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勇気と決断編
episode506
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「失礼します、お嬢様」
部屋をノックする音とリトヴァの声がして、キュッリッキは顔を上げた。
「どうぞ」
白いクロスのかかったワゴンを押して、リトヴァが入ってきた。
キュッリッキはソファに足を投げ出して座り、膝にフェンリルとフローズヴィトニルを乗せていた。
「お茶のお時間ですよ。フローズヴィトニル様のお好きなお菓子も、ご用意いたしました」
「ありがとう、リトヴァさん」
にっこり礼を言うキュッリッキに微笑み返し、ソファのそばにある小さなテーブルに、ローズヒップのお茶と、プチケーキの皿を並べる。そして、ラベンダーを活けた小さな花瓶も添えた。
いつもと違う花に、キュッリッキは目を瞬かせる。
「そのお花、ラベンダー?」
「はい、さようでございます」
「ふーん…」
こうしてお茶を出される時、必ず小さな花々を活けた花瓶も持ってくる。パンジーだったり小さなバラの花だったり。ラベンダーの花は初めてだった。
細い小さな花瓶に活けられたラベンダーを、キュッリッキは吸い付くように見つめている。その様子を見て、キュッリッキが何かを感じて気づいてくれたら。リトヴァはそう願わずにはいられなかった。
それから毎日のように、メルヴィンは想いを込めたラベンダーの小さな花束を持参するようになった。
これはグンヒルドの入れ知恵であると、さすがにリトヴァは気付かない。
エルダー街のライオン傭兵団のアジトに押しかけたグンヒルドは、言葉が届かないなら花で攻めろと、ラベンダーの花を持参するようにすすめたのだ。
絶対に想いが通じるから、と言って。
リトヴァは花束を受け取り、キュッリッキへのティータイムには必ずその花を活けて添えた。誰から贈られたものなのか、本当のことが言えないままに。
こうしたやり取りが続く中で、溜まっていった鬱憤が、怒りという形でリトヴァの心を支配していく。
本当のことが言えない、言いたくても言えない苦しさに、ついにリトヴァは我慢できなくなって爆発した。
いつものようにメルヴィンが花束を託して帰ったあと、リトヴァはすぐにキュッリッキの部屋へ向かった。
走らない程度に速度を抑え、しかしカツカツと靴音も高らかに、肩をいからせて歩いていく。
(もう我慢などするものですか! 命令に背いて言ってやりますわ旦那様方! お覚悟なさいましっ!)
ノックもそこそこに、意を決してキュッリッキの部屋の扉を開く。
「お嬢様、よろしいでしょうか?」
いきなり現れ、どこか怒った風のリトヴァの珍しい表情に、キュッリッキは気圧されたように小さく頷く。
「これを」
キュッリッキは手にしていた風景の写真集を傍らに置いて、差し出されたラベンダーの小さな花束を受け取った。
「いつも活けてくれるラベンダーの?」
「さようでございます」
淡いピンク色のリボンで、可愛く束ねられたラベンダーの花。
キュッリッキが不思議そうにリトヴァを見上げていると、肩の力を抜くように、リトヴァは表情を和ませた。
「お嬢様は、ラベンダーの花言葉をご存知ですか?」
「んーん、知らない。花言葉って、どれも知らないの…」
少し恥ずかしそうに言うキュッリッキに、リトヴァは口元を笑みの形にした。
「とても良い言葉なのです。花言葉は『あなたを待っています』、といいますの」
「あなたを待っています……」
部屋をノックする音とリトヴァの声がして、キュッリッキは顔を上げた。
「どうぞ」
白いクロスのかかったワゴンを押して、リトヴァが入ってきた。
キュッリッキはソファに足を投げ出して座り、膝にフェンリルとフローズヴィトニルを乗せていた。
「お茶のお時間ですよ。フローズヴィトニル様のお好きなお菓子も、ご用意いたしました」
「ありがとう、リトヴァさん」
にっこり礼を言うキュッリッキに微笑み返し、ソファのそばにある小さなテーブルに、ローズヒップのお茶と、プチケーキの皿を並べる。そして、ラベンダーを活けた小さな花瓶も添えた。
いつもと違う花に、キュッリッキは目を瞬かせる。
「そのお花、ラベンダー?」
「はい、さようでございます」
「ふーん…」
こうしてお茶を出される時、必ず小さな花々を活けた花瓶も持ってくる。パンジーだったり小さなバラの花だったり。ラベンダーの花は初めてだった。
細い小さな花瓶に活けられたラベンダーを、キュッリッキは吸い付くように見つめている。その様子を見て、キュッリッキが何かを感じて気づいてくれたら。リトヴァはそう願わずにはいられなかった。
それから毎日のように、メルヴィンは想いを込めたラベンダーの小さな花束を持参するようになった。
これはグンヒルドの入れ知恵であると、さすがにリトヴァは気付かない。
エルダー街のライオン傭兵団のアジトに押しかけたグンヒルドは、言葉が届かないなら花で攻めろと、ラベンダーの花を持参するようにすすめたのだ。
絶対に想いが通じるから、と言って。
リトヴァは花束を受け取り、キュッリッキへのティータイムには必ずその花を活けて添えた。誰から贈られたものなのか、本当のことが言えないままに。
こうしたやり取りが続く中で、溜まっていった鬱憤が、怒りという形でリトヴァの心を支配していく。
本当のことが言えない、言いたくても言えない苦しさに、ついにリトヴァは我慢できなくなって爆発した。
いつものようにメルヴィンが花束を託して帰ったあと、リトヴァはすぐにキュッリッキの部屋へ向かった。
走らない程度に速度を抑え、しかしカツカツと靴音も高らかに、肩をいからせて歩いていく。
(もう我慢などするものですか! 命令に背いて言ってやりますわ旦那様方! お覚悟なさいましっ!)
ノックもそこそこに、意を決してキュッリッキの部屋の扉を開く。
「お嬢様、よろしいでしょうか?」
いきなり現れ、どこか怒った風のリトヴァの珍しい表情に、キュッリッキは気圧されたように小さく頷く。
「これを」
キュッリッキは手にしていた風景の写真集を傍らに置いて、差し出されたラベンダーの小さな花束を受け取った。
「いつも活けてくれるラベンダーの?」
「さようでございます」
淡いピンク色のリボンで、可愛く束ねられたラベンダーの花。
キュッリッキが不思議そうにリトヴァを見上げていると、肩の力を抜くように、リトヴァは表情を和ませた。
「お嬢様は、ラベンダーの花言葉をご存知ですか?」
「んーん、知らない。花言葉って、どれも知らないの…」
少し恥ずかしそうに言うキュッリッキに、リトヴァは口元を笑みの形にした。
「とても良い言葉なのです。花言葉は『あなたを待っています』、といいますの」
「あなたを待っています……」
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