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後日談編
遠方からの来客
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「明日はパーティーですよ、もう寝ませんかリッキー?」
ベッドに腰掛けて、メルヴィンは脱力気味に声をかけた。いつもなら、もう寝ている時間を過ぎている。
「あともうちょっとやるの!」
キュッリッキは奮然と言い返す。
「そ、そうですか…」
昼間はカーティスと一緒に、アジト再建現場を視察したりしていたので、キュッリッキのことは帰宅してからギャリーたちに聞いている。
美麗な翼を広げ、踏ん張るような表情で必死に力む姿は、とても眠りに誘える様子ではない。
「ぐぎぎぎぎ…動けー、動けえ」
念仏のように何度も呟きながら、しかし翼はウンともスンとも動かない。
「んもー! なんで動かないのよー!!」
両手を上にあげて、キュッリッキは叫んだ。
毛足の長い敷物の上にペタリと座り込み、悔しそうにバシバシ敷物を叩く。そのすぐそばで、フェンリルが呆れたように首を振り、フローズヴィトニルは欠伸した。
翼の大きさが揃えば、簡単に飛べる。そうキュッリッキとフェンリルは思っていた。ところが実際は、飛ぶ以前に翼が動かない。
アクセサリーのように、背にくっついているだけ。
両頬をぷっくり膨らませ、拗ねているキュッリッキにメルヴィンは苦笑を浮かべた。そして立ち上がると、キュッリッキの隣に膝をつく。
「リッキー、焦らないで」
「だって」
「これから毎日でも、練習できるんですから」
「…ずっと、飛びたかったんだもん」
メルヴィンはアイオン族ではない。
翼を広げ風に乗り、自由に羽ばたくことがどれほど嬉しいことか判らない。自分がどれだけ夢見ていたことなのか、メルヴィンは知らないのだ。
そんな気持ちを込めて、キュッリッキはメルヴィンを軽く睨みつけた。
「リッキー…」
キュッリッキの気持ちが心に突き刺さり、メルヴィンは悲しそうに表情を曇らせる。それに気付いて、キュッリッキはハッとなって顔を背けて俯いた。
「ごめんなさい」
慌てて謝った。
(アタシのバカ!)
飛べないことに苛立って、メルヴィンに八つ当たりしてしまった。そのことをキュッリッキは恥じた。
そんな様子からキュッリッキの気持ちを感じ取り、メルヴィンは優しく微笑む。
「いえ、リッキーの気持ちにも気づかず、オレのほうこそ無遠慮でごめんね。でも、もう遅いですから寝ましょう」
「うん…」
優しく言ってくれるメルヴィンにキュッリッキは頷くと、翼を消した。
翌日、昼前に3人の来客があった。
「お招きありがとう、キュッリッキちゃん」
両手を広げて笑顔全開の女性は、まだ30歳前半にしか見えない美女だ。
「いらっしゃい、サーラさん、レンミッキさん、カーリナさん」
キュッリッキは嬉しそうにサーラに抱きつく。
「お招きありがとう」
同じく30歳前半にしか見えないレンミッキが、美しい顔を優しい笑みで満たした。
「私まで来ちゃって、良かったのかしら…」
遠慮するように控えめに笑んだ女性は、年相応に60歳前後くらいの容貌のカーリナだった。
「もちろんです。遠路はるばる、みなさんお疲れでしょう」
メルヴィンも3人を歓迎した。
「リクハルドさんとイスモさんとクスタヴィさんは?」
レンミッキとカーリナともハグをしたキュッリッキは、不思議そうに首をちょこんと傾げる。
「あの3バカ亭主どもは、お仕事があるのでこれなかったわ。リクハルドがいるから、食事には困らないわよ」
にこっと笑顔で言い捨てるサーラに、キュッリッキとメルヴィンは、
(さすが、ベルトルドさんのお母さん…)
そう、内心霜が降りた。
今日はクリスマスパーティーをヴィーンゴールヴ邸でおこなうので、シャシカラ島の3家族を招待していた。
サーラは亡きベルトルドの母、レンミッキは亡きアルカネットの母、カーリナは健在のリュリュの母だ。
ベルトルドとアルカネット亡き後、遺灰を届けるためにリュリュに連れられて、キュッリッキとメルヴィンはシャシカラ島を訪れ、彼女たちと知己を得た。
数日の滞在ではあったが、3家族と2人は仲良くなったのだった。
「3人とも、いつまでゆっくりできるの?」
「年明けまでは滞在させていただこうかと思っているのよ。ご迷惑じゃなければね」
控えめに言うレンミッキに、キュッリッキは「全然かまわないの」と、にっこり笑った。
「好きなだけ居てね。そだ、ハーメンリンナの中、案内してあげるの!」
両掌を打ち付けキュッリッキははしゃぐ様に言う。クリスマス週間と新年の数週間までは、ハーメンリンナの中の装飾は派手の極みである。壁の外側は惨憺たる有様だが、内側は別世界なのだ。
「まあ楽しみ! それに、イララクスの中のあちこちも、観光していきたいわね」
そうサーラが言ったとき、キュッリッキとメルヴィンの顔がひきつった。
「?」
首をかしげるサーラに、
「い…、今はちょっと…」
メルヴィンが声のトーンを下げて呟いた。
現在の街の有様を見れば、何故こうなったの!?と事情を聞きたがるだろう。まさか、あなたの息子がやったんですよ、などと口が裂けても言えない。そうメルヴィンが内心ひっそりと嘆息していたのに。
「ベルトルドさんが木っ端微塵に吹っ飛ばしちゃったから、今あちこち工事中なの。――あ、全部じゃないけど」
「え?」
「リ、リッキー!」
「あっ」
ペラペラと白状したキュッリッキに、シャシカラ島のマダム達の驚きの視線が集中する。
その様子を遠巻きに見ていたライオン傭兵団は、残念なため息を露骨に吐き出していた。
ベッドに腰掛けて、メルヴィンは脱力気味に声をかけた。いつもなら、もう寝ている時間を過ぎている。
「あともうちょっとやるの!」
キュッリッキは奮然と言い返す。
「そ、そうですか…」
昼間はカーティスと一緒に、アジト再建現場を視察したりしていたので、キュッリッキのことは帰宅してからギャリーたちに聞いている。
美麗な翼を広げ、踏ん張るような表情で必死に力む姿は、とても眠りに誘える様子ではない。
「ぐぎぎぎぎ…動けー、動けえ」
念仏のように何度も呟きながら、しかし翼はウンともスンとも動かない。
「んもー! なんで動かないのよー!!」
両手を上にあげて、キュッリッキは叫んだ。
毛足の長い敷物の上にペタリと座り込み、悔しそうにバシバシ敷物を叩く。そのすぐそばで、フェンリルが呆れたように首を振り、フローズヴィトニルは欠伸した。
翼の大きさが揃えば、簡単に飛べる。そうキュッリッキとフェンリルは思っていた。ところが実際は、飛ぶ以前に翼が動かない。
アクセサリーのように、背にくっついているだけ。
両頬をぷっくり膨らませ、拗ねているキュッリッキにメルヴィンは苦笑を浮かべた。そして立ち上がると、キュッリッキの隣に膝をつく。
「リッキー、焦らないで」
「だって」
「これから毎日でも、練習できるんですから」
「…ずっと、飛びたかったんだもん」
メルヴィンはアイオン族ではない。
翼を広げ風に乗り、自由に羽ばたくことがどれほど嬉しいことか判らない。自分がどれだけ夢見ていたことなのか、メルヴィンは知らないのだ。
そんな気持ちを込めて、キュッリッキはメルヴィンを軽く睨みつけた。
「リッキー…」
キュッリッキの気持ちが心に突き刺さり、メルヴィンは悲しそうに表情を曇らせる。それに気付いて、キュッリッキはハッとなって顔を背けて俯いた。
「ごめんなさい」
慌てて謝った。
(アタシのバカ!)
飛べないことに苛立って、メルヴィンに八つ当たりしてしまった。そのことをキュッリッキは恥じた。
そんな様子からキュッリッキの気持ちを感じ取り、メルヴィンは優しく微笑む。
「いえ、リッキーの気持ちにも気づかず、オレのほうこそ無遠慮でごめんね。でも、もう遅いですから寝ましょう」
「うん…」
優しく言ってくれるメルヴィンにキュッリッキは頷くと、翼を消した。
翌日、昼前に3人の来客があった。
「お招きありがとう、キュッリッキちゃん」
両手を広げて笑顔全開の女性は、まだ30歳前半にしか見えない美女だ。
「いらっしゃい、サーラさん、レンミッキさん、カーリナさん」
キュッリッキは嬉しそうにサーラに抱きつく。
「お招きありがとう」
同じく30歳前半にしか見えないレンミッキが、美しい顔を優しい笑みで満たした。
「私まで来ちゃって、良かったのかしら…」
遠慮するように控えめに笑んだ女性は、年相応に60歳前後くらいの容貌のカーリナだった。
「もちろんです。遠路はるばる、みなさんお疲れでしょう」
メルヴィンも3人を歓迎した。
「リクハルドさんとイスモさんとクスタヴィさんは?」
レンミッキとカーリナともハグをしたキュッリッキは、不思議そうに首をちょこんと傾げる。
「あの3バカ亭主どもは、お仕事があるのでこれなかったわ。リクハルドがいるから、食事には困らないわよ」
にこっと笑顔で言い捨てるサーラに、キュッリッキとメルヴィンは、
(さすが、ベルトルドさんのお母さん…)
そう、内心霜が降りた。
今日はクリスマスパーティーをヴィーンゴールヴ邸でおこなうので、シャシカラ島の3家族を招待していた。
サーラは亡きベルトルドの母、レンミッキは亡きアルカネットの母、カーリナは健在のリュリュの母だ。
ベルトルドとアルカネット亡き後、遺灰を届けるためにリュリュに連れられて、キュッリッキとメルヴィンはシャシカラ島を訪れ、彼女たちと知己を得た。
数日の滞在ではあったが、3家族と2人は仲良くなったのだった。
「3人とも、いつまでゆっくりできるの?」
「年明けまでは滞在させていただこうかと思っているのよ。ご迷惑じゃなければね」
控えめに言うレンミッキに、キュッリッキは「全然かまわないの」と、にっこり笑った。
「好きなだけ居てね。そだ、ハーメンリンナの中、案内してあげるの!」
両掌を打ち付けキュッリッキははしゃぐ様に言う。クリスマス週間と新年の数週間までは、ハーメンリンナの中の装飾は派手の極みである。壁の外側は惨憺たる有様だが、内側は別世界なのだ。
「まあ楽しみ! それに、イララクスの中のあちこちも、観光していきたいわね」
そうサーラが言ったとき、キュッリッキとメルヴィンの顔がひきつった。
「?」
首をかしげるサーラに、
「い…、今はちょっと…」
メルヴィンが声のトーンを下げて呟いた。
現在の街の有様を見れば、何故こうなったの!?と事情を聞きたがるだろう。まさか、あなたの息子がやったんですよ、などと口が裂けても言えない。そうメルヴィンが内心ひっそりと嘆息していたのに。
「ベルトルドさんが木っ端微塵に吹っ飛ばしちゃったから、今あちこち工事中なの。――あ、全部じゃないけど」
「え?」
「リ、リッキー!」
「あっ」
ペラペラと白状したキュッリッキに、シャシカラ島のマダム達の驚きの視線が集中する。
その様子を遠巻きに見ていたライオン傭兵団は、残念なため息を露骨に吐き出していた。
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