片翼の召喚士

ユズキ

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奪われしもの編

25)イソラの町・3

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 アルカネットが魔法でサポートに入り、連れてきた医師らが外科処置を行う。ウリヤスとマルヤーナも雑用を手伝うために残った。
 ライオン傭兵団とハドリーとファニーは、手術の邪魔にならないように病院の外で所在無げにだべっていた。研究者たちは近くの宿に泊まっているようで、この場には居ない。
 ルーファスと入れ替わるようにランドンが眠りにつき、ルーファスは疲労困憊の抜けない顔で輪に加わっていた。じめじめと暑くて寝てらんないとぼやく。

「それにしてもびっくりしたよねえ…、アルカネットさんのあのカッコ、魔法部隊ビリエルの軍服じゃん」

 ルーファスのぼやきに、シビルとカーティスが同時に頷く。

「しかも長官におなりで」
魔法部隊ビリエルでもいいけど、拷問・尋問部隊じゃねーのな」
「つか軍に復帰したのかよ…」
「ベルトルド卿からお話が何もなかったので、急なことだったんじゃないでしょうかねえ。どうにもきな臭い」
「アルカネットさんが魔法部隊ビリエルの長官になっているってことは、問答無用で現職の長官を降格させ地方に飛ばしたのでしょうねえ。誰がやったかは明白です」
「酷い……」

 ファニーがぼそりと呟く。

「まあ、魔法部隊ビリエルの長官に据えたのは正解かもしれません。あの方の右に出る魔法〈才能〉スキル持ちなんて、どこにも居ないですからね」
「ボクの魔法なんて、子供の火遊びみたいに思えるほど、雲泥の差があるもんなあ」

 悔しそうに言って、ハーマンは尻尾をそよがせた。

「本気でやりあったら、世界中どこを探しても、あの方に勝てる人は誰もいないでしょうね」
「そんなに凄いんですか?」

 ハドリーには魔法分野のことはよく判らない。

「あんたも戦場とかで魔法使いみたことあんだろ。あんなの幼児レベルだと笑うくらい差があるぜ」
「使う魔法は最高位魔法ばかり。攻撃・防御・強化・速度、どれをとってもレベルが高すぎて、比較対象者がいないくらい」
「うほ」

 彼らの説明に、ハドリーは想像の上でなんとなく納得する。

「手術、どのくらいかかりますかね…」

 みんなが意図的に避けていた内容を、あえてメルヴィンが口にした。

「アルカネットさんが連れてきた中にヴィヒトリがいました。彼がきた時点で、キューリさんの生存は100%保証されました。大丈夫ですよ」
「…そうですね」

 血だまりの中で痛みに耐え、動くこともできないキュッリッキを見て、己の無力さをメルヴィンは痛感した。何もしてやれなかったことが、本当に悔しくてならない。
 気持ちは皆同じで、とくにザカリーの落ち込み度は半端なかった。慰める言葉すら見つからないほどである。

「あと、どれくらいで終わりますかねえ…」

 どこまでも青い空を見上げ、カーティスは壁にもたれて目を細めた。



 10時間以上にも及ぶ大手術になった。空はすでに夕闇に染まり、することもなく待ち続けていた一同は、マルヤーナから手術成功の報を受けて、張り詰めていた緊張を解いて安堵した。

「よかったあ~~」
「キューリちゃん助かったあ」

 大騒ぎして喜び合うよりも、力が抜けるようにホッとしていた。
 手術に立ち会い手伝いをしてくれていたマルヤーナの顔には、疲労の色が濃かった。しかしそれ以上にキュッリッキが助かったことを喜ぶ表情に満ちていた。
 術後の経過はウリヤスが見ることになり、アルカネットに連れてこられた医師2人は、近くの宿で休むよう指示を受けてすでに向かっている。
 あまり大勢で押しかけるのもなんだしということで、カーティスとメルヴィンの2人が代表で病室を訪れた。
 薬の臭いが満ちる薄暗い部屋の中には、ベッドに横たわるキュッリッキと、その傍らに座るアルカネットがいた。

「お疲れ様です。キューリさんはまだ目を覚ましませんか?」
「じき覚ますでしょう。本当に、よく頑張りましたよ」

 アルカネットは手術中魔法をかけ続けていたのもあり、僅かに疲労感を滲ませていた。
 小さな左手を両手で包み込むように握り、アルカネットはキュッリッキの顔を見つめている。

「こんなに細い身体で…さぞ、怖かったことでしょう」

 返す言葉もなく2人は黙り込む。事の次第は、ベルトルドから聞いているようだ。

「予期せぬ事故とはいえ、あなた方の責任ですよ」
「申し訳ありません」

 アルカネットの手の中で、か細い指が微かに動く。
 やがて小さく呻いたあと、キュッリッキはうっすらと目を開いた。

「リッキーさん」

 アルカネットが顔を覗き込む。カーティスとメルヴィンも、それぞれ身を乗り出した。

「……アルカネットさん?」
「はい。よく頑張りましたね」

 優しく微笑むと、そっとキュッリッキの額にキスをした。

「アタシどうしたんだろう…」

 掠れ声で呟くと、まだ記憶が定かではないようで、目だけをゆっくり巡らせていた。

「カーティス、メルヴィン」

 足元の方に立つ2人を見つけ、キュッリッキの表情が安堵したように和らいだ。

「酷い怪我でしたが、もう大丈夫です。ただ、当分は絶対安静にしなくてはいけませんけどね」
「怪我……」

 ぼんやりと繰り返す。
 記憶の蓋が開けられ、次第にぼやけていたものがフラッシュバックして全てが鮮明になった。渦を巻くようにおぞましい記憶の数々が襲い掛かる。その瞬間キュッリッキの顔が強張り、大きく見張った目からは涙が流れ出した。大きく開いた口からか細い悲鳴を迸らせた。

「――助けていやあっ!」
「リッキーさん!!」

 左半身で身体を仰け反らせて暴れだしそうになるキュッリッキを、アルカネットが慌てて抑え込んだ。その拍子に傷口に触ってしまい、

「ンぐっ」

 身体を刺し貫いた痛みのあまり、顔を苦悶に歪めてキュッリッキは唇を噛んだ。

「すみませんっ、落ち着いてください、もう大丈夫です、大丈夫ですから」

 いつになくアルカネットは慌て、カーティスとメルヴィンもどうしていいか判らず傍らで困惑の表情を浮かべるだけだった。
 アルカネットは片手でキュッリッキの頭部をそっと抱え込み、もう片方の手で頭を撫でてやる。

「怖い…助けて…」

 泣きじゃくるキュッリッキを優しくなだめながら、アルカネットは頭をそっと撫でて落ち着かせようとした。術後に泣いては身体に障るため、泣き止ませようと必死だった。
 キュッリッキの悲鳴を聞いたウリヤスは、小さな器を持って急いで駆けつけた。

「これをお嬢さんに飲ませてあげてください。即効性の精神安定剤です」
「すみません」

 アルカネットは器を受け取ると、キュッリッキの口元へあてがった。しかし気持ちを混乱させているキュッリッキは、器に気づいていなかった。
 するとアルカネットは器の中身を自らの口の中に含ませ、キュッリッキの顎に手をあて口移しで薬を飲ませた。
 傍らで見ていたカーティスとメルヴィンは「うそっ」という表情かおをしたが、この状態では仕方がない気もしたので黙っていた。
 薬を飲み干したことを確認して唇を離すと、涙目できょとんとするキュッリッキに、アルカネットは優しく微笑んだ。
 一気に泣き止んだキュッリッキは、暫く無言でアルカネットを見ていた。そしてようやく今の状態がはっきりしてきたのか、みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていく。耳まで真っ赤にして硬直したキュッリッキを見て、カーティスとメルヴィン、そしてウリヤスは「可哀想に…」と内心で同情した。あれでは薬を飲ませた意味がなく、むしろ薬なんかいらないほどだ。
 キュッリッキの頭の中は、怖かった遺跡での記憶が一瞬で吹き飛んで、アルカネットに口移しされた事実がぐるぐると旋回している。

(舌まで入ってきた…舌まで…今のってもしかしなくっても初めての――)

 枕元に座っていたフェンリルが、同情するように小さく鳴いた。

(アタシのファーストちゅーは、アルカネットさんっ!?!)

 魂が抜けたようにすっかりショートしてしまったキュッリッキに笑いかけながら椅子に座りなおすと、アルカネットは肩ごしにカーティスとメルヴィンに顔を向けた。
 キュッリッキに見せていた優しい表情はなりを潜め、紫の瞳には静かな殺意がこもっている。

「今回の件の原因は、ザカリーでしたね?」

 穏やかな声ではあったが、明らかに怒りをはらんだ響きを含んでいた。
 アルカネットがこのように露骨に怒りをあらわすことは珍しく、メルヴィンは生唾を飲み込み、カーティスは渋面を作った。

(このままでは、間違いなくザカリーは私刑ころされる…)

 なんとか命乞いをと忙しく思案を巡らせていると、アルカネットが立ち上がった。しかし、

「ザカリーは悪くない!」

 アルカネットのマントを掴み、キュッリッキが身体を起こそうとしていた。

「アタシが自分で招いたことなの。誰も悪くないの、信じてアルカネットさん!」

 左半身だけでなんとか起き上がろうとして失敗し、ベッドからずり落ちそうになったところをアルカネットが慌てて抱きとめる。

「動いては駄目ですリッキーさん! 傷口が開いてしまう」
「お願い、ザカリーになにもしないで! お願い、お願い…」

 怪我の痛みを堪え、声を振り絞るようにしてキュッリッキは必死に嘆願した。アルカネットの怒気はキュッリッキも気づいている。

「誰も悪くないの、アタシが悪いの。ごめんなさい、だから…」
「判りました、判りましたから。さあ休んで下さい。絶対安静にしていなくてはいけないのですよ」

 言い募るキュッリッキを寝かせ直し、シーツをかけなおしてやる。

「お願い、誰も…」
「判りました。もう泣かないでください。さあ、安心して眠って」

 どこまでも穏やかに優しく言うアルカネットの背を見つめ、カーティスは本気でまずい展開だと焦っていた。
 アルカネットの殺意は本物だからだ。



 薬が効いてきて、キュッリッキは重くなった瞼をゆっくり閉じた。
 それまでずっとアルカネットにすがって、喉を嗄らすまでザカリーの嘆願をやめようとはしなかったのだ。
 アルカネットは何もしない、約束すると何度も言い含めたが、キュッリッキは信じようとはせず食い下がった。身体を起こそうとし、動く左手でマントを掴み、泣きながら必死に訴えた。
 手術をしたばかりの身体を無理矢理動かしすぎたせいで傷口が開きかかり、包帯にじわりと血が滲みだした。さすがに見かねたウリヤスは激怒し、アルカネットを叱り飛ばす場面も登場して、カーティスとメルヴィンは肝が冷えるほど仰天した。
 止血のために回復魔法をかけ、ウリヤスとアルカネットの二人がかりで新しい包帯を巻き直し、その間に薬の効果でキュッリッキはおとなしくなり眠った。
 ウリヤスはヤレヤレ、と首を振って腰のあたりを叩いた。

「術後の患者を興奮させてどうするね」
「…すみません。配慮が足りませんでした」

 アルカネットは申し訳なさそうに言い、何度も何度もキュッリッキの頭をそっと撫でていた。フェンリルも落ち着かなさそうに枕元で足踏みしていたが、やがて寄り添うようにして丸くなった。

「メルヴィン、彼女についていてください。私が戻るまで」
「は、はい」
「フェンリルも頼みましたよ」

 フェンリルはアルカネットに目を向けて、小さく喉を鳴らした。

「ウリヤスさん、容態が急変したら報せてください」
「しっかり看ておくよ」

 ウリヤスに丁寧に会釈する。顔を上げたアルカネットの表情からは、一切の優しさも穏やかさもなくなり、剣呑な色だけが浮かんでいた。

「ザカリーはどこですか? 案内しなさい、カーティス」



 銀砂をまいたように夜空を埋め尽くす星星と柔らかな光を放つ月は、夜の闇に落ちた地上を優しい光で照らしていた。
 柵にもたれかかってぼんやりと空を見上げていたザカリーは、真っ直ぐ叩きつけられるような殺気に、ビクリと肩を震わせた。
 病院の建物を背にアルカネットが佇み、ザカリーのほうを向いている。
 逆光になっているのでその表情は陰っているが、ザカリーの視力はその表情も易易と見通せる。柔和な顔には明らかな殺意が満ちていて、それが全身を包み込んでいた。
 優しい顔立ちだけに、その物騒な殺気とのギャップがより恐ろしい。
「おいでなすった」とザカリーは思った。
 建物の外に居ても感じていたアルカネットの殺気。今度の件は明らかに自分の咎だ。アルカネットもそう思っているからこそ、自分に向けられる凄まじいまでの殺意。
 それが判っていても、弁明する気もなければ釈明する気もない。

「アルカネットさん、今回のことはどうか」

 追いすがったカーティスは、何かに身体を弾かれ後方へ吹っ飛んだ。カーティスは背中を地面に打ち付け、一瞬息が詰まって表情を歪ませる。
 血相を変えたマーゴットが駆け寄って、そっとカーティスを起こし支えた。

「あなたになにもするなと、傷ついた小さな身体で、彼女は必死にすがってきました。自分が悪いのだと言って」

 ザカリーの顔がハッとなる。

「彼女があんな思いを味わうきっかけを作ったあなたを、私は許すつもりはないのですよ、ザカリー」

 冷たい響きを含んで言い放ち、アルカネットはゆっくりと手を上げる。

「彼女に許される資格などないのです」

 ザカリーに向かって掌が向けられた。
 カーティスとシビルは同時に防御魔法の呪文を低く唱える。ザカリーの周りに巡らせるためだ。

「逃げろザカリー!!」
「イアサール・ブロンテ」

 ギャリーの叫びをかき消すように、その場に突風のようなものが吹き込み、風は急速に旋回し出すと、渦を作り出しザカリーに襲いかかった。

「発動が早すぎるっ」
「こちらの詠唱が…」

 極小の竜巻だった。
 しかしザカリーはその場を動かず、襲い来る竜巻に自ら飲み込まれた。

「あのバカなんで逃げねえんだ!」

 ギャリーは舌打ちすると、吹き荒れる風の中をもがいて、アルカネットに掴みかかろうとした。だが風に身体が巻き上げられ、ギャリーはその場から数メートルも吹っ飛ばされ地面に叩きつけられた。
 アルカネットの身体の周りには風の結界が張られているようで、触れようとするものは吹き飛ばすか切裂くようである。

「イアサール・ブロンテはマズイよカーティス!」

 ハーマンが悲鳴のような声をあげる。
 風属性と雷属性を合わせた攻撃魔法の一つ。
 単一属性の攻撃魔法は誰でも扱えるが、複数の属性を掛け合わせる魔法はコントロールが難しく、扱えるものはごく一部しかいない。更にイアサール・ブロンテはその中でも最高位攻撃魔法の一つだ。
 病院前を中心に、町中に強風が吹き荒れた。おもてに出ていた町民は驚いて家屋に避難した。その家屋は風に叩かれ軋んで揺れる。唯一病院だけはそよ風すら当たらない状態だった。アルカネットの微細なコントロールの賜物である。
 竜巻は次第に威力を強めていき、やがて渦の表面に稲妻が発生し始めた。風の壁で中の様子は見えない。

「アルカネットさん! 何もここまでする必要はないでしょう、ザカリーは我々の仲間です!!」
「私の知ったことではありませんよ」
「キューリさんがこれを知ったら悲しみます! 彼女はザカリーを許すように、あなたに願ったじゃないですか」
「彼女は術後で、気が動転していただけです」

 取り付く島もない。

「ちょっと待ってもらえませんか!」

 ふいに割り込んだ大きな叫び声に、アルカネットとカーティスが同時に顔を向ける。

「オレ、リッキーの友達です。あいつ今までどこ行っても馴染めず苦しんでました。でもライオン傭兵団に入って、新しく出来た仲間を喜んでた」

 ハドリーは拳を握り締める。こんな恐ろしい力を奮うアルカネットを止めるために勇気を振り絞るのは、ザカリーという男のためなんかではない。今も怪我で苦しむキュッリッキのためだ。

「今回のことで仲間が粛清されたなんて知ったら、あいつ立ち直れなくなっちまう。また居場所を失うことになる!」
「あたしからもお願いします! リッキーを悲しませないで下さい!」

 ファニーはハドリーにすがって、アルカネットに頭を下げた。
 轟轟と唸る風の中、息を呑むようにしてライオン傭兵団のメンバーたちがその様子を見守った。
 アルカネットは2人を見て、すっと目を細める。暫しなにか深沈するように俯くと、肩で息をつき、やがて手をおろした。
 激しい風がぴたりと止み、竜巻も消え失せてザカリーを解放した。
 すぐさまギャリーとランドンが駆け寄り、ぐったりと倒れるザカリーを助け起こす。
 全身激しい大小の裂傷で血みどろのズタボロになっていた。だが息はあり、雷の攻撃は喰らわず間に合ったようだ。
 ザカリーたちの姿を冷ややかに見やって、アルカネットは軽く頭を振る。

「三文芝居で気が殺がれました」

 アルカネットは素っ気ない口調でそう言いおくと、踵を返しゆっくりと歩を進めて病院の中に消えていった。



「ぷはー…、めっちゃ怖かった…」

 ハドリーは長い息を吐き出しながら、その場にヘナヘナと座り込んだ。

「あたしも、一生分の勇気を奮い起こした気がするわ」

 同じようにファニーも座り込んで、ハドリーにもたれかかる。

「お2人共、ありがとうございます」

 ホッとしたような表情を浮かべたカーティスは、2人のほうを向いて頭を下げた。

「いや、本当のことを言っただけなんで」

 ハドリーは苦笑を浮かべて肩をすくめた。大事な友達のキュッリッキのためにしたことだ。

「我々だけでは、止められなかった…」

 まさか、あそこまでアルカネットが激怒するとは思っていなかった。
 確かにキュッリッキを気に入っている様子ではあった。あんなにはっきりと怒りを顕わにするほど、本気で好きになっているのだろうか。
 美しい容姿の純粋な少女。レア中のレアである召喚〈才能〉スキルを持っているとは言え、キュッリッキへの入れ込みようには首をかしげるものがある。
 今回のことは、ザカリーとキュッリッキが喧嘩をして、偶然起こってしまった不幸な事故。当人たちだって喧嘩をしただけで、こんな事態を引き起こすとは思ってもみなかっただろう。だから、キュッリッキはアルカネットを必死で止めていたのだ。
 この先キュッリッキが誰かと喧嘩をすることもあろうだろうし、危険な目に遭うかもしれない。怪我だってするかもだ。しかしその度にこれでは、仲間たちはたまったものではない。仲間に馴染もうと必死になっているキュッリッキを、傷つけることにもなってしまう。

(リーダーとしては頭の痛いことです)

 そうカーティスは天を仰いだ。

「おいカーティス、宿の医者に縫ってもらっちゃダメか? これはウリヤスさん一人じゃ縫う箇所多すぎてよ」

 肩に担いだザカリーを、ギャリーは指さした。

「急患だからと言えば、縫合してもらえるんじゃないですかねえ。――ヴァルト」
「ぬ?」

 蹲踞しゃがんでいたヴァルトは呼ばれて顔を上げる。

「宿までひとっ走りして、ヴィヒトリを呼んできてください。ザカリーの縫合を頼みたいので」
「おう、マカセトケ!」

 元気よく跳ねて立ち上がると、ヴァルトは宿を目指して走り出した。そして、ダッシュで戻ってくる。

「なあ、宿どこだ?」
「バカかおめーは!!」

 思わずギャリーがツッコミ怒鳴る。

「初めてきた町だぞ、知ってるほーがオカシーだろ!」

 確かにその通りではある。「なら、走り出す前に確認して行け」と、そうカーティスはひっそり呟いた。

「オレ知ってますよ、案内します」

 見かねてハドリーが声をかけた。

「おう! 頼むぞヒゲにーちゃん!」

 両腕を広げて喜ぶヴァルトに、ハドリーは薄く笑った。

「なんだかお世話になりっぱなしで、本当にありがとうございます」
「い、いえ」

 カーティスに恐縮気味にお礼を言われ、ハドリーは更に薄く笑った。
 ヴァルトとハドリーが連れたって宿へ向かう後ろ姿を見送り、カーティスは立ち上がる。

「さて、手の空いてるひとは、この辺を片付けましょう。ハリケーンが襲ってきたような有様で、ご町内に申し訳ないですから」

 カーティスが周囲を手で示すと、病院前から数メートル付近がゴミ捨て場のように変わり果てていた。アルカネットがしでかしたとはいえ、自分たちにも責任はあるし、町にしてみたら迷惑をかけられたに過ぎない。

「片付けが終わったら、パブに行って何か食べてきましょうか」
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