いことを考え、他人を陥れることを企んでいる。

 善悪が極端に分かれ、それぞれ人格を持ってしまったということなのだろうか。

 結局判らないまま、現在まで来てしまっていた。

 常に反し合う二つの人格は、善のアルカネットのように、悪のイーヴォもリューディアに恋をしてしまった。

 イーヴォは表に出てこれないときは、アルカネットの目を通して外の世界を見ている。そして、可憐で美しいリューディアを見ていた。

 そしてリューディアを恋しく想う一方、イーヴォはベルトルドを激しく憎んでいた。何故なら、ベルトルドも密かにリューディアを想い、あろうことか、リューディアの恋心はベルトルドへと向けられていたからだ。アルカネットは気づいていないが、イーヴォは二人の心を全て見透かしている。

「二人がくっつくなんて、そんなことは絶対に許されない!!」

 イーヴォは必死に考えた。リューディアの心を自分に向け、ベルトルドとリューディアの間を引き裂く妙案はないものか。

 最も効果的で、リューディアがベルトルドのことを嫌いになるような、ベルトルドの心が傷だらけになるような、そんな良い方法はないものだろうかと。

 あるときイーヴォは閃いた。

「僕がリューディアに告白するから、ベルトルドは引き下がってね」

 試しに言ってみた。ほんの少し善の人格を押しのけて。そうしたらどうだろう、

「あっははっ。ベルトルドの動揺を隠せない表情(かお)! 普段威張っているくせに、隠し通せない情けないあの顔は、なんだろう、愉快で滑稽だよお!」

 あの、幼い日の二人の約束で、ベルトルドはアルカネットの言うことに逆らえなくなっている。

「これで、リューディアは僕のものになる!」

 それなのに。

 目的が達成される前に、突然リューディアの命が奪われてしまった。

 雷(いかずち)に撃たれ、真っ黒に焦げた遺体となって波間を漂っているリューディアの姿を、アルカネットもイーヴォも、これでもかと二つの目を通し凝視していた。

 彼女がどんな姿になろうとも、アルカネットもイーヴォもけっして見誤らない。

「――なぜ!?」

 歯の根が噛み合わないくらい、アルカネットとイーヴォは震え怯えていた。

 リューディアの死が、怖いわけではない。

 真っ黒になった彼女の遺体が、怖いわけでもない。

 リューディアの居ない世界が、居なくなったこの現実世界が、心底怖かったのだ。

 輝くような美しい笑顔も、小鳥が囀るような生き生きとした声も、もう二度と見られないし、聴くことはできない。

 自分に微笑みを向けることも、優しく名前を呼ぶこともない。

「イヤダ……」

 その現実を思い知った時、アルカネットの精神は崩れ始める。悪巧みを考えるイーヴォも同様に、正気を保てなくなってきていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

お屋敷メイドと7人の兄弟

とよ
恋愛
【露骨な性的表現を含みます】 【貞操観念はありません】 メイドさん達が昼でも夜でも7人兄弟のお世話をするお話です。

クラスで一人だけ男子な僕のズボンが盗まれたので仕方無くチ○ポ丸出しで居たら何故か女子がたくさん集まって来た

pelonsan
恋愛
 ここは私立嵐爛学校(しりつらんらんがっこう)、略して乱交、もとい嵐校(らんこう) ━━。  僕の名前は 竿乃 玉之介(さおの たまのすけ)。  昨日この嵐校に転校してきた至極普通の二年生。  去年まで女子校だったらしくクラスメイトが女子ばかりで不安だったんだけど、皆優しく迎えてくれて ほっとしていた矢先の翌日…… ※表紙画像は自由使用可能なAI画像生成サイトで制作したものを加工しました。

処理中です...