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奪われしもの編 彼女が遺した空への想い
episode707
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「リュリュ様、そろそろ到着します」
馬車を操っていたパウリが、にこやかに告げる。
「判ったわ」
パウリに返事をして、リュリュは一同を見回す。
「フリングホルニの発進には間に合わないでしょうから、直接中へ飛ぶわよ」
「そんなことできるのか!?」
思わず立ち上がってザカリーが叫ぶと、リュリュはニッコリと笑う。
「このハーメンリンナには、フリングホルニ直通エグザイル・システムがあるの。当然公には出来ないから、極一部の人間しか知らないことだけどねん」
以前、エルアーラ遺跡を目指し、面倒な旅をした時のことが、走馬灯のように脳裏に流れていく。
――だったらそこ使わせろよ最初から、身内だろ、俺たち?
そう、皆の表情に、心の声が露骨に浮き上がっていた。
(ねえ、ねえ、メルヴィン)
突然、メルヴィンの頭の中に、無邪気な子供のような声が響く。
「え?」
思わず声に出し、不思議そうに皆に見られて、慌てて首を振る。
(え、えっと……)
(ボクだよボク~。ここ、ここ)
所狭しと座るメルヴィンの脚の真ん中に、ちょこんと座り込んでいるフローズヴィトニルだった。
ベルトルドの雷霆(ケラウノス)の攻撃から、巨大な狼の姿で皆を守ったフローズヴィトニルは、今は普段の仔犬の姿になって、一緒についてきている。
まじまじと見つめるメルヴィンに、フローズヴィトニルはフサフサと元気よく尻尾を振った。
(あのね、ここからだとフェンリルの声がぜーんぜん聞こえてこないんだ。だから、船に着いたら一緒に探してくれる?)
(……探すのは構いませんが、リッキーを先に見つけてからです)
(うん、それでもいいよ。どのみちキュッリッキがいないと、ボクたち自由に力を使えないからね~)
(そうですか……)
これだけ事態は切迫しているというのに、どこか能天気な雰囲気を漂わせるフローズヴィトニルを、メルヴィンは少々イラついて見つめた。
キュッリッキを守るために、途中から居着いたフローズヴィトニルだが、フェンリルと違って随分と人懐っこかった。それに、常に彼女の傍らに居るわけでもなく、食べ物を欲して界隈を一匹でうろついたり、ライオンの仲間たちと遊んだりしている。
今もキュッリッキの身の上を心配するどころか、フェンリルのことを最優先に発言している。
(キュッリッキも気になるけど、キミたちが助けるから、そこはあんまり心配してないよ。でもフェンリルはボクの分身だから、返事がないのがとっても不安なんだ。死んじゃいないと思うけどね)
氷結のような瞳が、まっすぐメルヴィンを見据える。
(遠い遠い昔は、ボクとフェンリルは一つだったんだ。けど、いつの間にか二つになってて、そのうちティワズ様の命令で、フェンリルだけは巫女の守護の役目を言い渡されて、人間の世界へいっちゃったんだ~。勝手に人間の世界へ行っちゃダメだから、キュッリッキが呼んでくれて嬉しかったよ。だって、これまでの巫女たちって、誰もボクを見つけてくれなかったんだもん)
やれやれ、といった仕草でフローズヴィトニルは首を振る。
(だからキュッリッキのことは大好きだけど、キュッリッキが助けて欲しいって叫び願ってるのは、キミだよメルヴィン。ずっとずっと、あの娘(こ)はメルヴィンばっかり呼んでる。一番頼りになるボクたちより、役立たずのメルヴィンを呼んでるから、ボクはちょっと拗ねてるんだもんね)
ツーンとそっぽを向いて、フローズヴィトニルは尻尾をぱた、ぱた、と不機嫌そうに振る。
――キュッリッキが助けて欲しいって願ってるのは、キミだよメルヴィン。
この言葉は、メルヴィンの耳に痛かった。
酷い目に遭っているだろうキュッリッキのことを思うと、今すぐ飛んでいってやりたい、救い出さねばと心が焦る。それと同時に、あの時、アジトでベルトルドの一撃で意識を失ってしまったことが、心底悔やまれてならない。そのために助けることができなかったのだ。
そばで必ず守ると誓ったのにもかかわらず、少しも守れていないではないか。
格好のいいことを言っておいて、肝心な時に何もしてやれていない。それなのに、こんな自分を一番の頼りにしているという。
(リッキー…)
彼女に何もしてやれていない今の自分が、猛烈に情けなかった。
フローズヴィトニルのことを、身勝手だと思ってしまったことを恥じた。こんなにイラつくのも、全て自分がキュッリッキを守りきれていないことへの、憤りの裏返しだ。フローズヴィトニルへ八つ当たりをしているに過ぎない。
自分にとってかけがえのないキュッリッキを案じることと、フローズヴィトニルが自らの分身であるフェンリルを案じる気持ちは、同じなのだから。
そう反省しながらも、キュッリッキを探し、救い出す方が最優先なのは変わらない。
(ふふっ、人間ってオモシロイなあ。いいよ、キュッリッキが先で。そのほうが見つけやすいだろうしね)
フローズヴィトニルは頓着なく言って、コロンっと丸くなってひっくり返り、お腹を見せて愛嬌をたっぷり振りまいた。隣に座っているガエルが、フローズヴィトニルのお腹を指先でつついて相手をする。
そんなフローズヴィトニルの様子を見て、
(よっぽど神のほうが、面白いと思いますよ……)
そう、疲れたように胸中で呟いた。
馬車を操っていたパウリが、にこやかに告げる。
「判ったわ」
パウリに返事をして、リュリュは一同を見回す。
「フリングホルニの発進には間に合わないでしょうから、直接中へ飛ぶわよ」
「そんなことできるのか!?」
思わず立ち上がってザカリーが叫ぶと、リュリュはニッコリと笑う。
「このハーメンリンナには、フリングホルニ直通エグザイル・システムがあるの。当然公には出来ないから、極一部の人間しか知らないことだけどねん」
以前、エルアーラ遺跡を目指し、面倒な旅をした時のことが、走馬灯のように脳裏に流れていく。
――だったらそこ使わせろよ最初から、身内だろ、俺たち?
そう、皆の表情に、心の声が露骨に浮き上がっていた。
(ねえ、ねえ、メルヴィン)
突然、メルヴィンの頭の中に、無邪気な子供のような声が響く。
「え?」
思わず声に出し、不思議そうに皆に見られて、慌てて首を振る。
(え、えっと……)
(ボクだよボク~。ここ、ここ)
所狭しと座るメルヴィンの脚の真ん中に、ちょこんと座り込んでいるフローズヴィトニルだった。
ベルトルドの雷霆(ケラウノス)の攻撃から、巨大な狼の姿で皆を守ったフローズヴィトニルは、今は普段の仔犬の姿になって、一緒についてきている。
まじまじと見つめるメルヴィンに、フローズヴィトニルはフサフサと元気よく尻尾を振った。
(あのね、ここからだとフェンリルの声がぜーんぜん聞こえてこないんだ。だから、船に着いたら一緒に探してくれる?)
(……探すのは構いませんが、リッキーを先に見つけてからです)
(うん、それでもいいよ。どのみちキュッリッキがいないと、ボクたち自由に力を使えないからね~)
(そうですか……)
これだけ事態は切迫しているというのに、どこか能天気な雰囲気を漂わせるフローズヴィトニルを、メルヴィンは少々イラついて見つめた。
キュッリッキを守るために、途中から居着いたフローズヴィトニルだが、フェンリルと違って随分と人懐っこかった。それに、常に彼女の傍らに居るわけでもなく、食べ物を欲して界隈を一匹でうろついたり、ライオンの仲間たちと遊んだりしている。
今もキュッリッキの身の上を心配するどころか、フェンリルのことを最優先に発言している。
(キュッリッキも気になるけど、キミたちが助けるから、そこはあんまり心配してないよ。でもフェンリルはボクの分身だから、返事がないのがとっても不安なんだ。死んじゃいないと思うけどね)
氷結のような瞳が、まっすぐメルヴィンを見据える。
(遠い遠い昔は、ボクとフェンリルは一つだったんだ。けど、いつの間にか二つになってて、そのうちティワズ様の命令で、フェンリルだけは巫女の守護の役目を言い渡されて、人間の世界へいっちゃったんだ~。勝手に人間の世界へ行っちゃダメだから、キュッリッキが呼んでくれて嬉しかったよ。だって、これまでの巫女たちって、誰もボクを見つけてくれなかったんだもん)
やれやれ、といった仕草でフローズヴィトニルは首を振る。
(だからキュッリッキのことは大好きだけど、キュッリッキが助けて欲しいって叫び願ってるのは、キミだよメルヴィン。ずっとずっと、あの娘(こ)はメルヴィンばっかり呼んでる。一番頼りになるボクたちより、役立たずのメルヴィンを呼んでるから、ボクはちょっと拗ねてるんだもんね)
ツーンとそっぽを向いて、フローズヴィトニルは尻尾をぱた、ぱた、と不機嫌そうに振る。
――キュッリッキが助けて欲しいって願ってるのは、キミだよメルヴィン。
この言葉は、メルヴィンの耳に痛かった。
酷い目に遭っているだろうキュッリッキのことを思うと、今すぐ飛んでいってやりたい、救い出さねばと心が焦る。それと同時に、あの時、アジトでベルトルドの一撃で意識を失ってしまったことが、心底悔やまれてならない。そのために助けることができなかったのだ。
そばで必ず守ると誓ったのにもかかわらず、少しも守れていないではないか。
格好のいいことを言っておいて、肝心な時に何もしてやれていない。それなのに、こんな自分を一番の頼りにしているという。
(リッキー…)
彼女に何もしてやれていない今の自分が、猛烈に情けなかった。
フローズヴィトニルのことを、身勝手だと思ってしまったことを恥じた。こんなにイラつくのも、全て自分がキュッリッキを守りきれていないことへの、憤りの裏返しだ。フローズヴィトニルへ八つ当たりをしているに過ぎない。
自分にとってかけがえのないキュッリッキを案じることと、フローズヴィトニルが自らの分身であるフェンリルを案じる気持ちは、同じなのだから。
そう反省しながらも、キュッリッキを探し、救い出す方が最優先なのは変わらない。
(ふふっ、人間ってオモシロイなあ。いいよ、キュッリッキが先で。そのほうが見つけやすいだろうしね)
フローズヴィトニルは頓着なく言って、コロンっと丸くなってひっくり返り、お腹を見せて愛嬌をたっぷり振りまいた。隣に座っているガエルが、フローズヴィトニルのお腹を指先でつついて相手をする。
そんなフローズヴィトニルの様子を見て、
(よっぽど神のほうが、面白いと思いますよ……)
そう、疲れたように胸中で呟いた。
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