1 / 1
冷酷な魔の物に囚われて
しおりを挟む
この屋敷の家臣として仕えていた父が亡くなり、肩身狭く女中として働いていた母も亡くなり、居場所を無くした少年ーー蜜は、屋敷の離れにある物置で暮らしていた。
生かせてもらった。
蜜はそれだけを感謝して生きることにした。
成長期のため、もう丈が合っていない着物を着て、裸足で庭を歩く。残飯を漁り、下水処理の仕事を押し付けられ、ろくな防寒具も無く凍えながら眠る。そんな日常。
ーーその日は朝から騒がしかった。
何かあるのだろうか、自分には関係のないコトだ。今日もひっそり屋敷の裏庭で1日を終えるだけなのだから。
そこへ男数人が裏庭にやって来た。その内の1人は久しぶりにお目にかかるこの家の主人だった。蜜は深々と首を垂れた。
「やあ、蜜。是非ともキミに…、いやキミにしか頼めない仕事を、持ってきた」
「…喜んで、何でもお受けします。ご主人」
「おいで」
そうすると連れ立った男が蜜の両側に控え、腕を捉える。まるで連行されるかの様に蜜は連れて行かれた。
敷地内の大きく開けた場所に、鳥居がある。その鳥居の奥の道は、注連縄が何重にも巻かれ塞がれていた。さらにその奥にある社には、お札が張り巡らされている。
以前はこんな注連縄とお札はなかった。それに、こんなおどろおどろしい雰囲気の場所ではなかった。蜜は不信ながらに主人を見た。
「ここに、魔の物を封印した」
「魔の物…?」
「出来れば手懐けたいと思っている」
あたりを見渡すと、霊媒師のような…巫女のような…そんな方たちがかなりの人数いる。
魔の物…。妖怪の類いだろうか…。本当にいるんだ、そういうの。恐ろしいな、と蜜は思った。
主人は、珍しいペットが手に入ったとでも思っているのだろうか…。
「キミには魔の物の世話をして欲しい。」
「…なっ」
「捕らえたはいいが、その姿は我々もまだ見ていない。今あの社には封印が施してある。魔の物は逃げ出すことは出来ない。
まずは中の様子を見てきて私に教えて欲しい。」
「…はい」
「なに、安心してくれたまえ。君の身の安全は保証するよ。何かあった時は彼らがいる」
と主人は笑う。その後ろには火縄銃を構えた私兵たちが並んでいる。
…なるほど。何かあった時は僕ごと撃ち殺されるのか…。
蜜は社に向けてチカラなく一歩を踏み出した。
『…旦那様。やはり…封印したばかりでは、まだ近づくのは危険かと…』
『なぁに大丈夫大丈夫。それより私は早く自分が手に入れた物が見たいのだ』
背後でそんな会話が聞こえたが、蜜は気にしないで…気にしない振りをして、社に向かった。
注連縄をくぐり社に近づくと、どんどん空気が重くなってきた。呼吸も苦しい。社に着いて一旦深呼吸をし、入り口に手をかける。ゾッとした冷たさがカラダを巡った。不安が湧き上がり、チラリと主人の方を見れば「早く行け」と手を払っている。
やめるという選択肢は選べない。意を決して社の扉を押し開ける。
すると隙間風が吹き、蜜は吸い込まれるように社の中に引きずられた。
「わっ、っ痛…」
そのまま転んで膝を打った。背後の扉がバタンと閉まる。
「え?」
立ち上がり、扉を引くが開かない。鍵はないはずなのに、びくともしない。
「…」
距離的に、主人たちが扉を閉めたわけではないだろう。これは魔の物…の仕業なのだろうか?大丈夫なのだろうか。主人たちは助けにくる気配もないが…。まだ、緊急事態というほどではないのか。
…外の音が一切聞こえなくなった。鳥の声も風の音も、人の気配も消えた。静かだ。この社の中は、外界と壁一枚隔てて別世界のようだった。
社は入ってすぐ地下へ続く階段が広がっていた。暗く深い階段が広がっていた。
「小さな建物だと思っていたけど、そういうことか…」
蜜は納得した。魔の物を閉じ込めるにしては狭い建物だと思っていた。地下は広いのだろう。そう考えながらゆっくりと階段をおりていった。
階段が終わると洞窟のよう岩が剥き出しの場所に、牢獄が並んでいた。壁の四隅に、申し訳程度に灯りがついている。薄暗く、しんとした空間。
「先刻は、居なかった人間だな。」
蜜はギクリとした。牢獄の奥から低く冷たい声がした。暗くてよく見えないが男が1人座っていた。
…魔の物と言うから、妖怪の類い、動物の類いだと思っていた。まさか言葉を喋る…人間だったとは。…いや、人間ではない。社に入ってから空気が重く、寒さとは違う冷気がカラダを纏わり付く。そこにいる男は人間と異なる気配を振り撒いていた。
蜜は一呼吸置いて言葉を発した。
「…お初にお目にかかります。僕は、ご主人の命令により、これから貴方のお世話をする者です。」
「世話、だと?」
「はい。ご主人よりそう伺っております。ご主人は貴方を飼うおつもりのようです。」
「飼う、だと?私をか?…ククク…ハッハッハ。人間が。よくやってくれる。人間の罠に嵌っただけでも十分に屈辱だったが、さらに侮辱をうけるとは!」
愉快そうに笑う男の声は怒気を含んでいて、蜜は圧倒された。薄暗い牢獄で目が慣れてきた蜜は男の姿の輪郭は捉えたが、表情までは確認できない。蜜は、ただ立ちすくんでいた。
「…お前」
「…はい」
話しかけられ、カラダを強張らせる。
「生きてここから出たいだろ?」
「…え」
暗闇で紅く光る物がある。…瞳だ。二つの瞳が紅く輝いている。…綺麗だ、と思った。
その瞳はユラユラと此方に近づいてくる。
「…」
牢の柵の前まで男はやってきて、柵の間から手を伸ばし、蜜の方に差し伸べる。蜜は、なぜだからわからないけど、男のその手を取らなければと思った。勝手に動く。その紅い瞳はとても綺麗で、目が離せない。フラフラと足を進め、差し伸べられた手を掴む。すると乱暴に掴み返され、牢の柵にぶつかる勢いで身を引き寄せられた。
「っ痛」
「生きてここから出たかったら、私の言うコトを聞け」
「…ぁ」
「この社に張られている札を全てはがせ。出来ないとは言わせない。お前がのんびりしている間に呪いをかけさせて貰った。私の命令に背くと首が締まる呪いをな。」
牢ごしに顔を近づけられる。男は2メートル以上はある長身で髪の黒さが深くて、綺麗だった。
「さあ、行ってこい」
男は蜜を突き飛ばす。蜜は岩肌が剥き出したゴツゴツした床に倒れる。
お札を剥がしたら、僕は主人に殺されるんじゃなかろうか。でも剥がさなければ、今この男に殺されるのだろう。
もしもの時は、この男と僕もろとも私兵たちに撃ち殺される。…いや、目の前の男に銃が効くとは思えない。それほど彼は人離れした雰囲気をまとっていた。
…なんだ、結局どうなっても死ぬのは僕1人じゃないか。
生きていたいと思っていたけれど、何だか疲れてしまった。
主人から放って置かれるならまだ耐えられたが、死んでも良い人間だという現実を突きつけられてしまった訳だし。
…もういいのかなあ。そう蜜は思った。
俯いたまま動かない蜜を、魔の物は冷めた目で見つめた。
「!?…っぐ…は…」
蜜は急に呼吸が出来なくなった。喉に圧迫感を感じる。
ーー呪いをかけた。魔の物は先程そう言っていた。息が出来なくて、カラダが伸び切る。苦しさの中、男に目をやると、冷たい紅い瞳が蜜を見下ろしている。その紅は本当に綺麗で、この世で最後に見た物がそれで良かったと思った。
「っ…!?っはぁ!!っあっ…はっ」
急に喉の圧迫が無くなり、呼吸が出来ようになる。諦めた意思とは関係なくカラダは生きようと肺に酸素を取り込む。咳き込みながら蜜は必死に呼吸した。
「ひっひっ…あっ…げほ、ひっ」
喉を通る息と、震えた声が漏れて、悲鳴にも似た呼吸を繰り返した。
「苦しかったか?怖かったろう?」
それは心配する声ではない。
「それが嫌ならば…札を剥がすんだ」
脅しの声。
でも、脅しは蜜には通じない。なぜなら、僕は、疲れてしまっているから…。
「…」
「…」
床に倒れたまま伏せていると、男が檻から大きな右手を伸ばし蜜の髪を掴んで引き寄せた。
「あっ…」
「お前は…」
「…」
「つまらないヤツだな」
「…」
「先ほどから、一切感情が無い顔で…」
…そうかな?毎日虚ろに生きている僕にしては、今日は驚いたり怖がったり忙しい方だ。
「何も映さない瞳だ…」
映してるよ、その紅い瞳を。
髪を掴んだ手が持ちげられ、蜜は膝立ちになる。それで、男の顔が近づいてきて、檻ごしに口づけをされた。
「んっ…んっ」
乱暴に舌が入ってきて歯茎をなぞり、歯を割ってさらに侵入してくる。あまりのコトに身を引こうとも、男のチカラには敵わずに唇が離れるコトはない。
「っん、ふっ、あ…ん」
先ほど首を締め付けられた呼吸困難とは、また違った呼吸の困難さを感じる。息を取り込もうと口を開ければ、男の舌が蜜の舌を舐めとり、男の口の中に吸われた。
「んんーんんんっ、んーー」
舌を甘噛みし、引っ張る。このまま引きちぎられるのだろうか。噛みちぎられるのだろうか。
「ん、あっ、んっフ…んんーっ」
男の手が急に外され、蜜は床に倒れこむ。
「ひっ、んはっ…はっ…はぁ…はぁ」
「…なんだ、そういう顔も出来るんだな」
男は馬鹿にするように笑う。
蜜は頬を紅葉させ、目から涙をポロポロと流していた。
「ひっ…やっ」
男は牢の隙間から手を伸ばし蜜の足を掴んだ。そして牢の方に引き寄せた。蜜は檻にカラダをぶつけ、それ以上動くことが出来なくなっても、なお、強いチカラで牢に引き込むように引っ張られる。
「やっ…痛いっ、やっ…!!」
男は牢越しに蜜の腰を掴んで、引っ張りあげた。蜜は腰を高く上げさせられ、バランスを取ろうと足を伸ばす。すると、肩に重心が移り前のめりになり、地面に突っ伏した。
恐怖で逃げ出そうともがくけれど、腰をガッチリ掴まれて、逃げられない。
檻に尻が食い込むほど引き寄せられて、そこに男の腰が擦り付けられた。
「ヒッ…なにを…!」
蜜が振り向けば、男は口の端を上げて笑っている。蜜は額から汗が流れ落ちた。
左手で蜜の腰をガッチリ掴んだまま、右手で蜜の服を剥いでいく。
男と蜜の間にある檻が冷たく肌にあたる。
「あっ…はっ…あっあ…うゔ」
グチュグチュ。
暗い地下牢に響き渡る不快な水音と蜜の声。檻越しに打ち付けらるそれに、蜜は体を支えきれず不安定になる。男の腕が蜜の腰を離さないため、蜜は両手を地面につき、尻を高くあげた状態で、牢の向こうにいる男のモノを尻に咥えていた。
「暇つぶしには、ちょうどよい。…私にこんな扱いをさせた人間にどう報復してやろうか。考えている間、お前には相手をしてもらおう」
お前は私の世話係なんだろう?と男の冷たく言った。その声を聞きながら蜜は達した。
バッチュバッチュバッチュバッチュ
「あっあっあっ…っんぁ…あっあっ」
乱暴に刺し抜きを繰り返される。男は魔の物だ。人間のモノより長くて太い。蜜の小さな蕾はいまやだらしなく広がっていた。
「ひっ…や、やだ…あっあっあっあっ」
何度か中に射精され、白濁の液が穴から垂れる。
「あっあっ…んっあっ、やっ、あっ」
それ以上に蜜自身も達している。もう出すモノがないそこは切なく勃っている。
「あっあっ、や、もうやだっあっ…やだぁ」
男は笑う。
「先刻の無気力より幾分マシな顔になってきたな」
「や…だ、っあ、苦しっあっあっん」
蜜の苦しむ顔は男を興奮させる。下から突き上げるよう深く指す。もっともっと奥へ。
2人の間には檻があり、体が密着することはない。もどかしさを感じる。根元まで挿入たいのに挿入られない。男はそのイラつきを蜜にぶつける。刺して抜いて刺して抜いて。だんだん動きを小刻みに激しくする。殴るように腰を打ち付ける。
「あっぐ…ぅぐっぐ…あっあっ」
蜜はその激しさについていくのがやっとで、呼吸すらままならない。揺さぶられ、涙か溢れ、焦点も定まらない。
はやく、終わって。
苦しい。
苦しい。
いっそーーー殺してーーー
男の動きが今までにないくらい速くなり、そして、奥深く刺され、熱い液が注がれる。
ようやく解放された蜜は床に倒れ込み、痙攣を起こす。ピュッと尻の穴から白濁の液が漏れる。
「くっくっくっ、滑稽だ」
あれだけ激しかったのに男は息ひとつ乱れていない。それがさらに蜜を惨めにさせた。
床に倒れたまま蜜は言った。
「も、もう…殺して…」
「フッ、弱い生き物よ」
「おねがい…します…」
疲れた。僕は…とても疲れている。
早く休みたい。
「死にたい人間ほどつまらないモノはない。私の脅しが効かないからな。殺してやったら、私がお前の願いを叶えてしまうことになる。なぜ私がそんなことをしなくてはいけないのか。」
ハアハアハア、上がる息を整えるのに必死で、蜜は男の話が頭に入ってこない。
「お前…名は?」
「…っ」
「名前を聞いている!」
ガン!牢の隙間から足が伸びてきて蹴っ飛ばされる。
「ぐっ…。みつ…蜜と申します!」
叫ぶように答える。
「そうか。蜜。お前を殺さない。ただし生きた心地もしないように、私の側に置いてやろう。私の『お世話係』なんだろう?私に逆らえないよう調教してやろう。私がお前の主人になってやる。逃がしはしない。」
男は楽しそうに喋っている。朦朧とする意識の中で蜜は思った。
ーーーなんだ、今までの暮らしと大して変わらないな。
死にもしない。ただ生きるだけ。
構ってくれる分、この男の方が今のご主人よりまともに思えた。
蜜は疲れていた。もう考えたくなかった。
男の方を見やる。恐ろしいのに、その紅色の瞳だけは変わらず美しかった。
蜜が社を出た時、外はもう暗かった。社の外にいた大勢の人間はすでにおらず、みはりの男が1人立っているだけだった。
「ちっ、なんだ出てきたか。あんまり遅いんでもう化け物に喰われちまったのだと思ったよ。中で何をしていた?化け物はどうなった?」
乱暴に肩をど突かれて、蜜の体をはフラリと揺れる。蜜はボソリと呟く。
「もう喰われたよ…僕の新しいご主人に…」
「なんだ?」
「いえ…」
蜜は、にこりと笑って見せた。見張りの男は怪訝な顔をした。
「お前…それは…」
見張りの男が蜜が手にしている物に気付いた。お札だ。社のお札だ。
「剥がしたのか?何勝手なことをしてるんだ!」
ガツンと蜜の頭を殴る。勢いで倒れた蜜の顔はそれでも笑っていた。
見張りの男は薄気味悪く思った。蜜の後ろに紅の光りが見えてハッとする。
「うわあっ、ば、バケモ」
バシュッ。見張りの男の首が飛んだ。
「行くぞ、蜜。人間に復讐をする」
「はい、ご主人」
蜜は立ち上がり男の後をついて行った。
それでいいと思った。
今宵は新月。
闇は深い。
生かせてもらった。
蜜はそれだけを感謝して生きることにした。
成長期のため、もう丈が合っていない着物を着て、裸足で庭を歩く。残飯を漁り、下水処理の仕事を押し付けられ、ろくな防寒具も無く凍えながら眠る。そんな日常。
ーーその日は朝から騒がしかった。
何かあるのだろうか、自分には関係のないコトだ。今日もひっそり屋敷の裏庭で1日を終えるだけなのだから。
そこへ男数人が裏庭にやって来た。その内の1人は久しぶりにお目にかかるこの家の主人だった。蜜は深々と首を垂れた。
「やあ、蜜。是非ともキミに…、いやキミにしか頼めない仕事を、持ってきた」
「…喜んで、何でもお受けします。ご主人」
「おいで」
そうすると連れ立った男が蜜の両側に控え、腕を捉える。まるで連行されるかの様に蜜は連れて行かれた。
敷地内の大きく開けた場所に、鳥居がある。その鳥居の奥の道は、注連縄が何重にも巻かれ塞がれていた。さらにその奥にある社には、お札が張り巡らされている。
以前はこんな注連縄とお札はなかった。それに、こんなおどろおどろしい雰囲気の場所ではなかった。蜜は不信ながらに主人を見た。
「ここに、魔の物を封印した」
「魔の物…?」
「出来れば手懐けたいと思っている」
あたりを見渡すと、霊媒師のような…巫女のような…そんな方たちがかなりの人数いる。
魔の物…。妖怪の類いだろうか…。本当にいるんだ、そういうの。恐ろしいな、と蜜は思った。
主人は、珍しいペットが手に入ったとでも思っているのだろうか…。
「キミには魔の物の世話をして欲しい。」
「…なっ」
「捕らえたはいいが、その姿は我々もまだ見ていない。今あの社には封印が施してある。魔の物は逃げ出すことは出来ない。
まずは中の様子を見てきて私に教えて欲しい。」
「…はい」
「なに、安心してくれたまえ。君の身の安全は保証するよ。何かあった時は彼らがいる」
と主人は笑う。その後ろには火縄銃を構えた私兵たちが並んでいる。
…なるほど。何かあった時は僕ごと撃ち殺されるのか…。
蜜は社に向けてチカラなく一歩を踏み出した。
『…旦那様。やはり…封印したばかりでは、まだ近づくのは危険かと…』
『なぁに大丈夫大丈夫。それより私は早く自分が手に入れた物が見たいのだ』
背後でそんな会話が聞こえたが、蜜は気にしないで…気にしない振りをして、社に向かった。
注連縄をくぐり社に近づくと、どんどん空気が重くなってきた。呼吸も苦しい。社に着いて一旦深呼吸をし、入り口に手をかける。ゾッとした冷たさがカラダを巡った。不安が湧き上がり、チラリと主人の方を見れば「早く行け」と手を払っている。
やめるという選択肢は選べない。意を決して社の扉を押し開ける。
すると隙間風が吹き、蜜は吸い込まれるように社の中に引きずられた。
「わっ、っ痛…」
そのまま転んで膝を打った。背後の扉がバタンと閉まる。
「え?」
立ち上がり、扉を引くが開かない。鍵はないはずなのに、びくともしない。
「…」
距離的に、主人たちが扉を閉めたわけではないだろう。これは魔の物…の仕業なのだろうか?大丈夫なのだろうか。主人たちは助けにくる気配もないが…。まだ、緊急事態というほどではないのか。
…外の音が一切聞こえなくなった。鳥の声も風の音も、人の気配も消えた。静かだ。この社の中は、外界と壁一枚隔てて別世界のようだった。
社は入ってすぐ地下へ続く階段が広がっていた。暗く深い階段が広がっていた。
「小さな建物だと思っていたけど、そういうことか…」
蜜は納得した。魔の物を閉じ込めるにしては狭い建物だと思っていた。地下は広いのだろう。そう考えながらゆっくりと階段をおりていった。
階段が終わると洞窟のよう岩が剥き出しの場所に、牢獄が並んでいた。壁の四隅に、申し訳程度に灯りがついている。薄暗く、しんとした空間。
「先刻は、居なかった人間だな。」
蜜はギクリとした。牢獄の奥から低く冷たい声がした。暗くてよく見えないが男が1人座っていた。
…魔の物と言うから、妖怪の類い、動物の類いだと思っていた。まさか言葉を喋る…人間だったとは。…いや、人間ではない。社に入ってから空気が重く、寒さとは違う冷気がカラダを纏わり付く。そこにいる男は人間と異なる気配を振り撒いていた。
蜜は一呼吸置いて言葉を発した。
「…お初にお目にかかります。僕は、ご主人の命令により、これから貴方のお世話をする者です。」
「世話、だと?」
「はい。ご主人よりそう伺っております。ご主人は貴方を飼うおつもりのようです。」
「飼う、だと?私をか?…ククク…ハッハッハ。人間が。よくやってくれる。人間の罠に嵌っただけでも十分に屈辱だったが、さらに侮辱をうけるとは!」
愉快そうに笑う男の声は怒気を含んでいて、蜜は圧倒された。薄暗い牢獄で目が慣れてきた蜜は男の姿の輪郭は捉えたが、表情までは確認できない。蜜は、ただ立ちすくんでいた。
「…お前」
「…はい」
話しかけられ、カラダを強張らせる。
「生きてここから出たいだろ?」
「…え」
暗闇で紅く光る物がある。…瞳だ。二つの瞳が紅く輝いている。…綺麗だ、と思った。
その瞳はユラユラと此方に近づいてくる。
「…」
牢の柵の前まで男はやってきて、柵の間から手を伸ばし、蜜の方に差し伸べる。蜜は、なぜだからわからないけど、男のその手を取らなければと思った。勝手に動く。その紅い瞳はとても綺麗で、目が離せない。フラフラと足を進め、差し伸べられた手を掴む。すると乱暴に掴み返され、牢の柵にぶつかる勢いで身を引き寄せられた。
「っ痛」
「生きてここから出たかったら、私の言うコトを聞け」
「…ぁ」
「この社に張られている札を全てはがせ。出来ないとは言わせない。お前がのんびりしている間に呪いをかけさせて貰った。私の命令に背くと首が締まる呪いをな。」
牢ごしに顔を近づけられる。男は2メートル以上はある長身で髪の黒さが深くて、綺麗だった。
「さあ、行ってこい」
男は蜜を突き飛ばす。蜜は岩肌が剥き出したゴツゴツした床に倒れる。
お札を剥がしたら、僕は主人に殺されるんじゃなかろうか。でも剥がさなければ、今この男に殺されるのだろう。
もしもの時は、この男と僕もろとも私兵たちに撃ち殺される。…いや、目の前の男に銃が効くとは思えない。それほど彼は人離れした雰囲気をまとっていた。
…なんだ、結局どうなっても死ぬのは僕1人じゃないか。
生きていたいと思っていたけれど、何だか疲れてしまった。
主人から放って置かれるならまだ耐えられたが、死んでも良い人間だという現実を突きつけられてしまった訳だし。
…もういいのかなあ。そう蜜は思った。
俯いたまま動かない蜜を、魔の物は冷めた目で見つめた。
「!?…っぐ…は…」
蜜は急に呼吸が出来なくなった。喉に圧迫感を感じる。
ーー呪いをかけた。魔の物は先程そう言っていた。息が出来なくて、カラダが伸び切る。苦しさの中、男に目をやると、冷たい紅い瞳が蜜を見下ろしている。その紅は本当に綺麗で、この世で最後に見た物がそれで良かったと思った。
「っ…!?っはぁ!!っあっ…はっ」
急に喉の圧迫が無くなり、呼吸が出来ようになる。諦めた意思とは関係なくカラダは生きようと肺に酸素を取り込む。咳き込みながら蜜は必死に呼吸した。
「ひっひっ…あっ…げほ、ひっ」
喉を通る息と、震えた声が漏れて、悲鳴にも似た呼吸を繰り返した。
「苦しかったか?怖かったろう?」
それは心配する声ではない。
「それが嫌ならば…札を剥がすんだ」
脅しの声。
でも、脅しは蜜には通じない。なぜなら、僕は、疲れてしまっているから…。
「…」
「…」
床に倒れたまま伏せていると、男が檻から大きな右手を伸ばし蜜の髪を掴んで引き寄せた。
「あっ…」
「お前は…」
「…」
「つまらないヤツだな」
「…」
「先ほどから、一切感情が無い顔で…」
…そうかな?毎日虚ろに生きている僕にしては、今日は驚いたり怖がったり忙しい方だ。
「何も映さない瞳だ…」
映してるよ、その紅い瞳を。
髪を掴んだ手が持ちげられ、蜜は膝立ちになる。それで、男の顔が近づいてきて、檻ごしに口づけをされた。
「んっ…んっ」
乱暴に舌が入ってきて歯茎をなぞり、歯を割ってさらに侵入してくる。あまりのコトに身を引こうとも、男のチカラには敵わずに唇が離れるコトはない。
「っん、ふっ、あ…ん」
先ほど首を締め付けられた呼吸困難とは、また違った呼吸の困難さを感じる。息を取り込もうと口を開ければ、男の舌が蜜の舌を舐めとり、男の口の中に吸われた。
「んんーんんんっ、んーー」
舌を甘噛みし、引っ張る。このまま引きちぎられるのだろうか。噛みちぎられるのだろうか。
「ん、あっ、んっフ…んんーっ」
男の手が急に外され、蜜は床に倒れこむ。
「ひっ、んはっ…はっ…はぁ…はぁ」
「…なんだ、そういう顔も出来るんだな」
男は馬鹿にするように笑う。
蜜は頬を紅葉させ、目から涙をポロポロと流していた。
「ひっ…やっ」
男は牢の隙間から手を伸ばし蜜の足を掴んだ。そして牢の方に引き寄せた。蜜は檻にカラダをぶつけ、それ以上動くことが出来なくなっても、なお、強いチカラで牢に引き込むように引っ張られる。
「やっ…痛いっ、やっ…!!」
男は牢越しに蜜の腰を掴んで、引っ張りあげた。蜜は腰を高く上げさせられ、バランスを取ろうと足を伸ばす。すると、肩に重心が移り前のめりになり、地面に突っ伏した。
恐怖で逃げ出そうともがくけれど、腰をガッチリ掴まれて、逃げられない。
檻に尻が食い込むほど引き寄せられて、そこに男の腰が擦り付けられた。
「ヒッ…なにを…!」
蜜が振り向けば、男は口の端を上げて笑っている。蜜は額から汗が流れ落ちた。
左手で蜜の腰をガッチリ掴んだまま、右手で蜜の服を剥いでいく。
男と蜜の間にある檻が冷たく肌にあたる。
「あっ…はっ…あっあ…うゔ」
グチュグチュ。
暗い地下牢に響き渡る不快な水音と蜜の声。檻越しに打ち付けらるそれに、蜜は体を支えきれず不安定になる。男の腕が蜜の腰を離さないため、蜜は両手を地面につき、尻を高くあげた状態で、牢の向こうにいる男のモノを尻に咥えていた。
「暇つぶしには、ちょうどよい。…私にこんな扱いをさせた人間にどう報復してやろうか。考えている間、お前には相手をしてもらおう」
お前は私の世話係なんだろう?と男の冷たく言った。その声を聞きながら蜜は達した。
バッチュバッチュバッチュバッチュ
「あっあっあっ…っんぁ…あっあっ」
乱暴に刺し抜きを繰り返される。男は魔の物だ。人間のモノより長くて太い。蜜の小さな蕾はいまやだらしなく広がっていた。
「ひっ…や、やだ…あっあっあっあっ」
何度か中に射精され、白濁の液が穴から垂れる。
「あっあっ…んっあっ、やっ、あっ」
それ以上に蜜自身も達している。もう出すモノがないそこは切なく勃っている。
「あっあっ、や、もうやだっあっ…やだぁ」
男は笑う。
「先刻の無気力より幾分マシな顔になってきたな」
「や…だ、っあ、苦しっあっあっん」
蜜の苦しむ顔は男を興奮させる。下から突き上げるよう深く指す。もっともっと奥へ。
2人の間には檻があり、体が密着することはない。もどかしさを感じる。根元まで挿入たいのに挿入られない。男はそのイラつきを蜜にぶつける。刺して抜いて刺して抜いて。だんだん動きを小刻みに激しくする。殴るように腰を打ち付ける。
「あっぐ…ぅぐっぐ…あっあっ」
蜜はその激しさについていくのがやっとで、呼吸すらままならない。揺さぶられ、涙か溢れ、焦点も定まらない。
はやく、終わって。
苦しい。
苦しい。
いっそーーー殺してーーー
男の動きが今までにないくらい速くなり、そして、奥深く刺され、熱い液が注がれる。
ようやく解放された蜜は床に倒れ込み、痙攣を起こす。ピュッと尻の穴から白濁の液が漏れる。
「くっくっくっ、滑稽だ」
あれだけ激しかったのに男は息ひとつ乱れていない。それがさらに蜜を惨めにさせた。
床に倒れたまま蜜は言った。
「も、もう…殺して…」
「フッ、弱い生き物よ」
「おねがい…します…」
疲れた。僕は…とても疲れている。
早く休みたい。
「死にたい人間ほどつまらないモノはない。私の脅しが効かないからな。殺してやったら、私がお前の願いを叶えてしまうことになる。なぜ私がそんなことをしなくてはいけないのか。」
ハアハアハア、上がる息を整えるのに必死で、蜜は男の話が頭に入ってこない。
「お前…名は?」
「…っ」
「名前を聞いている!」
ガン!牢の隙間から足が伸びてきて蹴っ飛ばされる。
「ぐっ…。みつ…蜜と申します!」
叫ぶように答える。
「そうか。蜜。お前を殺さない。ただし生きた心地もしないように、私の側に置いてやろう。私の『お世話係』なんだろう?私に逆らえないよう調教してやろう。私がお前の主人になってやる。逃がしはしない。」
男は楽しそうに喋っている。朦朧とする意識の中で蜜は思った。
ーーーなんだ、今までの暮らしと大して変わらないな。
死にもしない。ただ生きるだけ。
構ってくれる分、この男の方が今のご主人よりまともに思えた。
蜜は疲れていた。もう考えたくなかった。
男の方を見やる。恐ろしいのに、その紅色の瞳だけは変わらず美しかった。
蜜が社を出た時、外はもう暗かった。社の外にいた大勢の人間はすでにおらず、みはりの男が1人立っているだけだった。
「ちっ、なんだ出てきたか。あんまり遅いんでもう化け物に喰われちまったのだと思ったよ。中で何をしていた?化け物はどうなった?」
乱暴に肩をど突かれて、蜜の体をはフラリと揺れる。蜜はボソリと呟く。
「もう喰われたよ…僕の新しいご主人に…」
「なんだ?」
「いえ…」
蜜は、にこりと笑って見せた。見張りの男は怪訝な顔をした。
「お前…それは…」
見張りの男が蜜が手にしている物に気付いた。お札だ。社のお札だ。
「剥がしたのか?何勝手なことをしてるんだ!」
ガツンと蜜の頭を殴る。勢いで倒れた蜜の顔はそれでも笑っていた。
見張りの男は薄気味悪く思った。蜜の後ろに紅の光りが見えてハッとする。
「うわあっ、ば、バケモ」
バシュッ。見張りの男の首が飛んだ。
「行くぞ、蜜。人間に復讐をする」
「はい、ご主人」
蜜は立ち上がり男の後をついて行った。
それでいいと思った。
今宵は新月。
闇は深い。
10
お気に入りに追加
73
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
彼はオレを推しているらしい
まと
BL
クラスのイケメン男子が、なぜか平凡男子のオレに視線を向けてくる。
どうせ絶対に嫌われているのだと思っていたんだけど...?
きっかけは突然の雨。
ほのぼのした世界観が書きたくて。
4話で完結です(執筆済み)
需要がありそうでしたら続編も書いていこうかなと思っておいます(*^^*)
もし良ければコメントお待ちしております。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
王子様の愛が重たくて頭が痛い。
しろみ
BL
「家族が穏やかに暮らせて、平穏な日常が送れるのなら何でもいい」
前世の記憶が断片的に残ってる遼には“王子様”のような幼馴染がいる。花のような美少年である幼馴染は遼にとって悩みの種だった。幼馴染にべったりされ過ぎて恋人ができても長続きしないのだ。次こそは!と意気込んだ日のことだったーー
距離感がバグってる男の子たちのお話。
横暴な幼馴染から逃げようとしたら死にそうになるまで抱き潰された
戸沖たま
BL
「おいグズ」
「何ぐだぐだ言ってんだ、最優先は俺だろうが」
「ヘラヘラ笑ってんじゃねぇよ不細工」
横暴な幼馴染に虐げられてはや19年。
もうそろそろ耐えられないので、幼馴染に見つからない場所に逃げたい…!
そう考えた薬局の一人息子であるユパは、ある日の晩家出を図ろうとしていたところを運悪く見つかってしまい……。
横暴執着攻め×不憫な受け/結構いじめられています/結腸攻め/失禁/スパンキング(ぬるい)/洗脳
などなど完全に無理矢理襲われているので苦手な方はご注意!初っ端からやっちゃってます!
胸焼け注意!
言ってはいけない言葉だったと理解するには遅すぎた。
海里
BL
クラスの人気者×平凡
クラスの人気者である大塚が疲れてルームメイトの落合の腰に抱き着いていた。
落合からある言葉を掛けられるのを期待して――……。
もしも高一まで時間が巻き戻せるのなら、絶対にあんな言葉を言わないのに。
※エロしかないような感じ。
現代高校生の書いてないなぁと思って、チャレンジしました。
途中で大塚視点になります。
※ムーンライトノベルズ様にも投稿しました。
騎士団長様の秘密の小部屋
丸井まー(旧:まー)
BL
騎士団長をしているエドゥアルドには、秘密の小部屋がある。秘密の小部屋で飼っている触手のカミルと遊んでいると、執事のヨハンが部屋に入ってきた。
触手&執事✕強面騎士団長。
※♡喘ぎ、NTR要素、触手、スパンキング、喉イキ、イラマチオ、お漏らし、小スカ、体内放尿があります!
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
まともな話が読めてよかったです。
面白かったの続編希望致します。
感想ありがとうございます。励みになります!
とても面白かったです!!
続編を期待する一人になりました!!
感想ありがとうございます。励みになります!