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7話:王女教育始まる

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 朝食のあとバークティ妃に呼ばれて応接室へ入る。絢爛豪華さにもそろそろ慣れてきたのか、室内の内装にいちいち驚かない自分がいた。

「紹介するわね、こちらはあなたの教育係を務めてもらうスニタよ」
「よろしくお願いします、新たな・・・シャンティ様」
「よ、よろしくです」
 事情は知っているのだろう『新たな』とつけている。

 背が高く痩身で、まるで針のような印象の中年女性だ。濃紺色のアオザイのような服を身にまとい、頭上に円錐形のように髪をまとめているので、より針のように見えてしまう。これでメガネまでかけていたら「ザマス教師」っぽくて完璧だが、メガネはかけていない。

「時間は半年しかありません。それまでに王女としての立ち居振る舞い、作法や言葉遣い、しきたりなどなどを身に着けてもらわなくてはならないわ。スニタは手加減容赦ナシだから、頑張って頂戴、シャンティ」
「ひいい…」
「私のことは”スニタ先生”とお呼びくださいまし」
「はい」
 笑み一つ浮かべない針のようなスニタ先生は、圧が凄い人だった。



 バークティ妃が部屋を出ると、応接室には私とスニタ先生、そして私付きの侍女になったマドゥが残された。

「では早速、どの程度身についているか見てみましょうか」
 スニタ先生は短めのムチを取り出すと、ビシッと傍にあった小さな花台を叩いた。広い室内に痛い音が響く。

「まずは、ここから部屋のあちら側まで普通に歩いてみてくださいまし」
「はい」
 言われた通り、スタスタスタ、と歩く。

「戻って」
「はい」
 元の位置に歩いて戻った。

「では、そこの椅子に座ってください」
「はい」
 すとんっと座る。

「……よろしい、全く優雅さもなくガサツでド田舎者ですわね!!」
「てへへ、よく言われてました」
「てへへじゃありません! しおらしく恥じるところでしょう! これは存分に鍛えがいがあるというもの、手加減してる時間はありません!」
「ひいいいいいいいい」
「そこの召使! 分厚い本を用意なさい」
「はい、すぐにお持ちいたします」
「シャンティ様は姿勢が悪うございます。もっとビシッと背筋を伸ばし、それを維持していなさい!」
「はひっ」
 背と腰にビシッとムチが飛ぶ。
「顎は引いて、手の指先までしっかり伸ばして! お腹は引っ込める」

 慣れない姿勢のせいか、プルプルと全身が震える。思わず息を止めてしまい、マドゥが戻ってきたときに「ぶはっ」と息を吐き出して姿勢が崩れた。
「ちゃんと息をして、今度はこの本を頭に乗せて姿勢を維持なさい」
「うへ…」
「うへ、と言わない!」



「ああああああ…」
「お疲れ様です、姫様」

 お花を摘みにスニタ先生が席を外している間だけ休憩時間が与えられ、ソファに思い切り倒れ込んでしまった。
 2時間ぶっ通しで姿勢を正す授業のみ、スパルタ過ぎて私は半年ももつのか不安しかない。

「身体に叩き込まなきゃいけないと判っているけどぉ…、今日は間違いなく筋肉痛ね」
「お風呂でマッサージを受けるとよろしいかと」
「ああ、それ楽しみかもしれない~」
「さあ、お待たせいたしました、続きをいたしましょうシャンティ様!」
「ひええええっ」
「言葉遣いを改めなさいませ!」



 午前中は姿勢を正す授業だけで終わり、昼食もやはり食べる姿勢をビシバシ教え込まれ、午後は講義になった。

「訊きたいことがあれば、判る範囲でお答えさせていただきますよ」
 初回と言うことで、質問に答えてくれることになった。ありすぎて困るほどある。

「バーク…もとい…お母様はいつもこの館にいるんだけど、王宮?には滞在しないものなの? 側室でしょ」
 まず一番に疑問に思っていたことを訊いてみる。

「イリスアスール王国では、娶られた女性たちはまず側室の身分から始まります。そしてヴァルヨ・ハリータの力を継いだ子供を一番に産んだ側室が、せいしつとして冊立されます。せいしつが誕生した後は、子供を産んだ側室は王宮を出なくてはなりません。せいしつになった者は王宮に残れます。
王宮を出た側室は、国にとって主要となる領地の領主として任じられ、産んだ子供と共に領主館でずっと暮らすのです」
「へえ…、後宮ってないんだ?」
「ええ。この国にはありませんね」
「お気に入りの側室がいた場合はどうするの?」

「…」
 スニタ先生は言いにくそうに言葉を詰まらせた。

「身分を娼婦に堕とし、性奴隷として王宮に置きます」
「……」
「気に入られた側室が、一番にヴァルヨ・ハリータの力を継いだ子供を産めていればせいしつとなれるのですが、そうでない場合は…。そして、王の子供をそれ以上身ごもることがないように、子がなせぬよう手術を受けることになるのです」
「理解したくない世界だね…」
「王にはべる女性は皆、そうして娼婦の身分に堕とされた女性たちです。自らその身分を望むものはまだいいですが、中には王に見初められたばかりに、娼婦に堕とされる女性もいます。惨いことですが」
「さ、サイテー…」

 領主に任じられた側室たちは、まだマシなのかもしれない。無理やり側室に差し出された挙句娼婦に堕とされたらやりきれない。

「ちなみに、王の座に就いたのが女王の場合はもっと酷いですよ」
「へ?」
「宰相、親衛隊長、男娼など、もっとも女王の傍にはべることになる男性は、手術によって種なしになり、仕える召使たちは男性の象徴を切り落とされます」
「……」

 あいた口が塞がらない。

 決めた、私が女王になったら、宰相、親衛隊長、召使は全員女性にしようと心に誓いました。
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