片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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奪われしもの編 彼女が遺した空への想い

episode665

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「さあリッキー、目を開けてごらん」

 耳元で囁くように言われて、キュッリッキはゆっくりと目を開いた。

「うわっ」

 目に飛び込んできたそれにびっくりして、キュッリッキは胸の前で手を組んだ。

 それは、巨大な白い月だった。

 丸くて大きな、大きな月。

「あれ、本物の月なの?」

 隣に座るベルトルドに顔を向けて、小さく首をかしげる。

「月の映像なんだ。実際の月はもっともっと大きいんだよ」

「そうなんだ~。凄い迫力だけど綺麗、とっても」

 丸い輪郭は、柔らかな白い光に覆われていて、濃紺の空間に凛と浮いている。

 キュッリッキは周りを見回すと、とても不思議な空間にいることに気づいた。

 天井や壁は吸い込まれそうなほど透明で青く、まるで水底を彷彿とさせる。そして床もキラキラと青い水晶のようで、そこに置かれたソファに座っていた。

 つい先程までアジトにいたのに、一瞬でこんな不思議で素敵なところに移動してしまっている。そうキュッリッキは思っていた。しかし、意識を奪われ、その間に色々なことが起こったことは知らない。それは、ベルトルドによって意識を奪われていたからだ。

「ここが、ベルトルドさんの隠れ家なの? あの月の映像が、コレクション?」

「そうだよ。リッキーが俺の所へ来る前は、一人になりたい時は、ここへきて、あの月をじっと眺めるのが好きだったんだ」

 とても穏やかで優しい口調のベルトルドに、キュッリッキもつられて小さく微笑む。

「なんか、気持ちが落ち着く部屋だね。水の中にいるような気分」

「そうだろう。俺は、青い色が大好きだ」

「アタシもそう。でも、アタシの好きな青は、空の色なの。高く高く続く深い青い色。ここの青は、水の底みたいな深い青だね」

「ああ。リッキーとは逆に、俺は水の底の青が好きなんだ」

 同じ青でも、見ている場所は違う。

 キュッリッキは飛べない空に憧れているから、空の青が大好きだった。自分の目で見える空の青は、水色に近い色をしている。しかし、自由に空を飛べたら、きっともっと濃くて深い青色が見えるだろう。

 アルケラから召喚した空を飛べるものたちに連れて行ってもらえば、好きな青色を見ることができる。しかし、翼を授かって生まれてきたアイオン族であるキュッリッキは、自分自身の翼で空を翔け上がりたいのだ。

 でもそれは、願望でしかない。生まれつき片方の翼が奇形で育っておらず、自力で空を飛ぶことができないからだ。

 飛べないからこそ憧れる空。自由に羽ばたきたいと願う空の青い空間。飛べないと判っていても、願いは青色に込めて、気持ちの中に持ち続けていた。

 同じように青色が好きなベルトルドは、一体どんな思いを込めて、水の底の青色を見つめているのだろうか。

「リッキーは、月の別名を知っているかい?」

「別名? 月にほかの名前があるんだ??」

「うん」

 ベルトルドはにっこりと笑いかける。

「アルケラの門、と昔は言っていたんだよ」

「アルケラの門……」

「そう、あの月を通って、神々の世界アルケラへ行けるのだと、昔の人々は信じていたんだ」
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