片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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召喚士編

episode653

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 メルヴィンに気づいたカーティスが声をかけると、どこか憤懣やるかたない様子でメルヴィンは首を横に振った。

「なに怒ってるんだ? キューリと喧嘩でもしたのか」

 ギャリーが首をかしげると、

「いえ、ただ……」

 言いよどみ、少し間を置いてメルヴィンは口を開いた。

「オレが触れると、怯えたように怖がるんです。抱き寄せようとすると、身を固くして、ひどく緊張している様子で。口の端も切ってましたし。――考えたくはないんですが、ベルトルド邸で、なにかされたんじゃないかと、思ってます」

 メルヴィンを怖がっているんじゃなく、男というものを怖がっている様子だという。

 ――いやっ!

 ――ごめんねメルヴィン……ごめんなさい……。

 先ほどのキュッリッキの様子を思い出し、胸が痛む。

「それっておめえ……」

 ギャリーは渋い表情を浮かべて唸る。

「御大たちに限って、と、言い切れないものはあるけどなあ……だがよ…」

 あれだけ溺愛していれば、考えられないことはない。だが、2人がキュッリッキへ向ける愛情は、恋しい女へのというより、父親のようなものだった。

 慈しみながら、可愛くて可愛くて仕方がないというほどに。傍から見ていてそう見えるくらいだ。それがいきなり、女と認識を改め、手を出したとでもいうのだろうか。

 倦怠期にはまだ程遠い関係なのに、メルヴィンを急に怖がるというのは解せない。

 床をじっと睨みつけていたメルヴィンは、顔を上げず口を開いた。

「マリオンさん、リッキーのそばについていてもらえませんか」

「おっけぇ~、まかせてん」

 マリオンは神妙に頷くと、メルヴィンの肩を軽く叩いて食堂を出て行った。

「――オレ、ちょっと確かめてきます」

 思いつめたような表情で言って、カーティスが呼び止める声も無視して食堂を出て行った。

「やべ、オレらもついていく。タルコット一緒にこい」

「うん」

 ギャリーとタルコットは、慌ててメルヴィンのあとを追った。

 一見穏やかで、喧嘩とは無縁そうなメルヴィンだが、実は傭兵団一の要注意人物でもある。根が真面目なので、怒らせるとその反動が凄いのだ。

 魔法やサイ《超能力》を持つ相手に、正面から物理攻撃で勝つのは難しい。周到に罠にはめるか、不意でも打たない限りは倒されるのがオチだ。

 しかしメルヴィンには爪竜刀がある。魔剣の類で、アサシンの行動を感知したり、魔法やサイ《超能力》の力を跳ね返すこともできる。普段は跳ね返した力で周囲に被害が及ぶことを懸念してあまり使わないが、怒ったメルヴィンが本気で爪竜刀を振るったら、ベルトルドやアルカネットですらどうなるか判らない。ハーメンリンナが半壊することだってありえる。

 そんなメルヴィンを止めることができるのは、戦闘スキル〈才能〉を持ち、魔剣を操るギャリーとタルコットだけだ。

「早とちりかもしんねえから、あんま思いつめんな、メルヴィン」

 追いついたギャリーはそう言うが、メルヴィンは表情を固くしたまま歩調を早めて、ハーメンリンナに向かった。
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