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アン=マリー女学院からの依頼編
episode535
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扉が閉められたのを確認し、シェシュティン院長は口を開いた。
「この御方は、我が国のイリニア王女殿下でいらっしゃいます。勉強などを学ばれるために、当学院でお預かりしております」
紹介された王女を見て、メルヴィンたちはぽかんと口を開けて固まってしまった。
「イリニアでございます」
紹介を受けて丁寧に頭を下げた、王女のその容姿。
ストレートの長いプラチナブロンドの髪に白い肌、そして茶色の瞳。幼さを僅かに残す柔和な面立ちは美しく、紅もさしていないにもかかわらず、唇がほんのりと赤い。精緻な人形に生命が吹き込まれたような王女の美しい容姿より、何よりも驚くのはその瞳だ。
「殿下は、召喚スキル〈才能〉の持ち主なのですか……」
「まあ、よくご存知ですわね」
茶色い瞳にまといつく、虹色の不思議な光彩。それは、紛れもなく召喚スキル〈才能〉を持つ者の証なのだ。
「ええ、まあ」
メルヴィンは口を濁した。まさか、キュッリッキ以外の召喚スキル〈才能〉を持つ者に会えるとは驚きだった。
「先日、殿下の父君と母君であらせられる国王夫妻が、ご視察先で不慮の事故にみまわれ、崩御なさいました」
シェシュティン院長は瞑目する。イリニア王女も悲しげに目を伏せた。
「そのことで、急遽殿下を次の女王にと、首都ヴァルテルの王宮から連絡がございました。ですが…、ですが同時に殿下のお命を狙っている者が暗躍している、という情報ももたらされたのです」
「よくありそうな話だな」
腕を組んで感情の伺えない声でタルコットが呟く。これを機に、玉座を簒奪しようと画策する者はどこにでもいる。
「首都ヴァルテルからも遠く離れ、また、殿下には信頼の厚い心許せる家臣がございませぬ。誰が敵であるか、わたくしどもには判断がつきません」
「それでギルドに依頼なさったんですね」
「はい」
薄く皺の刻まれた面を悲しげに歪ませ、シェシュティン院長は一旦口をつぐんだ。
「殿下には、他にご兄弟はいらっしゃいません。お血筋で言えば、現在宰相の地位に就いておられる、叔父君のニコデムス様と、従兄弟である近衛騎士団長のトビアス様だけ。その御二方も、正直わたくしは信用してはおりません。まして、殿下は召喚スキル〈才能〉をお持ちなのです。御身の安全を第一に考えますと、とても同国の者には任せられないのです」
情けないことでございますが、とシェシュティン院長は苦笑する。
召喚スキル〈才能〉を持つ者は、生国で大切に保護をする。しかし今回のように、その国の頂点に立とうという王女自身が召喚スキル〈才能〉を持っており、きな臭さの漂う国情では、国民に保護を求めるのは難しいだろう。
「どうか、時期女王であらせられる殿下を、無事首都まで送り届けていただけますでしょうか」
「お任せ下さい。ですが、お話の通りなら、道中奇襲もありましょう。危険も伴いますが、守るために野蛮な振る舞いをすることがあるかもしれません。お忍びという形になると思うので、バカンスのような旅はできません。それらのことに、殿下は耐えられるでしょうか?」
イリニア王女をじっと見据え、メルヴィンは言った。
体力とは無縁そうな、華奢でなよやかな体格をしている。散歩以外まともに身体を動かしたことがないのではないか、と思わせるほどに。そんな少女を伴っての旅は、自分たちがしてきたような強行軍を取るわけにはいかない。とったところでもたないだろう。そしてメルヴィンが言ったことが飲めないようでは、長距離移動を伴う護衛は難しい。
メルヴィンの瞳を見つめ返しながら、イリニア王女は毅然とした表情でゆっくりと頷いた。
「はい。ご迷惑をお掛けすることになると思いますが、皆様にお願いいたします」
優雅な仕草で、深々とイリニア王女は頭を下げた。
「この御方は、我が国のイリニア王女殿下でいらっしゃいます。勉強などを学ばれるために、当学院でお預かりしております」
紹介された王女を見て、メルヴィンたちはぽかんと口を開けて固まってしまった。
「イリニアでございます」
紹介を受けて丁寧に頭を下げた、王女のその容姿。
ストレートの長いプラチナブロンドの髪に白い肌、そして茶色の瞳。幼さを僅かに残す柔和な面立ちは美しく、紅もさしていないにもかかわらず、唇がほんのりと赤い。精緻な人形に生命が吹き込まれたような王女の美しい容姿より、何よりも驚くのはその瞳だ。
「殿下は、召喚スキル〈才能〉の持ち主なのですか……」
「まあ、よくご存知ですわね」
茶色い瞳にまといつく、虹色の不思議な光彩。それは、紛れもなく召喚スキル〈才能〉を持つ者の証なのだ。
「ええ、まあ」
メルヴィンは口を濁した。まさか、キュッリッキ以外の召喚スキル〈才能〉を持つ者に会えるとは驚きだった。
「先日、殿下の父君と母君であらせられる国王夫妻が、ご視察先で不慮の事故にみまわれ、崩御なさいました」
シェシュティン院長は瞑目する。イリニア王女も悲しげに目を伏せた。
「そのことで、急遽殿下を次の女王にと、首都ヴァルテルの王宮から連絡がございました。ですが…、ですが同時に殿下のお命を狙っている者が暗躍している、という情報ももたらされたのです」
「よくありそうな話だな」
腕を組んで感情の伺えない声でタルコットが呟く。これを機に、玉座を簒奪しようと画策する者はどこにでもいる。
「首都ヴァルテルからも遠く離れ、また、殿下には信頼の厚い心許せる家臣がございませぬ。誰が敵であるか、わたくしどもには判断がつきません」
「それでギルドに依頼なさったんですね」
「はい」
薄く皺の刻まれた面を悲しげに歪ませ、シェシュティン院長は一旦口をつぐんだ。
「殿下には、他にご兄弟はいらっしゃいません。お血筋で言えば、現在宰相の地位に就いておられる、叔父君のニコデムス様と、従兄弟である近衛騎士団長のトビアス様だけ。その御二方も、正直わたくしは信用してはおりません。まして、殿下は召喚スキル〈才能〉をお持ちなのです。御身の安全を第一に考えますと、とても同国の者には任せられないのです」
情けないことでございますが、とシェシュティン院長は苦笑する。
召喚スキル〈才能〉を持つ者は、生国で大切に保護をする。しかし今回のように、その国の頂点に立とうという王女自身が召喚スキル〈才能〉を持っており、きな臭さの漂う国情では、国民に保護を求めるのは難しいだろう。
「どうか、時期女王であらせられる殿下を、無事首都まで送り届けていただけますでしょうか」
「お任せ下さい。ですが、お話の通りなら、道中奇襲もありましょう。危険も伴いますが、守るために野蛮な振る舞いをすることがあるかもしれません。お忍びという形になると思うので、バカンスのような旅はできません。それらのことに、殿下は耐えられるでしょうか?」
イリニア王女をじっと見据え、メルヴィンは言った。
体力とは無縁そうな、華奢でなよやかな体格をしている。散歩以外まともに身体を動かしたことがないのではないか、と思わせるほどに。そんな少女を伴っての旅は、自分たちがしてきたような強行軍を取るわけにはいかない。とったところでもたないだろう。そしてメルヴィンが言ったことが飲めないようでは、長距離移動を伴う護衛は難しい。
メルヴィンの瞳を見つめ返しながら、イリニア王女は毅然とした表情でゆっくりと頷いた。
「はい。ご迷惑をお掛けすることになると思いますが、皆様にお願いいたします」
優雅な仕草で、深々とイリニア王女は頭を下げた。
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