片翼の召喚士

ユズキ

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奪われしもの編

112)召喚士の少女たち

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「ふんふんふ~ん」

 鼻歌を奏でながら、キュッリッキはご機嫌で服を選んでいた。ちなみに、美人コンテスト以来声を上げて歌うことは禁じられている。
 先日の美人コンテストで、ウルトラ級の破壊力を見せた音痴により、ベルトルドを含めたライオン全員からダメ出しを食らっていた。愛するメルヴィンすら合意したのだ。なので、鼻歌で我慢中である。
 今日はメルヴィンと2人っきりでランチを食べに行こうとなって、オシャレのための服を選んでいた。

「なに着ていこうかな~。メルヴィンがドキドキしちゃうようなの選ばなきゃ」

 ハンガーにかかったままの服をとって、身体にあてて姿見の鏡を覗き込む。
 ベルトルドとアルカネットによって、ライオン傭兵団のアジトに持ち込まれたキュッリッキの衣類は、アジトの中には到底収めきれなかった。そのためベルトルドは隣の家を強引に買収し――住んでいた住人を即日追い出した――速攻改修させ、アジトの壁をぶち抜いて建物内から移動できるようにしてしまった。そして、そこに衣装やらなにやら運び込み、管理兼使用人も別に雇っている。
 たかが服のためにそこまでやるのか、とカーティスは呆れ果てたが、アジトに入りきらないんだからしょうがない。そう、自らを気合で納得させた。メンバーたちも2人の親バカぶりに呆れかえり、なにも言わなかった。
 10分ほど悩み、アランチョ・マンダリーノ色のカシュクールタイプのワンピースを選んだ。これにセーフカラーのベルトとパンプスを合わせる。自身の髪の毛の色が金色なので、どうかなと思いつつも、今日のラッキカラーが黄色系だったのでこれに決めた。
 衣装部屋の隣には、着替えやメイクをするための部屋も設置されている。そこで、この衣装などの管理を任されているメイドのヨンナに、髪の毛のセットや化粧を手伝ってもらった。

「よくお似合いですよ、お嬢様」
「えへへ、ありがと」

 こうしていると、ベルトルド邸にいた頃と変わらないかも、とキュッリッキは思った。

「キューリちゃーん、アルカネットさんがきたわよぉ~」
「え?」

 マリオンがヌッと顔を出し、アルカネットが会いに来たと報せてくれた。

「うーん、なんでアルカネットさんがきたの?」
「さぁ…? まぁ、とにかくキューリちゃん呼んできてってぇ言われたわあ」
「ふーん…」

 アタシ用事ないのになあ、などと薄情なことを呟く。
 首をかしげつつキュッリッキは急いで髪をまとめてもらうと、マリオンと共にアジトの建物に戻った。



「アルカネットさーん」

 玄関ホールに佇むアルカネットを、階段を駆け下りながら呼ぶ。すぐに優しい笑顔が出迎えてくれた。

「リッキーさん」

 眩しげに目を細め、アルカネットは駆け下りてきた少女を優しく抱きとめた。

「綺麗にオシャレしていますね。どこかへ行く予定だったのですか?」
「メルヴィンとランチを食べにくの」

 嬉しそうに言うキュッリッキに、アルカネットはどことなく寂しげな笑みを向ける。

「そうでしたか。申し訳ありませんが、ランチはまた後日にしていただけませんか?」
「え? どうして?」

 いきなりのことに、キュッリッキは目を丸くする。

「今から一緒に、来ていただきたい場所があるのです」
「えー……」
「ベルトルド様からのご命令なのです。本当に申し訳ありません」

 キュッリッキは不満を満面に浮かべると、両方の頬をこれでもかと膨らませた。せっかくのデートが、中止になってしまう。

「アルカネットさん」

 奥からメルヴィンとギャリーが出てきた。

「ああ、ちょうどよかった。これからリッキーさんをハーメンリンナにお連れします。デートのお約束があったようですが、後日に延ばしてください」
「え?」

 メルヴィンは目を丸くし、キュッリッキを見る。頬をいっぱいに膨らませ、不満を全身で表していた。

「ベルトルド様からのご命令なのです」

 畳み掛けるように、アルカネットが素っ気なく釘を刺す。
 ベルトルドの命令ならば、嫌とは言えないだろう。ライオン傭兵団の後ろ盾の命令だし、アルカネット自らがこうして迎えに来ている。ここに身を置くなら、理不尽な理由でもない限り、従う義務があるのだ。

「……そうですか」

 ガッカリしたように肩を落としてメルヴィンは言うと、キュッリッキの傍らに膝をついて、ほっそりした手をとる。気持ちは同じだよ、と目で訴えた。

「明日行こう」

 キュッリッキは膨れっ面を引っ込めると、メルヴィンを見つめ、しょんぼりした顔で小さく頷いた。
 本当はもっと我が儘をいっぱいに振りまきたい気持ちだったが、それはあまりに子供っぽいと自らを戒め堪える。それに、メルヴィンも同じように我慢してくれているのだ。

「大人っぽい感じで、今日も素敵なオシャレです。明日は甘い感じのオシャレを希望していいかな? 楽しみです」

 にっこりと笑んでそう言ってもらえて、キュッリッキは嬉しそうに微笑み返し頷く。
 メルヴィンのために頑張って選んだ衣装だから、そう褒めてもらえると嬉しい。明日のオシャレも頑張らねばと、新たな楽しみが増える。

「では行きましょうか、リッキーさん」

 キュッリッキの細い肩に優しく手を回し、アルカネットは外へいざなった。アジトの前には上等な馬車が待機していた。
 2人が乗り込むと、馬車はゆっくりと発車した。それを、メルヴィン、ギャリー、マリオンが見送る。

「おっさんの命令かぁ~。何のかしらねぇ、デートの邪魔してまで。アルカネットさんが自ら迎えに来るなんてぇ、気になったりぃ」
「さーなあ……」

 興味なさそうにガシガシと頭を掻きながら、ギャリーはアジトの中へ戻る。

「アタシたちも入りましょ~よ」
「ええ…」

 メルヴィンは何度か馬車の消えた方を見ながら、マリオンと共にアジトに戻った。



 馬車はハーメンリンナの前で一旦止まると、御者が衛兵に身分証を提示する。そして再び走り出し、馬車のままハーメンリンナの門をくぐった。

「あれ?」

 それまで不機嫌そうに自分の膝を睨んでいたキュッリッキは、降りずにそのまま馬車が走り出して顔を上げた。

「馬車のまま中に入っちゃうの?」
「はい」

 アルカネットがにっこりと微笑みながら答えた。

「地上を滑るゴンドラと、徒歩で移動する地下通路、リニアの走る通路、そして馬車など乗り物で移動するための、専用地下通路もあるのですよ。要人の移動や業者などは、よく活用します」
「へえ~、まだほかにも通路があったんだあ。アタシ初めて通るよ」

 馬車の窓から外を見ると、よく通る地下通路とまるきり同じだった。
 建材自体が光を放つ白い壁や天井、毛足の短い赤い絨毯の敷かれたやや広めの通路。数字や場所の書かれたプレートが壁にはめ込まれ、徒歩用に舗装されてある通路に、地上に出るための階段。

「広いんだね、ハーメンリンナの地下って」
「ええ。地上があのようにゴンドラシステムになってしまいましたから、こうして地下を作って、利便性を上げるしかなかったのですよ」
「そっかあ~」

 明るくて清潔とは言え、こうして馬車も人間も、地上を歩いたり走ったりできればいいのに、とキュッリッキは思っていた。
 区画内は歩くことが出来るが、区画間移動はゴンドラを使わなくてはいけない。一見優雅なシステムだが、実際は時間もかかるし面倒なのだ。
 汚れたら掃除をすればいいだけだし、これだけ広ければ悪臭だってこもらないだろう。温度調節ができるくらいだから、換気くらい楽勝なんじゃ、そうキュッリッキは首をかしげていた。
 地下通路は換気が十分に行われているので、臭いがこもったりしていない。
 窓の外を見ながら自らの考えに百面相を作るキュッリッキを、アルカネットは愛おしげに見つめ、握っている手にそっと力を込めた。

「ねえ、これから何処へ行くの?」

 ようやく行き先に興味をおぼえたキュッリッキがアルカネットを見ると、寸分も変わらぬ優しい笑顔があった。

「アルケラ研究機関、ケレヴィルの本部です」
「ケレヴィル……」

 僅かに聞き覚えのある名称。以前、ソレル王国のナルバ山の遺跡で、その名称を聞いたことがあったことを思い出す。

「あの、メガネの男の人のいるところ?」

 シ・アティウスのことだろうと、アルカネットは頷く。

「アルケラのことを研究してるって、前に会った時言ってたよ。アタシになんの用事があるのかなあ」
「リッキーさんに、会っていただきたい人達がいるのです」
「アタシに?」
「はい。是非」

 アルカネットは頷きつつ、更に笑みを深めた。



 目的の場所に到着すると、馬車が止まって御者がドアを開いた。
 アルカネットが先に降りて、キュッリッキに手を差しのべる。その手をとって、跳ねるようにして降りた。
 地上までの階段をゆっくりと登ると、目の前に大きな屋敷が見えた。

「あれ?」
「はい」

 アルカネットに手を引かれてくぐった門の奥に建つ建物は、貴族のお屋敷のようだとキュッリッキは思った。
 真っ白な漆喰の外壁に、青銅色の屋根。いくつもの大きな窓が並び、そのどれもに重厚な深緑のカーテンが止められているのが見える。
 ベルトルド邸とは違って、門からすぐ玄関前には到着しない。真っ白な鈴蘭の咲き乱れる庭の小道を通り、その先の楡の木に隠れるようにして見える玄関前に着いた。屋敷の規模からすると、少々小さめの存在感しかない玄関だ。
 ふと後ろを振り返って、鈴蘭の花畑を見つめる。イフーメの森と同じシステムで維持されているのだろうか、この季節に生き生きと咲き誇る鈴蘭の花は、キュッリッキには違和感が激しかった。
 アルカネットが彫刻の施された重厚な扉のドアノッカーを数回叩くと、少しして軋むような音を立てて扉が開いた。キュッリッキはアルカネットの後ろに隠れるようにして、開いた扉の中を覗き込む。

「早かったですね、アルカネット」

 扉を開けて姿をあらわしたのは、白衣をまとったシ・アティウスだった。色のついたレンズの向こうは影になっていて見えず、メガネで目が覆われ表情は判別しにくい。
 シ・アティウスは扉を開けきると、キュッリッキに向けてぺこりと頭を下げた。

「よく来ましたね。先日は温泉旅行に便乗させていただいて、ありがとうございました、キュッリッキ嬢」
「こ、こんにちは」

 アルカネットにしがみつきながら、キュッリッキは恥ずかしそうに小さく頭を下げる。その愛らしい姿にシ・アティウスは口を笑みの形にすると、手振りで2人を中へといざなった。



 立派な調度品に彩られた玄関フロアを見ても、本当にただの屋敷のようだ。あまり派手すぎないクリスタルのシャンデリアが、緩やかな灯りでホールを照らしている。
 ローソクの明かりとは違って安定した明るさで、電気エネルギーが灯りを作っていた。ハーメンリンナの中では、当たり前に使われるエネルギーである。
 アルケラ研究機関などというから、キュッリッキはなにか図書館のようなものを想像していた。ズラッと難しそうな本棚に囲まれ、気難しそうな大人たちがぞろぞろいる、そんな空間を。
 屋敷の中はシンッと静まり返り、物音ひとつしない。厳かな雰囲気に自然と口をつぐんでいたキュッリッキは、アルカネットとシ・アティウスに置いていかれそうになって、慌てて小走りに追いかけた。
 小さな駆け足の音でキュッリッキと距離を開けてしまっていたことに気づいたアルカネットは、振り向いて優しくキュッリッキの手を取りひいてやる。
 深い赤のカーペットの敷かれた長い廊下を進み、3人は大きな扉の前に止まった。
 シ・アティウスが扉をノックして、何も言わず扉を開ける。すると、何やらざわめいたような声が流れてきて、キュッリッキは小さく首をかしげた。

「まあ、アルカネット様よ」
「アルカネット様がいらしたわ」

 急にキャッキャとかしましい少女たちの上ずった声が、一気に室内に満ちる。

「アルカネット様自らおいでになるなんて」
「嬉しゅうございます」
「今日はツイてるわ」
「お静かに。――今日は君たちに会っていただきたい方を、お連れしてもらった」

 さざめく少女たちに手振りで静まるよう促し、シ・アティウスはキュッリッキに顔を向けた。

「召喚士の、キュッリッキ嬢だ」

 アルカネットはキュッリッキを前に押し出すようにして、少女たちの前に立たせる。
 何やら状況がつかめないキュッリッキは、酷く困惑したような表情で目の前の少女たちを見た。
 室内の視線が、ぐわっとキュッリッキに集中する。
 容姿は様々だが、皆同い年くらいだろうか。よく見たら、先日のトゥルーク王国のイリニア王女までいる。そして皆、召喚〈才能〉スキルを持っていることを立証する、その特殊な目もしていた。
 虹色の光彩が瞳にまといつく、その異質で神聖な目。
 アルケラを覗き視ることができる、まごう事なき召喚〈才能〉スキルを持つ者の証。

(アタシと同じ目をした女の子達がいっぱいだぁ……)

 ちょっと気圧されたように、キュッリッキはアルカネットの手をきゅっと握る。
 召喚〈才能〉スキルを持った人たちに、これまで会ったことはない。つい先日イリニア王女に会っているが、メルヴィンのことでいっぱいいっぱいで、実は王女の目に気づいていなかった。

「その方、先月の中継の時に広場で見ましたわ」

 亜麻色の髪をした少女が最初に声を上げる。

「わたくしも、この間の皇王様の舞踏会で見ました」

 黒髪の少女が同意するように首を振る。
 それを発端にして、再び室内は騒然と盛り上がり始めた。
 シ・アティウスはアルカネットと顔を見合わせ苦笑し合う。何故こうも女子というものは、騒がしいのだろうかと。

「では、我々は少し席を外そう。積もる話もありそうだしな」
「え? シ・アティウスさん?」
「私たちは席を外しています。リッキーさんはこちらのご婦人方と、おしゃべりを楽しんでいてくださいね」
「アルカネットさんまで!?」

 その場にキュッリッキを残し、シ・アティウスとアルカネットはササッと部屋を出て行ってしまった。

(えっと……一体どゆこと!?)

 ここへ連れてこられた理由は聞いていない。
 ベルトルドが命じたということだから、仕方なくデートをキャンセルして着いてきたのだ。とくにアルカネットは何も言わなかったし、いきなりおしゃべりを楽しめと言われても困る。
 キュッリッキは訳も判らず、一人残され――足元に隠れてフェンリルとフローズヴィトニルはいる――詰め寄ってくる少女たちに、タジタジとなってしまっていた。



 一人用の椅子に座らされ、キュッリッキは肩をすくめて目を左右に動かした。
 ある者はソファに座り、ある者はカーペットに座り、ある者はその場に立ってキュッリッキを値踏みするように見つめている。
 これだけ大勢の同い年くらいの女の子たちといるのは、実はキュッリッキにとっては初めての経験なのだ。
 むしろ、むさっ苦しい傭兵のおっさんたちと一緒に過ごしていた時間の方が、圧倒的に多い。今も年上のライオン傭兵団のみんなと一緒にいるのだ。
 そして、自分と同じ〈才能〉スキルをみんな持っている。そのコトできっと、楽しい会話が始まるのだと思いきや。
 これではまるで、尋問を受けるような雰囲気である。何故なら、少女たちからは敵意しか感じないのだ。

「ねえアナタ、名前はなんておっしゃるの?」

 ほぼ近い位置に立つオレンジに近い金色の髪を持つ少女が、腕を組み居丈高に言う。ツンとしているが、整った容姿の美しい少女だ。
 先ほどシ・アティウスがちゃんと紹介していたような気が、と心の片隅で思う。

「キュッリッキよ」
「なんだか言いにくそうな名前ね……」

 よけないお世話だ。初対面のやつに、偉そうに言われる筋合いはないとキュッリッキは心の中で毒づく。

「そういうアナタはなんていうの? さきに名乗るのが礼儀でしょ」
「乞食が偉そうに言わないでちょうだい!」
「え?」
「アナタって孤児で乞食同然の傭兵をしていたっていうじゃない。おかしいわよね? だって召喚〈才能〉スキルをもっているのでしょう、だったら孤児の時点で国が保護をするはずなのに、何故乞食生活をしていたのよ」

 そうよそうよ、とあちこちから声が上がる。
 乞食と傭兵は全く別ものだ。キュッリッキはムッとした表情かおをすると、居丈高な少女をキッと見上げる。

「あんたが知る必要はないことよ。それに乞食じゃなく、ちゃんとフリーの傭兵として働いて稼いでいたわ。物乞いなんてしたことないもん」

 反論されて、少女は表情を歪める。

「無礼な口をきくのね、さすが卑しい育ちをしてきただけあるわ。それなのにどうして、ベルトルド様とアルカネット様が、こんな乞食猫の後見人をしているのかしら!」
「どうやって知り合ったのかしら」
「下賤と関わるはずはないのに、おかしいわよね」

 乞食猫とはひどい言われようである。
 こんなハジメマシテな連中に、自らの悲しいヒストリーを語る気は全くしない。しかし、自分のことを知りもしないくせに、いい加減な難癖をつけられるのも腹が立つ。
 ガヤガヤと喧しく口々にすき放題言う少女たちを見て、キュッリッキはふとあることに気づいた。
 そう、この目の前の少女たちは、ベルトルドやアルカネットに憧れている。たぶん、好きなのだろう。
 さきほどアルカネットに向けて発していた黄色い声が、その考えを決定づけていた。それだけの理由で、何も知らないキュッリッキに対し、嫉妬を向けているのだ。
 初対面でこんな扱いを受けるのも、それで納得できてしまう。――したくもないが。
 メルヴィンと恋を成就してから、最近妙にこういうことには特に敏感になっていた。

「教えてあげないんだから」

 ツーンとそっぽを向いて、キュッリッキは心の中で舌を出した。

「な、なによこの子!」

 問い詰めていた少女はカッと頬を朱に染めると、繊細な手を振り上げキュッリッキの頬を叩いた。室内にパーンッという音が痛そうに響く。

「ちょっとアンティア、やりすぎよ」

 おかっぱ頭の黒髪の少女が、慌ててアンティアの肩を押さえる。

「放してちょうだいエリナ! この生意気な子には、キツイお仕置きが必要なのだから」

 キュッリッキは一瞬呆気に取られていたが、ハッとすると、キッとアンティアを睨みつけた。

「よくもやったわね!! フェンリル! フローズヴィトニル!!」

 奮然と叫ぶと、足元に隠れていたフェンリルとフローズヴィトニルが姿を現した。

「どうせこいつらも召喚士ナンデショ! 召喚合戦なんかしたことないけど、遠慮しなくていいからブッ叩いちゃってよ!」

 ビシッとアンティアに人差し指を突きつける。しかし2匹ともその場に座ったまま、ジッとアンティアを見上げているだけだ。
 珍しく言うことを聞かないフェンリルたちを、キュッリッキは焦ったように見つめる。

「なんで? ……にゅ? 違う? 何が??」
「ちょ、ちょっとなんなのこの仔犬たち」

 思わず後じさりながら、アンティアはいきなり現れたフェンリルたちをじっと見おろす。
 今まで居なかったはずの仔犬が突如現れ、驚きと恐怖が瞬時にアンティアの身体を駆け上っていった。他の少女たちもざわつきながら、おっかなびっくり興味の矛先をフェンリルたちに注いだ。

「なにって、フェンリルとフローズヴィトニルじゃない。見れば判るでしょ」
「そりゃ判るわ、ただの白黒の仔犬2匹よ」

 アンティアは奮然と言い返す。

「そうじゃないわよ! フェンリルたちはアルケラの神様だよ、知らないの??」
「か…神様ですって……?」

 アンティアもエリナも、酷く不思議そうにフェンリルとフローズヴィトニルを交互に見ていた。他の少女たちも同じ反応だった。

「アナタたち、アルケラを覗いたことあるんだよね? 意識を飛ばして、アルケラの子たちとお話したこと、ナイの?」

 勢いの削げたキュッリッキの顔をチラッと見て、ムッスリと表情を変えると「ないわ」とアンティアがこぼす。エリナも同意するように頷く。

「アルケラと思しきところが、なんとなく見えたことがあるくらいよ。――何も召喚できないし、神様なんて……意識を飛ばすとか、そんなことできないわ。それが普通なんじゃないの? ねえ、皆様?」

 室内の少女たちに同意を求めるように、アンティアが困ったように呼びかける。

「あたくしもそうだわ……。普通はできないものよ。だって、みんなできないもの」

 エリナも同意するように言う。口々に他の少女たちも出来ない、やれたことがないと言い出した。
 みんなの反応に、キュッリッキは「ウソッ」と目を見開く。

「そんなはずないよ、だってアルケラの子たちも神様たちも、召喚士が大好きなんだよ。いつだって優しく見守ってくれるし、フェンリルだってアタシが物心着く前から、ずっとそばで守ってくれてたんだから」

 その発言は、少女たちの困惑をより深めただけのようだ。

「あなたは一体、何者なのですか?」

 それまで口を開こうとしなかったイリニア王女が、訝しむようにキュッリッキに詰め寄った。

「わたくしたちとは明らかに違いますもの」

 今度はキュッリッキのほうが、困惑を深める番になった。
 同じ召喚〈才能〉スキルを持つ少女たち。しかし、キュッリッキとは違う。キュッリッキが当たり前にできることが、この少女たちは出来ない。アルケラを視たこともないというのは、キュッリッキにとってショックだった。

「フェンリル……」

 困惑した声で名を呼ばれたフェンリルは、ちらっとキュッリッキを見ただけで、何も言わなかった。

「そこまで!」

 パンパンッと両手を打ち鳴らし、突然ベルトルドが部屋に入ってきた。その後ろから、アルカネットとシ・アティウスも姿を現す。
 途端に、室内が騒然と沸き返った。

「ベルトルドさん」
「お疲れ、リッキー」

 椅子から立ち上がったキュッリッキを、ベルトルドは素早く駆け寄って、愛おしげに抱きしめる。

「どさくさに紛れてなに抱きついているんです、早く離れなさい」
「うるさいぞ。せっかくリッキーとアツイ抱擁を交わしているんだ。邪魔するな」

(また始まった……)

 ところかまわず2人はこの調子だ。
 いつまでも抱きしめているベルトルドを突き放そうとしたが、少女たちの嫉妬に燃え盛る視線を感じ、キュッリッキはあえてベルトルドの腕に中にいることにした。そうすることで、先ほどぶたれた仕返しをしてやろうと、意地悪を思いついたのだ。

「対面はこのくらいにしておきましょう。有意義な話も聞けたことですしね」
「?」

 不思議そうにシ・アティウスに目を向けていると、

「ちょっと遅くなったが、ランチを食べに行こうリッキー。好きなものをご馳走するぞ」

 嬉しそうなベルトルドに、そう話を切り替えされてしまった。

「私も一緒に行きましょう」
「別にお前は来なくていいんだぞ」
「ベルトルド様が行かなくてもいいのですよ?」
「このお邪魔虫!」
「あなたはトイレ掃除でもしていればいいのです」
「嫌なことを思い出させるな!!」
「自業自得です」
「えっと………」

 トイレ掃除というのがよく判らないものの、相変わらずの2人の口喧嘩に、キュッリッキは疲れたようにため息をついた。
 2人がこんなふうに口喧嘩をするところなど、初めて目の当たりにする少女たちも、困惑を表情に刻み込んで見つめていた。


* * *


 ベルトルド、アルカネット、キュッリッキの3人がケレヴィルを辞すると、シ・アティウスは自分の所長室に戻ってデスクの前に座った。
 引き出しからファイルを取り出し、書類をめくっていく。
 書類には、先ほどの少女たちの顔写真と、パーソナルデータが綴られていた。

「キュッリッキ嬢には当たり前のことが、あの少女たちには出来ない。そもそもアルケラから何も召喚経験がない、か」

 エルアーラ遺跡でエンカウンター・グルヴェイグ・システムに対抗するために見せた、キュッリッキの召喚の数々。遺跡の録画で全て見た。あまりの見事さに、シ・アティウスは身体の芯からゾクゾクとしたものだ。

「アルケラに意識を飛ばし、神々たちと交信も可能……。それすら出来ないあの娘たち」

 シ・アティウスは手元の書類に唾を吐きかけた。アンティアの顔写真に唾がかかる。

「ゴミ以下だな」

 ファイルを乱暴にデスクに投げる。そして腕を組み、チェアに頭をもたれかけた。
 召喚〈才能〉スキルを持つ赤子を、国が家族ごと引き取り生涯世話をする。王侯貴族並みの年金が毎年欠かさず支給され、邸宅、使用人、護衛、養育費、豪遊費に、その全てが国費で賄われるのだ。
 数が少ないとは言え、税金が当たり前のように使われている。
 役立たずどもにその国費が、税金が使われてきた。召喚〈才能〉スキルがあるという理由だけで、この19年間ずっとだ。
 一方、優れた召喚〈才能〉スキルを持つ正真正銘の召喚士の少女は、不遇な18年間を送ってきた。贅沢も知らず、人並みの生活も知らない。自らの〈才能〉スキルを用いて、血なまぐさい裏街道を駆け抜けてきたのだ。生きるために。
 なんという酷い差だろう。
 もはやこれは、犯罪と呼んで等しいレベルだ。それなのに、あの少女たちはキュッリッキを口汚く罵っていた。

「召喚〈才能〉スキルを有してはいるが、召喚士ではない。ゴミ以下のあの娘たちには、大いに結界解除の役に立ってもらおう。そのくらいしか使い道がないのだから」

 侮蔑を込めて、シ・アティウスは小さく笑った。
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