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8話:カルリトス老師現る

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「マッサージ気持ちがイイよぅ~」
 広大なお風呂でゆっくりと浸かったあと、召使たちによる丁寧なマッサージをしてもらい、筋肉痛がやわらいでいく。
「温泉で座ったマッサージ椅子よりも効くわあ」
 電動と手動の違いをかみしめる。揉み揉みしてくれる手加減がちょうどいい。
 マドゥによると、マッサージ専門の召使だという。人材はなんでも揃ってるんだね。

「失礼いたします。姫様、奥様がお呼びになっております。応接室までお越しくださいませ」
 召使の一人が呼びに来た。もうちょっとほぐれていたいけど、と思いつつ身体を起こす。
「判った、すぐ行く」



「午後の授業に間に合わなかったのだけど、ヴァルヨ・ハリータ関連の先生が戻られたから、紹介しておくわね」
 とバークティ妃が言うけど、部屋には私とバークティ妃しかいないような?

「こちら、カルリトスよ」

 バークティ妃の手が示すほうをよく見ると、一匹の灰色のチンチラが偉そうなポーズでソファに座っていた。というか乗っていた。

「苦しゅうないぞ。儂がカルリトスじゃ」
「チンチラが喋ったあああっ!?」
「無礼者めが! カルリトス老師せんせいと呼ぶのじゃ!」
 老人口調のチンチラに一喝された。

 ファンタジー、これは異世界ファンタジーなのよ。そう納得させようと自らを奮い立たせる。

「見た目はちっちゃくて可愛いけど、これでも数千年を生きていらっしゃるのよ。ヴァルヨ・ハリータに関する面を見てくださるわ」

 数千年生きてるチンチラが先生となる。

 数千年…。異世界とは、恐ろしいところ。

「適性が合ったのだから大丈夫じゃろう。半年で仕上げてみせようぞ、安心するがよいバークティよ」
「頼りにしておりますわ、カルリトス」



 翌日、午前中はスニタ先生の姿勢を正す授業のみで、みっちりやらされ身体じゅうが悲鳴を上げている。そして昼食を挟んで、午後はカルリトス老師せんせいの授業になった。

「早速じゃが、ヴァルヨ・ハリータが何なのかから説明をしておくぞ」
「はい」

 カルリトス老師せんせいは椅子に乗っかって、私は何故か床に正座させられている。
 筋肉痛なので椅子に座りたいです老師せんせい

「ヴァルヨ・ハリータとはイリスアスール王家の血筋のものに受け継がれる特殊な力の名称で、しかし血筋でも必ず継げるものではなく、ランダムに現れるのじゃ」
「ほうほう」
「そして、そなたのように血筋のものでもなく、全く関係のないものでも、稀に継ぐことが出来ることもある」

 バークティ妃がしたように、ヴァルヨ・ハリータの力を継いでいる王族の心臓の一部を取り込むことで、力が継がれるという。ただし、適正がないと継ぐことは出来ないそうだ。

「この事実は王族とその配偶者にしか知らされておらぬ。外部の者が知ることはないし、知った者は処分される王家の秘密なのじゃ」
「ん? カルリトス老師せんせいは何故知ってるんですか?」
「儂は特別じゃ」
「…なるほど」
 さすが数千年生きたチンチラ。

「ヴァルヨ・ハリータの力は、対象者を”ソティラス”という特殊な身体に造り替え、ソティラスになった者は”トイネン”を出現させることができる」
「また改造…」
 もはやトラウマになった『改造』という単語。

「トイネンとは分身のことでの、自らの寿命を削って造り出す」
「寿命?」
「そう、≪分身トイネン≫は寿命一年分を使う。≪分身トイネン≫が一体消失すると新たに生み出すことは可能じゃが、そのぶん寿命を減らしてしまうという欠点がある」
「じゃあ、≪分身トイネン≫を無駄遣いするとそれだけ死期が早まる…」
「そうじゃ」
「≪分身トイネン≫を造り出すのも命がけデスね」
「うむ。だからソティラスには、寿命の長い子供を使うのじゃ」
「子供を…」
「命令を理解しやすいよう10歳から14歳あたりの歳の子供がいいかの」

 大して歳も違わない子供を使うんだ。なんだか罪悪感のようなものが心をチクチクっと刺激してきた。
 それに気づいたのか、老師せんせいは小さな頭を横に振った。

「そなたの気持ちも判らないでもないが、そこは割り切るがよい」
「はい」
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