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美人コンテスト編
episode586
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40分かかってようやく橋を渡りきった御一行様は、口々に疲れた、早く座りたいと文句を垂れ流していた。
目の前には大きな朱塗りの門があり、役人がコンコンとノックをすると、ゆっくりと内側に扉が開いていった。門を開けた人の姿は見えない。
「では、皆様行きましょう。あともう少しですから」
門をくぐった先には、目にも鮮やかな紅葉が歩道の両脇に植えられていた。
淡い若草色から、ほんのりと赤みを帯びていて、陽の光に照らされて煌めいて見える。歩道は全て黒御影石で敷き詰められ、緩やかな勾配で奥へと続いていた。
どこかしっとりとした雰囲気に、自然と皆の口は黙する。辺は靴音と葉の擦れ合う音のみが響きあっていた。
門から5分ほど進むと、大きな建物が姿を現した。
「大変お疲れ様でございました。ケウルーレが誇る温泉宿、ユルハルシラでございます」
「おお、やっと着いたなー!」
グーッと伸びをしながら、ベルトルドが大きな息とともに吐き出した。
「素敵なところねえ~」
リュリュは両手を胸の前で組んで、惚れ惚れと宿を見上げた。
磨きぬかれた大きな鏡のような黒い池の上に宿は建っている。削り出したばかりのように香る桧と、曇りひとつない透明なガラスで組まれた建物だ。
創業してから一度も建て替えたことがないという。しかしどう見ても新築の建物のようにしか見えない。
池の周りは取り囲むように竹が密集して生えており、どれも見事な極太の茎をしていて青々と茂り、泰然とする様は静謐な雰囲気を醸し出していた。
「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました」
圧倒される雰囲気にのまれていた御一行様は、凛とした女性の声にハッと意識を引き戻され、宿の正面に視線を向ける。
燃えるように赤い髪をきっちり結い上げ、すらりとした肢体を淡い紫色の着物で身を包んでいる。裾から上にかけて、金色の糸で蝶が刺繍されていた。
「当宿を預かる女将のシグネと申します」
そう言って、深々とお辞儀をした。
「大勢で押しかけてゴメンナサイ。2泊3日お世話になるわ」
代表してリュリュが挨拶をすると、切れ長の目を和ませ、シグネは柔らかく微笑んだ。まだ30代前半くらいの、粋な美しい顔をしていた。
「立ち話も無粋ですわね。ささ、皆様どうぞ中へお入りください。お茶を差し上げましょうね」
すると宿の方から数名の従業員らしき人々が出てきて、荷車に乗っていた荷物を手に取り、素早く宿に運び込み始めた。
「皆様のお荷物は、控えの間にお運び致します」
宿に入りながら、シグネは従業員に指示を飛ばしつつ説明をする。
「こちらでまずは、お身体をお休めください」
玄関ホールの続きに、広々とした歓談スペースがある。大きなガラスに覆われた窓からは、池と竹が眺められた。
竹で編まれたベンチには柔らかなクッションが置かれ、各々腰を下ろしてくつろぐ。
「とっても綺麗なところだね、メルヴィン」
「ええ。竹の香りがとても清々しいです」
キュッリッキとメルヴィンは並んで座りながら、窓の外をじっと見つめる。
「オレの故郷にも竹林が結構あって、見てるとなんだか懐かしいなあ」
「そうなんだあ」
メルヴィンの故郷のことが少しだけ判って、キュッリッキは嬉しくてメルヴィンの腕をギュッと掴む。故郷のことを話してくれたのは、これが初めてなのだ。
故郷は辛い思い出ばかりのキュッリッキを慮って、なるべく話さないようにしているメルヴィンの気持ちは判っている。でも、今のキュッリッキはどんな些細なことでも、メルヴィンのことが沢山知りたいのだ。
そんな2人のほのぼのとした後ろ姿を――主にメルヴィンの――忌々しげに睨みつけ、ベルトルドとアルカネットは表情を険しくしていた。そこへ、
「さあ、温かいお茶をどうぞ」
シグネ自ら、嫉妬に狂うオッサン2人の前に、そっと盆を差し出す。
「お、おう」
「ありがとうございます…」
面食らったように茶器を受け取り、2人はズズッと茶をすする。
「変わった香りがするな、柑橘系の」
お、といった顔でベルトルドはもう一口すすった。
「柚という果実の汁を混ぜています。身体も温まり、気分も落ち着きますよ」
見透かされていると気づき、ベルトルドはバツの悪そうな顔で肩を縮めた。
皆に茶を手渡し、シグネはにっこりと笑みを深めた。
「当宿では、食事をしていただく時は、朝顔の間にて、皆様ご一緒に召し上がって頂くようお願い申し上げます。それ以外では、どのお部屋もご自由にお使いになって下さい」
「あら、部屋割りしなくていいのン?」
「はい。お好きなお部屋で、くつろがれたり、おやすみなっていただいて結構でございます」
「ンまっ、贅沢ねえ」
采配担当のリュリュは、びっくりして目を見開いた。
「お部屋によっては、備え付けの露天風呂などもございます。宿の一部ではシンプルな娯楽施設も運営しております。そして、お風呂は湯殿の間から、それぞれお好みのお風呂をお選びになって、24時間お好きなときにお入り下さい」
そりゃ贅沢だーと、皆も喜んだ。
「ご滞在いただく間は、ご自分の家と思い、心ゆくまでご堪能くださいませ」
目の前には大きな朱塗りの門があり、役人がコンコンとノックをすると、ゆっくりと内側に扉が開いていった。門を開けた人の姿は見えない。
「では、皆様行きましょう。あともう少しですから」
門をくぐった先には、目にも鮮やかな紅葉が歩道の両脇に植えられていた。
淡い若草色から、ほんのりと赤みを帯びていて、陽の光に照らされて煌めいて見える。歩道は全て黒御影石で敷き詰められ、緩やかな勾配で奥へと続いていた。
どこかしっとりとした雰囲気に、自然と皆の口は黙する。辺は靴音と葉の擦れ合う音のみが響きあっていた。
門から5分ほど進むと、大きな建物が姿を現した。
「大変お疲れ様でございました。ケウルーレが誇る温泉宿、ユルハルシラでございます」
「おお、やっと着いたなー!」
グーッと伸びをしながら、ベルトルドが大きな息とともに吐き出した。
「素敵なところねえ~」
リュリュは両手を胸の前で組んで、惚れ惚れと宿を見上げた。
磨きぬかれた大きな鏡のような黒い池の上に宿は建っている。削り出したばかりのように香る桧と、曇りひとつない透明なガラスで組まれた建物だ。
創業してから一度も建て替えたことがないという。しかしどう見ても新築の建物のようにしか見えない。
池の周りは取り囲むように竹が密集して生えており、どれも見事な極太の茎をしていて青々と茂り、泰然とする様は静謐な雰囲気を醸し出していた。
「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました」
圧倒される雰囲気にのまれていた御一行様は、凛とした女性の声にハッと意識を引き戻され、宿の正面に視線を向ける。
燃えるように赤い髪をきっちり結い上げ、すらりとした肢体を淡い紫色の着物で身を包んでいる。裾から上にかけて、金色の糸で蝶が刺繍されていた。
「当宿を預かる女将のシグネと申します」
そう言って、深々とお辞儀をした。
「大勢で押しかけてゴメンナサイ。2泊3日お世話になるわ」
代表してリュリュが挨拶をすると、切れ長の目を和ませ、シグネは柔らかく微笑んだ。まだ30代前半くらいの、粋な美しい顔をしていた。
「立ち話も無粋ですわね。ささ、皆様どうぞ中へお入りください。お茶を差し上げましょうね」
すると宿の方から数名の従業員らしき人々が出てきて、荷車に乗っていた荷物を手に取り、素早く宿に運び込み始めた。
「皆様のお荷物は、控えの間にお運び致します」
宿に入りながら、シグネは従業員に指示を飛ばしつつ説明をする。
「こちらでまずは、お身体をお休めください」
玄関ホールの続きに、広々とした歓談スペースがある。大きなガラスに覆われた窓からは、池と竹が眺められた。
竹で編まれたベンチには柔らかなクッションが置かれ、各々腰を下ろしてくつろぐ。
「とっても綺麗なところだね、メルヴィン」
「ええ。竹の香りがとても清々しいです」
キュッリッキとメルヴィンは並んで座りながら、窓の外をじっと見つめる。
「オレの故郷にも竹林が結構あって、見てるとなんだか懐かしいなあ」
「そうなんだあ」
メルヴィンの故郷のことが少しだけ判って、キュッリッキは嬉しくてメルヴィンの腕をギュッと掴む。故郷のことを話してくれたのは、これが初めてなのだ。
故郷は辛い思い出ばかりのキュッリッキを慮って、なるべく話さないようにしているメルヴィンの気持ちは判っている。でも、今のキュッリッキはどんな些細なことでも、メルヴィンのことが沢山知りたいのだ。
そんな2人のほのぼのとした後ろ姿を――主にメルヴィンの――忌々しげに睨みつけ、ベルトルドとアルカネットは表情を険しくしていた。そこへ、
「さあ、温かいお茶をどうぞ」
シグネ自ら、嫉妬に狂うオッサン2人の前に、そっと盆を差し出す。
「お、おう」
「ありがとうございます…」
面食らったように茶器を受け取り、2人はズズッと茶をすする。
「変わった香りがするな、柑橘系の」
お、といった顔でベルトルドはもう一口すすった。
「柚という果実の汁を混ぜています。身体も温まり、気分も落ち着きますよ」
見透かされていると気づき、ベルトルドはバツの悪そうな顔で肩を縮めた。
皆に茶を手渡し、シグネはにっこりと笑みを深めた。
「当宿では、食事をしていただく時は、朝顔の間にて、皆様ご一緒に召し上がって頂くようお願い申し上げます。それ以外では、どのお部屋もご自由にお使いになって下さい」
「あら、部屋割りしなくていいのン?」
「はい。お好きなお部屋で、くつろがれたり、おやすみなっていただいて結構でございます」
「ンまっ、贅沢ねえ」
采配担当のリュリュは、びっくりして目を見開いた。
「お部屋によっては、備え付けの露天風呂などもございます。宿の一部ではシンプルな娯楽施設も運営しております。そして、お風呂は湯殿の間から、それぞれお好みのお風呂をお選びになって、24時間お好きなときにお入り下さい」
そりゃ贅沢だーと、皆も喜んだ。
「ご滞在いただく間は、ご自分の家と思い、心ゆくまでご堪能くださいませ」
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