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4話:元の世界へお帰りになりたいですか?

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「跡継ぎ候補になれるのは、ヴァルヨ・ハリータの力を受け継いだ王子王女だけ。7人の国王の子供のうち、ラタ王女、シャンティ、そしてアイシュワリー・ルディヤーナの息子アルジェン王子だけなの」
「ヴァル…?」
「ヴァルヨ・ハリータ。イリスアスール王家の王族にのみ受け継がれる特殊能力の名称よ。この力があるからイリスアスール王国は最強なの」

 ううん、ファンタジーっぽくなってきた。

「ソティラスによって構成された特殊軍エセキアス・アラリコは最強よ。どんな兵器をもってしても、人員を増やしても敵わない」
「はあ…」
「アルジェン王子だけが唯一のライバル。あなたは王子を始末して跡継ぎの座につけばいいわ。頑張ってね」
 もとのニコニコ笑顔に戻り、バークティ妃はファイトっと片腕を上げた。

「力を継いでるってのは、そのヴァルヨ・ハリータのことなんだあ。ナンカ随分と大きな話で私のキャパを越えちゃってるよ…」

 ていうか。
「あのですね、なんで異世界人じゃないとダメなんですか? 同じ世界の誰かでもよかったのでは」
「同じ世界の人間にはヴァルヨ・ハリータの力を継げる適正が無いみたいなの。王族以外のね。理由は判らないけど。だから異世界人を狙ったのよ、あなたの世界を特定してはいないけど大当たり引けちゃったわ」
 ナンデスッテー!

 物凄い運命の糸を手繰り寄せられた、くじ引きで当てられた景品みたいな気分です。



 用事があるとかでバークティ妃は退席した。残された私は、部屋の中をゆっくりと見渡す。
 3階ぶんくらい吹き抜けたような高い天井は、ガラスで覆われ空が見える。生憎光で真っ白に光っていて空の色は見えない。
 白い大理石の壁には金色の細かい装飾がびっしりと覆い、熱帯植物と花があちこちに活けられていた。
 ソファセットの傍には6角形にかたどられた噴水があり、赤と黄色のバラの花びらが大量に浮かんでていい匂いを漂わせている。これでクジャクの羽で作った巨大な扇で煽られたらカンペキだろうと思うほどマハラジャの宮殿っぽい。

 傍にじっと控える女の子の衣装も派手だけど、さっきのバークティ妃といい今の自分の服といい、ド派手でゲッソリしてしまう。
 サリーというんだっけ、と数少ない知識を掘り起こす。インドの民族衣装にちょっと似ている。
 赤いシルクの布で全身を巻かれているが、薄い金色の飾りがびっしり布の端々を飾り、ちょっと動くとシャラシャラと涼しい音を奏でる。
 身体にピッタリフィットのTシャツのようなものもシルクで、エメラルドグリーンのシルクに、金のブレードが襟や袖口を飾って、そこにも金の飾りがついている。
 ゆったりしたシルクの白いズボンに飾りはないけど、かわりに足首にまかれた金の輪には涙型の赤い宝石がぐるりとぶら下がっていた。

「異世界ファンタジーって中世ヨーロッパっぽい舞台が多いけど、私の場合はアジアンテイストなのか…なんか踊りだしそうな衣装だわ」

 噴水から噴き上がる水をボーっと眺め、とんでもない事態に巻き込まれたなとため息がこぼれる。

「くじ引き当たって早一週間経ってるってことは、思いっきり学校サボリじゃんね。皆勤賞頑張ってるってのに。ヨシコちゃんに数学のノート借りっぱなしだった。チカたちとカラオケ行く約束もしてたし、お父さんお母さんに何も言ってないまま消えちゃったしなあ」

 せっかくハワイ旅行券当てたのに、行くこともできない。

「こんな姿になっちゃったし、もう戻れないわきっと…」
「元の世界へお帰りになりたいですか?」
 突然話しかけられて、慌てて顔を向ける。

「えと、名前なんていうんだっけ」
「マドゥ、と申します」
 じっと傍に控えている女の子マドゥは、感情の色の伺えない黒い瞳でジッと私を見ていた。
「問答無用でこっちの世界に連れてこられちゃったでしょ、あっちの世界へいっぱ~~い未練とか諸々残してきちゃってるから、帰りたいと思う」

 マドゥはちょっと考える風に俯いた。
「あなたのように何も知らされず、連れてこられた女の子たちがブドウジュースを飲んで亡くなりました。あなたは本当に運が良かったと思います」
「そういえば、12人の女の子たちが犠牲になったんだね」
「はい。それは惨いお姿でございました」

 想像したくないけど、スプラッタな光景が頭に浮かんでしまう。
 きっと、いろんな地域から呼び出された女の子たちが犠牲になったんだろう。マドゥはその時のことを思い出しているのか、ちょっと辛そうな表情になっていた。

「勝手な物言いになってしまいますが、どうかシャンティ王女として奥様の目的を手伝ってください。お願いします」
 使用人だから主人のために、という感じには思えないマドゥの様子。もっと深いところからバークティ妃を思って言っているように感じた。
 そんなバークティ妃の、娘を亡くして悲しんでいるように見えない冷たい態度が気になった。

「ナントナク感じただけなんだけど、バークティさんはシャンティ王女のこと、あんまり好きじゃなかったのかな。仲良しじゃなかったとか」
 マドゥはちょっと言葉に詰まる。
「……あまりよろしかったとは思いません」
「暗殺みたいなことをしてまでお膳立てしてたのに、事故で死んじゃうとかしたから余計あんな風に言ってたのかな、きっと…」

 自分の母親とはそこまで険悪ではなかったし、仲良しって言うほどでもなかった。しかしあんな風に忌まれてるとは思えない。他人の親子の関係は想像以上に複雑で難しそうだ。

「ね、シャンティ王女ってどんな人だった?」
「お優しくて、とてもおとなしい方でした。花や動物がお好きで、いつも読書や刺繍などをして過ごされていました」

 花や動物は好きだけど、読者や刺繍なんてダメダメだ…。ガサツで女の子らしくない、などと親にも隣近所にも言われていたくらいだもの。

「私にできるかな、シャンティ王女の代わりが」
「力の及ぶ限りお助けいたします。どうか、お願いいたします」
 マドゥは深々と頭を下げた。
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