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奪われしもの編 彼女が遺した空への想い
episode662
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《お前はキュッリッキを、どうするつもりなのだ》
頭内に低く浸透する男の声に、ベルトルドは面白そうに目を見開いた。
目の前には、白銀の毛並みの美しい狼が佇んでいる。普通の狼に比べると倍大きな身体をしていた。
「言葉を喋るのだな。初めて聞いたぞ」
《キュッリッキ以外の人間と言葉を交わす必要など、我にはなかった…。だが、こうなった以上そうも言ってられまい》
キュッリッキが恋い慕うメルヴィンは吹き飛ばされ、仲間たちは雷霆(ケラウノス)の餌食になった。
意識を奪われ、ベルトルドの腕の中に囚われてしまい、慌ててキュッリッキの影に潜んでついてきた。
アルケラの巫女を守るために降臨した、巫女の護衛であるフェンリルは、キュッリッキを守りぬく義務があるのだ。
そして、義務以上に、フェンリルはキュッリッキを失うことを心底恐れている。
1万年前のあの日の後悔を、再び繰り返すことだけは、絶対に避けなければならない。
悔やんでも悔やみきれない、ユリディスを失ったあの日のことは、今もフェンリルの心に重くのしかかっていた。
《キュッリッキを返すのだ。もう、人間ごときに巫女を託してはおけぬ!》
フェンリルのその言葉に、ベルトルドは苦笑をもらす。
「その人間ごときに後れを取って、1万年前大失態を犯したのだろう?」
《……貴様》
「一度あることは二度あるという。この俺を、ただの人間と同じと侮ると、こうなるぞ!」
ベルトルドは瞬時に無数の小さな電気の玉を出現させると、腕を横にないだ。
電気の玉はフェンリルに襲い掛かり、その巨体を絡め取るように包み込む。
「サンダースパーク!」
指を鳴らすと、それを合図に電気の玉は個々に爆発した。そして爆発とともに、フェンリルの身体に稲妻を絡ませていく。
「もっといくぞ」
同じ作業を何度も繰り返され、その都度フェンリルの身体を電気の爆発と稲妻が襲う。
《この程度で…》
「そうだな。神には効かぬだろうが、これならどうだ」
再びサンダースパークが襲いかかったとき、フェンリルは不意に後ろ脚を折って床に倒れた。
《……!?》
後ろ脚に力が入らず、続いて前脚も折れて、フェンリルは巨体を横向きに倒れさせた。
何事かと自らの脚に視線を向けると、フェンリルは激しく愕然とする。
「懐かしかろう。一万年前から遡ること、何代か前の巫女が作らせたというグレイプニル。強大な神(フェンリル)の力を封じ、拘束することのできる唯一の足枷だ」
漆黒に染めたような、光沢のある縄だった。それが、フェンリルの四肢に巻き付き、動きを封じ込んでいる。
「グレイプニルの存在をお前は忘れていたようだな。これに動きを封じられ、ユリディスを守れなかったのだから。――守るべき対象者である巫女が、そんなものを作らせたなど、さぞショックだっただろうに」
哀れみを込めてベルトルドは言った。
「神とは言え、所詮は獣だからな。グレイプニルを作らせた当時の巫女は、そんな風にお前を見ていたのだろうよ」
《キュッリッキを返すの……だ……》
全身から力が抜けていく。忌まわしい1万年前にも、同じ屈辱を味わった。昨日のことのように思い出され、フェンリルは低い唸り声を漏らし続けた。
サンダースパークに気を取られて、グレイプニルを投げつけていたことに気付かなかった。目の前の男はサイ《超能力》使いだが、唯一空間転移を操ることのできる能力者であることを、失念していたことは不覚だった。
「そのグレイプニルには多少改良を加えてある。1万年前のように暴発されても困るのでな。おとなしくそこで寝ていろ、番犬ごときが」
蔑むように言いおくと、片腕に抱いていたキュッリッキを両手に抱え直し、ベルトルドは踵を返して空間に溶けるように消えた。
《おおお……ティワズよ……このままでは悲劇が再び繰り返される……》
フェンリルの視界は闇に染まり、意識は深く沈んでいった。
頭内に低く浸透する男の声に、ベルトルドは面白そうに目を見開いた。
目の前には、白銀の毛並みの美しい狼が佇んでいる。普通の狼に比べると倍大きな身体をしていた。
「言葉を喋るのだな。初めて聞いたぞ」
《キュッリッキ以外の人間と言葉を交わす必要など、我にはなかった…。だが、こうなった以上そうも言ってられまい》
キュッリッキが恋い慕うメルヴィンは吹き飛ばされ、仲間たちは雷霆(ケラウノス)の餌食になった。
意識を奪われ、ベルトルドの腕の中に囚われてしまい、慌ててキュッリッキの影に潜んでついてきた。
アルケラの巫女を守るために降臨した、巫女の護衛であるフェンリルは、キュッリッキを守りぬく義務があるのだ。
そして、義務以上に、フェンリルはキュッリッキを失うことを心底恐れている。
1万年前のあの日の後悔を、再び繰り返すことだけは、絶対に避けなければならない。
悔やんでも悔やみきれない、ユリディスを失ったあの日のことは、今もフェンリルの心に重くのしかかっていた。
《キュッリッキを返すのだ。もう、人間ごときに巫女を託してはおけぬ!》
フェンリルのその言葉に、ベルトルドは苦笑をもらす。
「その人間ごときに後れを取って、1万年前大失態を犯したのだろう?」
《……貴様》
「一度あることは二度あるという。この俺を、ただの人間と同じと侮ると、こうなるぞ!」
ベルトルドは瞬時に無数の小さな電気の玉を出現させると、腕を横にないだ。
電気の玉はフェンリルに襲い掛かり、その巨体を絡め取るように包み込む。
「サンダースパーク!」
指を鳴らすと、それを合図に電気の玉は個々に爆発した。そして爆発とともに、フェンリルの身体に稲妻を絡ませていく。
「もっといくぞ」
同じ作業を何度も繰り返され、その都度フェンリルの身体を電気の爆発と稲妻が襲う。
《この程度で…》
「そうだな。神には効かぬだろうが、これならどうだ」
再びサンダースパークが襲いかかったとき、フェンリルは不意に後ろ脚を折って床に倒れた。
《……!?》
後ろ脚に力が入らず、続いて前脚も折れて、フェンリルは巨体を横向きに倒れさせた。
何事かと自らの脚に視線を向けると、フェンリルは激しく愕然とする。
「懐かしかろう。一万年前から遡ること、何代か前の巫女が作らせたというグレイプニル。強大な神(フェンリル)の力を封じ、拘束することのできる唯一の足枷だ」
漆黒に染めたような、光沢のある縄だった。それが、フェンリルの四肢に巻き付き、動きを封じ込んでいる。
「グレイプニルの存在をお前は忘れていたようだな。これに動きを封じられ、ユリディスを守れなかったのだから。――守るべき対象者である巫女が、そんなものを作らせたなど、さぞショックだっただろうに」
哀れみを込めてベルトルドは言った。
「神とは言え、所詮は獣だからな。グレイプニルを作らせた当時の巫女は、そんな風にお前を見ていたのだろうよ」
《キュッリッキを返すの……だ……》
全身から力が抜けていく。忌まわしい1万年前にも、同じ屈辱を味わった。昨日のことのように思い出され、フェンリルは低い唸り声を漏らし続けた。
サンダースパークに気を取られて、グレイプニルを投げつけていたことに気付かなかった。目の前の男はサイ《超能力》使いだが、唯一空間転移を操ることのできる能力者であることを、失念していたことは不覚だった。
「そのグレイプニルには多少改良を加えてある。1万年前のように暴発されても困るのでな。おとなしくそこで寝ていろ、番犬ごときが」
蔑むように言いおくと、片腕に抱いていたキュッリッキを両手に抱え直し、ベルトルドは踵を返して空間に溶けるように消えた。
《おおお……ティワズよ……このままでは悲劇が再び繰り返される……》
フェンリルの視界は闇に染まり、意識は深く沈んでいった。
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