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召喚士編
episode658
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今判ることは、キュッリッキは深く傷ついている、ということだ。
立ち直れるよう、そばで支えになってやらなければならないのだ。それができるのは自分だけだから。
そう改めて意を決して、キュッリッキの部屋を訪れた。
怪我が治ってから元気で明るかったのに、今はすっかり元気が失せてしまっている。そればかりか、目に見えて身体が一回り小さくなってしまった。ただでさえ華奢だというのに、これ以上痩せ細られると不安で仕方がない。
キュッリッキはずっと俯いて、自分の手を見つめていた。そしてメルヴィンも黙ってじっと、キュッリッキの顔を見つめていた。
暫く静かな時間が流れ、やがてキュッリッキがぽつり、と口を開いた。
「あの……ね」
「はい」
また口を閉じる。そして数分が経過したところで、再び話しだした。
「ベルトルドさんちでね……その、……アルカネットさんに、酷いこと、されたの…」
語尾が尻すぼみになる。肩に力を込めて、堪えるような表情で唇を震わせた。
「とっても怖かったの。…アルカネットさんなのに、アルカネットさんじゃないひとの顔をしてて怖かった。ベルトルドさんが助けてくれて、一生懸命、走って逃げてきたの」
そしてポロポロと、涙が頬を滑り落ちる。
「マリオンが……ね、それでメルヴィンを怖く感じちゃうんだって、言ってたの…」
メルヴィンが怖いんじゃない。メルヴィンが男だから、男というものに恐怖を感じているのだと。
「メルヴィンがあんな乱暴なことするわけないって、判ってるのにね…。――ホントはね、いますぐメルヴィンに抱きしめてほしい、キスしてほしい、でも怖い。アタシ、このままじゃメルヴィンに嫌われちゃう……メルヴィンに嫌われるの、一番ヤダぁ」
キュッリッキは大きくしゃくり上げると、声を上げて泣き出した。
やっと、気づいた。
確かに男というものに恐怖感をいだいた。初めて、そんな恐怖があるのだと知った。だけど、それ以上にこんなにも不安で恐ろしく感じているもの。
メルヴィンに嫌われてしまうこと、だった。
男を、メルヴィンを怖がって拒絶し続けていれば、きっと愛想を尽かされてしまう。いつになったら克服できるかなんて判らない、それではメルヴィンはいつまで待てばいいのか。きっとそんなに待ってはくれない。そう思えば思うほど、焦りと恐怖で頭の中がおかしくなりそうだった。
メルヴィンを失うことなど、考えただけでゾッとする。もしそんなことになれば、もう生きていられない。勝手に自分は死んじゃう。
恐怖と恋しさの板挟みに、キュッリッキはどうしていいか判らず、ひたすら泣き続けていた。
一方、今すぐ抱きしめてやりたい衝動をグッと堪え、メルヴィンは我慢強くキュッリッキを見つめていた。
男というものを怖がりながら、しかしキュッリッキが最も恐れているも、それが自分に嫌われることだと判って、どうしようもなく愛おしさがこみ上げてくる。
そんなことで、嫌ったりする筈は絶対にないのに。
キュッリッキのいじらしさに、胸のあたりをかきむしりたいほど、メルヴィンの心は歓喜に震えていた。
やがてキュッリッキが泣き止んでくると、メルヴィンは立ち上がり、ベッドに腰を下ろした。
「リッキー、オレから触れるのが怖く感じるなら、リッキーがオレに触れてくれませんか」
「え?」
涙を手の甲で拭いながら、キュッリッキは一瞬きょとんとメルヴィンを見た。
自分が、メルヴィンに触れる。その発想は沸かなかった。
自分から触れるなら、怖くないのだろうか? 大丈夫なのだろうか。
一度しゃくり上げ、涙を拭う。そして、メルヴィンと距離を縮めるように、少しずつメルヴィンに寄った。
メルヴィンはキュッリッキが触れやすいように、身体をキュッリッキへ向ける。
少し躊躇したあと、恐る恐るといったように、キュッリッキは手を伸ばした。
まず肩に、指先で触れる。次に、そっと掌で腕に触れた。
少しも怖くない。
そして、両手で手に触れた。
大きくて力強く、それでいて優しいメルヴィンの手。
この大きな手が触れるたびに、ドギマギした。まだ告白する前、自分の手を包み込むこの手に、安心と幸せを感じていた。それは今も変わらない。
いつだってこの手に守られていた。優しく、あたたかく。それなのに、どうして怖いと思ってしまったのだろう。
大好きで大好きでたまらない、メルヴィンの手なのに。
「メルヴィン……」
キュッリッキは再び目に涙を浮かべると、飛びつくようにしてメルヴィンに抱きついた。
「メルヴィンならもう大丈夫なの! メルヴィンならもう大丈夫だもん」
大好きなメルヴィンの手だから、もう怖いなんて思ったりしない。
「リッキー…」
メルヴィンはキュッリッキの身体に腕を回すと、そっと抱きしめた。
何年も触れていなかったような錯覚にとらわれるほど、久しく感じる愛しい少女のあたたかな身体。甘くて優しい香りが、鼻腔をくすぐっていく。メルヴィンはようやく、ホッと胸をなでおろした。
広い胸に顔を伏せて泣いていたキュッリッキは、顔を上げてメルヴィンを見上げる。
「ずっと、そばで、守ってくれる?」
「はい」
「アタシだけを、守ってね?」
「はい。必ず、あなたを守ります」
「約束なんだからね」
「約束です」
キュッリッキは身体を起こすと、メルヴィンの両肩に手を置いた。そして顔を真っ赤にすると、不器用にメルヴィンにキスをした。
立ち直れるよう、そばで支えになってやらなければならないのだ。それができるのは自分だけだから。
そう改めて意を決して、キュッリッキの部屋を訪れた。
怪我が治ってから元気で明るかったのに、今はすっかり元気が失せてしまっている。そればかりか、目に見えて身体が一回り小さくなってしまった。ただでさえ華奢だというのに、これ以上痩せ細られると不安で仕方がない。
キュッリッキはずっと俯いて、自分の手を見つめていた。そしてメルヴィンも黙ってじっと、キュッリッキの顔を見つめていた。
暫く静かな時間が流れ、やがてキュッリッキがぽつり、と口を開いた。
「あの……ね」
「はい」
また口を閉じる。そして数分が経過したところで、再び話しだした。
「ベルトルドさんちでね……その、……アルカネットさんに、酷いこと、されたの…」
語尾が尻すぼみになる。肩に力を込めて、堪えるような表情で唇を震わせた。
「とっても怖かったの。…アルカネットさんなのに、アルカネットさんじゃないひとの顔をしてて怖かった。ベルトルドさんが助けてくれて、一生懸命、走って逃げてきたの」
そしてポロポロと、涙が頬を滑り落ちる。
「マリオンが……ね、それでメルヴィンを怖く感じちゃうんだって、言ってたの…」
メルヴィンが怖いんじゃない。メルヴィンが男だから、男というものに恐怖を感じているのだと。
「メルヴィンがあんな乱暴なことするわけないって、判ってるのにね…。――ホントはね、いますぐメルヴィンに抱きしめてほしい、キスしてほしい、でも怖い。アタシ、このままじゃメルヴィンに嫌われちゃう……メルヴィンに嫌われるの、一番ヤダぁ」
キュッリッキは大きくしゃくり上げると、声を上げて泣き出した。
やっと、気づいた。
確かに男というものに恐怖感をいだいた。初めて、そんな恐怖があるのだと知った。だけど、それ以上にこんなにも不安で恐ろしく感じているもの。
メルヴィンに嫌われてしまうこと、だった。
男を、メルヴィンを怖がって拒絶し続けていれば、きっと愛想を尽かされてしまう。いつになったら克服できるかなんて判らない、それではメルヴィンはいつまで待てばいいのか。きっとそんなに待ってはくれない。そう思えば思うほど、焦りと恐怖で頭の中がおかしくなりそうだった。
メルヴィンを失うことなど、考えただけでゾッとする。もしそんなことになれば、もう生きていられない。勝手に自分は死んじゃう。
恐怖と恋しさの板挟みに、キュッリッキはどうしていいか判らず、ひたすら泣き続けていた。
一方、今すぐ抱きしめてやりたい衝動をグッと堪え、メルヴィンは我慢強くキュッリッキを見つめていた。
男というものを怖がりながら、しかしキュッリッキが最も恐れているも、それが自分に嫌われることだと判って、どうしようもなく愛おしさがこみ上げてくる。
そんなことで、嫌ったりする筈は絶対にないのに。
キュッリッキのいじらしさに、胸のあたりをかきむしりたいほど、メルヴィンの心は歓喜に震えていた。
やがてキュッリッキが泣き止んでくると、メルヴィンは立ち上がり、ベッドに腰を下ろした。
「リッキー、オレから触れるのが怖く感じるなら、リッキーがオレに触れてくれませんか」
「え?」
涙を手の甲で拭いながら、キュッリッキは一瞬きょとんとメルヴィンを見た。
自分が、メルヴィンに触れる。その発想は沸かなかった。
自分から触れるなら、怖くないのだろうか? 大丈夫なのだろうか。
一度しゃくり上げ、涙を拭う。そして、メルヴィンと距離を縮めるように、少しずつメルヴィンに寄った。
メルヴィンはキュッリッキが触れやすいように、身体をキュッリッキへ向ける。
少し躊躇したあと、恐る恐るといったように、キュッリッキは手を伸ばした。
まず肩に、指先で触れる。次に、そっと掌で腕に触れた。
少しも怖くない。
そして、両手で手に触れた。
大きくて力強く、それでいて優しいメルヴィンの手。
この大きな手が触れるたびに、ドギマギした。まだ告白する前、自分の手を包み込むこの手に、安心と幸せを感じていた。それは今も変わらない。
いつだってこの手に守られていた。優しく、あたたかく。それなのに、どうして怖いと思ってしまったのだろう。
大好きで大好きでたまらない、メルヴィンの手なのに。
「メルヴィン……」
キュッリッキは再び目に涙を浮かべると、飛びつくようにしてメルヴィンに抱きついた。
「メルヴィンならもう大丈夫なの! メルヴィンならもう大丈夫だもん」
大好きなメルヴィンの手だから、もう怖いなんて思ったりしない。
「リッキー…」
メルヴィンはキュッリッキの身体に腕を回すと、そっと抱きしめた。
何年も触れていなかったような錯覚にとらわれるほど、久しく感じる愛しい少女のあたたかな身体。甘くて優しい香りが、鼻腔をくすぐっていく。メルヴィンはようやく、ホッと胸をなでおろした。
広い胸に顔を伏せて泣いていたキュッリッキは、顔を上げてメルヴィンを見上げる。
「ずっと、そばで、守ってくれる?」
「はい」
「アタシだけを、守ってね?」
「はい。必ず、あなたを守ります」
「約束なんだからね」
「約束です」
キュッリッキは身体を起こすと、メルヴィンの両肩に手を置いた。そして顔を真っ赤にすると、不器用にメルヴィンにキスをした。
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