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奪われしもの編 彼女が遺した空への想い
episode697
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我知らず右肩に手が触れる。
謎の怪物に襲われたときのことが脳裏に蘇り、ギュッと目を瞑った。数ヶ月経った今も、記憶に生々しく残る、嫌な体験だ。そして、あの大怪我を負ったことで機会を失い、キュッリッキはレディトゥス・システムを見たことがない。
「クレメッティはフェンリルと護衛騎士に守られるアルケラの巫女を、策を弄して捕らえることに成功した。そして巫女をレディトゥス・システムに封じ込め、あとはフリングホルニに運び込むだけとなった。ところが、フェンリルが暴走し、その神力を振るったがために、世界は半壊してクレメッティは死に、フリングホルニは飛ぶこともなく地中に沈んだ」
「フェ、フェンリルが暴走したの!?」
キュッリッキの命令がなければ、自ら力を振るうことなどありえない。ただ例外として、キュッリッキの危機に関してのみ、命令ナシで力を使うことを認められている。
だから暴走するほど感情を激しくするなど、よほどのことだ。
捕らえられるだけなら、命の危険とは言い難い。その程度ならフェンリルは様子を見るだろう。
「なにかしたんだわ…、フェンリルが怒るようなことを、その巫女にしたのね?」
「察しがいいなリッキー。そう、クレメッティはシステムに巫女を封じるだけじゃなく、あることをフェンリルの見ている前でした」
「それは…?」
「巫女を犯したんだ」
王であるクレメッティを守るために随行していた多くの兵士たちや、見物客として招かれた貴族たち、そしてフェンリルの見ている目の前で、巫女はクレメッティによって辱めを受けた。
見世物のように、王の卑猥な振る舞いにより、アルケラの巫女は身も心も汚された。
「酷いわっ!」
キュッリッキは吐き捨てるように叫んだ。怖気と吐き気が這い上ってくる。
ベルトルド邸での一件で、キュッリッキを心配したマリオンとマーゴットから、性に関するあらゆることを説明されている。だから、今のキュッリッキは、それがどういうことなのか理解していた。
抗えないほどの力で押さえつけられて、意に沿わない性衝動をぶつけられる恐怖はいかほどのものか。未遂に終わったとはいえ、キュッリッキは身を持って知っている。
「可哀想よ……」
身体を小さく震わせ、キュッリッキは目に涙を浮かべた。同情する気持ちと、自分がそうされかかった恐怖に、自然と涙が溢れる。
「そうだな…。だが、見世物にしたこととは別にして、巫女を汚す必要があったんだ。それを実行するのは誰でも良かったが、巫女に神聖を失わせなければならなかった。アルケラの門には結界が張り巡らされている。それを破るためには、神々にもっとも近しい存在を汚し、ぶつけることで、結界を外すことが出来るからだ」
汚した巫女を乗せた船をアルケラの門にぶつければ、結界は外れて門は開かれる。
「人間が犯した罪とは、アルケラの巫女を犯し、レディトゥス・システムに封じ込めたことだ。そのことで怒り狂ったフェンリルを、神々は抑えなかった。それこそが、まさに神の御意志なんだろうな」
戦争に勝つために、してはならないことをしてしまったクレメッティ。しかしキュッリッキはある疑問が心に湧いてきて、ふと首をかしげた。
「巫女がひどい目にあってる間、何故フェンリルは巫女を救おうとしなかったの?」
「ああ、それはこんなふうになっていたからだよ」
ベルトルドが指を弾くと、ベルトルドの足元に横たわったフェンリルが現れた。
「!? フェンリルっ!!」
狼の姿に戻っている。そればかりか、黒い何かに身体を縛られ、意識を失っていた。
「フェンリル! フェンリル!」
キュッリッキは大声で叫んだが、フェンリルはぴくりとも動かない。
「グレイプニルに身体を縛られているから、気を失っているよ」
「グレイプニル…?」
「何代か前のアルケラの巫女が作らせた、神をも封じる、この黒い縄のことだ」
「そんなものを、なんでベルトルドさんが……」
にっこりと笑っているベルトルド。あまりにも不自然で、この状況に似つかわしくない。それに、どうしてフェンリルを縛り付けているのだろうか。
心の奥底で、警鐘が鳴っている。
危険だと。
誰も知らないといった隠れ家にアルカネットが現れ、フェンリルを縛り、気を失わせている。
(――どうして?)
「クレメッティが出来なかったことを、我々が成そうとしているからですよ」
勢いよく力を込めてフェンリルの頭を踏みつけ、アルカネットが嘲笑を含んだ声音で言い放った。
「今まさに、目の前にいるアルケラの巫女であるあなたを、かつてのユリディスのように辱め、レディトゥス・システムに封じ込める。そうすれば我々は神の元へいけるのです。そして、リューディアの仇を打つことができる」
謎の怪物に襲われたときのことが脳裏に蘇り、ギュッと目を瞑った。数ヶ月経った今も、記憶に生々しく残る、嫌な体験だ。そして、あの大怪我を負ったことで機会を失い、キュッリッキはレディトゥス・システムを見たことがない。
「クレメッティはフェンリルと護衛騎士に守られるアルケラの巫女を、策を弄して捕らえることに成功した。そして巫女をレディトゥス・システムに封じ込め、あとはフリングホルニに運び込むだけとなった。ところが、フェンリルが暴走し、その神力を振るったがために、世界は半壊してクレメッティは死に、フリングホルニは飛ぶこともなく地中に沈んだ」
「フェ、フェンリルが暴走したの!?」
キュッリッキの命令がなければ、自ら力を振るうことなどありえない。ただ例外として、キュッリッキの危機に関してのみ、命令ナシで力を使うことを認められている。
だから暴走するほど感情を激しくするなど、よほどのことだ。
捕らえられるだけなら、命の危険とは言い難い。その程度ならフェンリルは様子を見るだろう。
「なにかしたんだわ…、フェンリルが怒るようなことを、その巫女にしたのね?」
「察しがいいなリッキー。そう、クレメッティはシステムに巫女を封じるだけじゃなく、あることをフェンリルの見ている前でした」
「それは…?」
「巫女を犯したんだ」
王であるクレメッティを守るために随行していた多くの兵士たちや、見物客として招かれた貴族たち、そしてフェンリルの見ている目の前で、巫女はクレメッティによって辱めを受けた。
見世物のように、王の卑猥な振る舞いにより、アルケラの巫女は身も心も汚された。
「酷いわっ!」
キュッリッキは吐き捨てるように叫んだ。怖気と吐き気が這い上ってくる。
ベルトルド邸での一件で、キュッリッキを心配したマリオンとマーゴットから、性に関するあらゆることを説明されている。だから、今のキュッリッキは、それがどういうことなのか理解していた。
抗えないほどの力で押さえつけられて、意に沿わない性衝動をぶつけられる恐怖はいかほどのものか。未遂に終わったとはいえ、キュッリッキは身を持って知っている。
「可哀想よ……」
身体を小さく震わせ、キュッリッキは目に涙を浮かべた。同情する気持ちと、自分がそうされかかった恐怖に、自然と涙が溢れる。
「そうだな…。だが、見世物にしたこととは別にして、巫女を汚す必要があったんだ。それを実行するのは誰でも良かったが、巫女に神聖を失わせなければならなかった。アルケラの門には結界が張り巡らされている。それを破るためには、神々にもっとも近しい存在を汚し、ぶつけることで、結界を外すことが出来るからだ」
汚した巫女を乗せた船をアルケラの門にぶつければ、結界は外れて門は開かれる。
「人間が犯した罪とは、アルケラの巫女を犯し、レディトゥス・システムに封じ込めたことだ。そのことで怒り狂ったフェンリルを、神々は抑えなかった。それこそが、まさに神の御意志なんだろうな」
戦争に勝つために、してはならないことをしてしまったクレメッティ。しかしキュッリッキはある疑問が心に湧いてきて、ふと首をかしげた。
「巫女がひどい目にあってる間、何故フェンリルは巫女を救おうとしなかったの?」
「ああ、それはこんなふうになっていたからだよ」
ベルトルドが指を弾くと、ベルトルドの足元に横たわったフェンリルが現れた。
「!? フェンリルっ!!」
狼の姿に戻っている。そればかりか、黒い何かに身体を縛られ、意識を失っていた。
「フェンリル! フェンリル!」
キュッリッキは大声で叫んだが、フェンリルはぴくりとも動かない。
「グレイプニルに身体を縛られているから、気を失っているよ」
「グレイプニル…?」
「何代か前のアルケラの巫女が作らせた、神をも封じる、この黒い縄のことだ」
「そんなものを、なんでベルトルドさんが……」
にっこりと笑っているベルトルド。あまりにも不自然で、この状況に似つかわしくない。それに、どうしてフェンリルを縛り付けているのだろうか。
心の奥底で、警鐘が鳴っている。
危険だと。
誰も知らないといった隠れ家にアルカネットが現れ、フェンリルを縛り、気を失わせている。
(――どうして?)
「クレメッティが出来なかったことを、我々が成そうとしているからですよ」
勢いよく力を込めてフェンリルの頭を踏みつけ、アルカネットが嘲笑を含んだ声音で言い放った。
「今まさに、目の前にいるアルケラの巫女であるあなたを、かつてのユリディスのように辱め、レディトゥス・システムに封じ込める。そうすれば我々は神の元へいけるのです。そして、リューディアの仇を打つことができる」
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