片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

文字の大きさ
上 下
714 / 882
召喚士編

episode651

しおりを挟む
 ドコをどう走ったのか覚えていなかった。ただ、無我夢中でアジトへ向かって走る。

 一度も足を止めなかった。

 もし止めたら、アルカネットに捕まりそうな恐怖にかられ、足を止めることができなかったのだ。

「あうっ」

 石畳に足を取られて、前につんのめって倒れた。膝を強く打ち付けたが、痛みは感じない。それよりももっと大きな恐怖感に、身体も心も支配されていたからだ。

「あんたなんで、こんなところで転んでるの!?」

 突如マーゴットの素っ頓狂な声が頭上からして、キュッリッキはのろのろと顔を上げた。

「ちょっと、泣いてるじゃない、そんなに痛いの?」

 びっくりしたマーゴットは、しゃがんでキュッリッキを起こしてやる。

「転んでパンツ見えてるわよ。ほら、立てる?」

 小さく頷き、マーゴットにつかまりながらキュッリッキは立とうとした。しかし、まるで足に力が入らず、ヘナヘナと石畳に座り込んでしまった。

「転んだ拍子によほど強く身体を打ったのかしら? フェンリル、アジトにカーティスとメルヴィンいるから呼んできて」

 オロオロとしているフェンリルに、マーゴットはビシッと言うと、フェンリルは弾かれたようにアジトへ走っていった。その後ろにフローズヴィトニルが続く。

「まったくドジなんだから。ほら、膝擦りむいてない?」

 キュッリッキの身の上に起きたことなど知らないマーゴットは、テキパキとキュッリッキの怪我の具合を診る。

 そして待つこと数分、血相を変えたカーティスとメルヴィンが駆けつけてきた。

「リッキー、どうしたんですか!?」

「メルヴィン……」

 キュッリッキはくしゃりと顔を歪ませると、そのまま意識を失った。

「リッキー!? どうしたんですかリッキー!!」

「キューリさん!」



 急いでアジトに運び込まれたキュッリッキは、自室でヴィヒトリの診察を受けた。

「ヴィヒトリ先生……」

 キュッリッキの部屋から出てきたヴィヒトリは、メガネを外すと、小さくため息をついた。

 いきなり勤務中にヴァルトから「キンキューだすぐこい!」と連絡が入り、大慌てでエルダー街へ駆けつけてきたのだ。

「転んだ時の怪我は大したことないよ。膝を強く打ってるから、数日は痛むと思うけど、湿布貼っとけばすぐ治る」

「はい」

 メルヴィンはひとまずホッと息をついた。

「ただ、ちょっと精神的に混乱している感じだから、無理に問い詰めるようなことをしちゃ、ダメだよ」

「はあ…」

「何か、よほどショックなことがあったみたいだ。自分から話せるようになるまで、絶対無理強いしないように、いいね?」

「はい」

「よお、フショーの弟よ! きゅーりダイジョーブなのか?」

 小型バーベルを片手で持ち、上げ下げしながらヴァルトがやってきた。

「精神的にショック受けてるから、あんまからかっちゃダメだよ、にーちゃん」

「俺様は空気が読めるんだぜ!」

「だったら、談話室行ったほうがいいよ」

「おう」

 ヴァルトは素直に返事をすると、さっさと談話室の方へ行ってしまった。

「そばについててあげて」

「はい、わかりました」

 メルヴィンは頷くと、キュッリッキの部屋へ入っていった。



 メルヴィンはベッドの横に椅子を持ってきて座った。

 薬を投与されたキュッリッキは、スヤスヤとよく眠っている。

「一体、なにがあったんですか……」

 シーツの中から細い小さな手を取り出し、きゅっと握った。

 自らの過去を打ち明けてくれた時とは違う、とても辛そうな表情をしていた。

 毎週水曜はテレビ鑑賞のためにベルトルド邸へ行く。この頃は泊りがけで行くので、いつも翌日の昼近くに帰ってくる。

 帰ってくると、昼食をみんなで食べながら、テレビ番組の感想やらなにやらで、楽しく盛り上がっていた。それなのに、今日はあんなに辛そうな顔で石畳に座り込んでいた。

 マーゴットの話では転んだらしい。顔は涙で濡れていたし、意識を失うほど何かに気を張っていたのだろうか。

 理由を知りたいと思うが、ヴィヒトリが言うように、無理に問い詰めないほうがいいだろう。

 メルヴィンはキュッリッキの柔らかな頬を、優しくそっと撫でてやった。



 翌日、ハワドウレ皇国に激震が走った。

 副宰相ベルトルドの、退任の報である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

お屋敷メイドと7人の兄弟

とよ
恋愛
【露骨な性的表現を含みます】 【貞操観念はありません】 メイドさん達が昼でも夜でも7人兄弟のお世話をするお話です。

クラスで一人だけ男子な僕のズボンが盗まれたので仕方無くチ○ポ丸出しで居たら何故か女子がたくさん集まって来た

pelonsan
恋愛
 ここは私立嵐爛学校(しりつらんらんがっこう)、略して乱交、もとい嵐校(らんこう) ━━。  僕の名前は 竿乃 玉之介(さおの たまのすけ)。  昨日この嵐校に転校してきた至極普通の二年生。  去年まで女子校だったらしくクラスメイトが女子ばかりで不安だったんだけど、皆優しく迎えてくれて ほっとしていた矢先の翌日…… ※表紙画像は自由使用可能なAI画像生成サイトで制作したものを加工しました。

処理中です...