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第5話 恋の身の丈
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放課後、課外授業を終わって航は四組に向かった。
四組もすでに課外は終わり、教室のなかは空いた席もあれば、そこにたむろしている席もある。
さっと見回して航は顔をしかめた。見回さずともそこに存在すれば一瞬で目が行くはずが、探し当てられない。つまり、いないということだ。用事があって教室を出ているとも考えられたが、航の直感はそうではないと告げる。
だいたいが、日曜日にレンタルスタジオにいるときから様子がおかしくなっていた。練習が終わって、みんなで打ち上げがてらファミリーレストランに行こうとなったときに、母親から帰ってくるように云われたといって、実那都は独りで抜けた。航が一緒に帰るといっても、どこか一線を引いたような気配があって、頑なに拒んだのだ。
そのとき、まだ付き合ってもいない、中二のときのことが甦った。
あとで電話すればいつもと様子は変わらなかった。ただ、翌日も休校日で、『明日、どっか行くか』と誘ったときは、母親から頼まれている用事があると云って断られた。休みの日にどこか行くか、という航からの問いは、行くことを前提にしたふたりの合い言葉みたいなものだ。実那都があまり家にいたがらないことは航も感づいている。だから、少しの時間でも誘えば実那都はためらわずに乗ってきて、むしろ待っていたようにふたりで出かける。
本当に一日かかる用事だということもあり得たが、今日の昼休みの出来事で、やっぱり何かがおかしいと確信した。
「あれ、藍岬くん?」
「真弓ちゃん、実那都は?」
不思議そうにした真弓を見るかぎり、実那都がここにいないことより、航がここにいることのほうが不自然なのだ。
真弓が返事をするよりさきに、帰ったのか、と問うよりは確かめるように云うと。
「うん、なんだか急用だって、藍岬くんにメッセ送っとくって云ってたけど」
「わかった。じゃ、な」
バイバイ、と云う真弓におざなりに手を上げて応え、航は昇降口に向かった。
そうしながら実那都にどういう変化があったのか、航は思いのほか考えこんでいたようで、すれ違った足音がぴたりと止まった直後。
「航、無視かよ」
と、良哉が航を呼びとめた。
振り向くと、良哉の目が探しものをするように航の周囲をさまよい、そして良哉は首をかしげた。
「実那都を迎えにいったんじゃないのか」
「フラれた」
「は?」
「だから、置いてかれたんだって」
呆けた顔から一転、良哉は、ぶはっ、とあり得ない笑い方をした。
「あんまりしつこく好きだ好きだって云いすぎなんじゃないのか」
「好きなもんは好きなんだよ。仕方ねぇだろ」
「航、おまえ、素直だよな。感心するくらい」
「バカにしてんのか」
「だから、感心してるって云ってるだろ。実那都のどこがそんなに気に入ったんだ……って、待てよ! 実那都を否定してるわけじゃないって。おまえに対する好奇心だ」
良哉が喋っているさなか、聞き捨てならない云い方に睨みつけると、良哉はそれが攻撃のビームでもあるかのように両方の手のひらを航に向けて防御しながら弁解した。
「理由なんて知るかよ」
航は吐き捨て、一方ではじめて実那都を実那都として意識したときのことを思いだす。
「けど……中二んとき、クラス対抗のレクレーションあった日にさ、実那都はバレーチームに入っててジャンケンで負けたとかで、配給されたお茶持ちやってたんだよ。おれもそうだったけど、重そうだったから持ってってやろうかって云ったら、いいっつうんだよ。遠慮するなって持とうってしたら、そんとき実那都が云ったんだ。人が自分でできることを奪うって親切だと思ってるかもしれないけど、あんまり人のためにならないんだよ、って。なんか、人に手伝ってもらったり、何かやってもらったり、そういうのが苦手な奴もいるんだなって知った。まあ、苦手っていうんじゃなく、実那都は慣れてないんじゃねぇかって思った」
「んで、よけいにかまいたくなったってことだ。祐真が云ってた。おまえが実那都を見てることが多くなって、なんか手を出したがってるって。そのくせ、がんがん行くおまえが、らしくなく見てるだけで臆病になってるってな」
良哉はにやにやしながら航を揶揄した。
「うるせぇ。実那都からしたら、よけいなお世話だったんだろうけどな」
「で、フラれたって、昼休みのことも関係してんのか」
「はっきりはわかんねぇけど、たぶんな。ガチでよけいな世話やってる奴がいる」
航の言葉に良哉はあからさまに顔をしかめた。
「何があったんだ」
自分もひと役買うと云わんばかりに良哉は勇んだ。航はなだめるように首を横に振る。
「落ち着けって。プライドめちゃくちゃにしてやるって方法もあるけど、逆恨みでまた実那都に手を出すってことになったら本末転倒だ」
良哉は気分を切り替えるようにひとつ短く息をつき、そうして可笑しそうに口もとを歪めた。
「おまえも成長したらしいな」
「うるせぇ。急ぐから、じゃあな」
ああ、と応じる良哉の返事を聞くのもそこそこに航は昇降口に向かった。
そうして廊下から昇降口スペースに折れようとした矢先、スマホがメッセージを知らせた。
『ごめん、夕ごはん、急いで作らなくちゃいけなくなって、だからさきに帰るね!』
普通の文面だが、早く帰るなら二人乗りをして帰ったほうが断然早いのだ。
航はため息をついて顔を上げた。すると、反対方向の廊下から、おそらくは“フラれた”原因の“原因”が目についた。
放課後、課外授業を終わって航は四組に向かった。
四組もすでに課外は終わり、教室のなかは空いた席もあれば、そこにたむろしている席もある。
さっと見回して航は顔をしかめた。見回さずともそこに存在すれば一瞬で目が行くはずが、探し当てられない。つまり、いないということだ。用事があって教室を出ているとも考えられたが、航の直感はそうではないと告げる。
だいたいが、日曜日にレンタルスタジオにいるときから様子がおかしくなっていた。練習が終わって、みんなで打ち上げがてらファミリーレストランに行こうとなったときに、母親から帰ってくるように云われたといって、実那都は独りで抜けた。航が一緒に帰るといっても、どこか一線を引いたような気配があって、頑なに拒んだのだ。
そのとき、まだ付き合ってもいない、中二のときのことが甦った。
あとで電話すればいつもと様子は変わらなかった。ただ、翌日も休校日で、『明日、どっか行くか』と誘ったときは、母親から頼まれている用事があると云って断られた。休みの日にどこか行くか、という航からの問いは、行くことを前提にしたふたりの合い言葉みたいなものだ。実那都があまり家にいたがらないことは航も感づいている。だから、少しの時間でも誘えば実那都はためらわずに乗ってきて、むしろ待っていたようにふたりで出かける。
本当に一日かかる用事だということもあり得たが、今日の昼休みの出来事で、やっぱり何かがおかしいと確信した。
「あれ、藍岬くん?」
「真弓ちゃん、実那都は?」
不思議そうにした真弓を見るかぎり、実那都がここにいないことより、航がここにいることのほうが不自然なのだ。
真弓が返事をするよりさきに、帰ったのか、と問うよりは確かめるように云うと。
「うん、なんだか急用だって、藍岬くんにメッセ送っとくって云ってたけど」
「わかった。じゃ、な」
バイバイ、と云う真弓におざなりに手を上げて応え、航は昇降口に向かった。
そうしながら実那都にどういう変化があったのか、航は思いのほか考えこんでいたようで、すれ違った足音がぴたりと止まった直後。
「航、無視かよ」
と、良哉が航を呼びとめた。
振り向くと、良哉の目が探しものをするように航の周囲をさまよい、そして良哉は首をかしげた。
「実那都を迎えにいったんじゃないのか」
「フラれた」
「は?」
「だから、置いてかれたんだって」
呆けた顔から一転、良哉は、ぶはっ、とあり得ない笑い方をした。
「あんまりしつこく好きだ好きだって云いすぎなんじゃないのか」
「好きなもんは好きなんだよ。仕方ねぇだろ」
「航、おまえ、素直だよな。感心するくらい」
「バカにしてんのか」
「だから、感心してるって云ってるだろ。実那都のどこがそんなに気に入ったんだ……って、待てよ! 実那都を否定してるわけじゃないって。おまえに対する好奇心だ」
良哉が喋っているさなか、聞き捨てならない云い方に睨みつけると、良哉はそれが攻撃のビームでもあるかのように両方の手のひらを航に向けて防御しながら弁解した。
「理由なんて知るかよ」
航は吐き捨て、一方ではじめて実那都を実那都として意識したときのことを思いだす。
「けど……中二んとき、クラス対抗のレクレーションあった日にさ、実那都はバレーチームに入っててジャンケンで負けたとかで、配給されたお茶持ちやってたんだよ。おれもそうだったけど、重そうだったから持ってってやろうかって云ったら、いいっつうんだよ。遠慮するなって持とうってしたら、そんとき実那都が云ったんだ。人が自分でできることを奪うって親切だと思ってるかもしれないけど、あんまり人のためにならないんだよ、って。なんか、人に手伝ってもらったり、何かやってもらったり、そういうのが苦手な奴もいるんだなって知った。まあ、苦手っていうんじゃなく、実那都は慣れてないんじゃねぇかって思った」
「んで、よけいにかまいたくなったってことだ。祐真が云ってた。おまえが実那都を見てることが多くなって、なんか手を出したがってるって。そのくせ、がんがん行くおまえが、らしくなく見てるだけで臆病になってるってな」
良哉はにやにやしながら航を揶揄した。
「うるせぇ。実那都からしたら、よけいなお世話だったんだろうけどな」
「で、フラれたって、昼休みのことも関係してんのか」
「はっきりはわかんねぇけど、たぶんな。ガチでよけいな世話やってる奴がいる」
航の言葉に良哉はあからさまに顔をしかめた。
「何があったんだ」
自分もひと役買うと云わんばかりに良哉は勇んだ。航はなだめるように首を横に振る。
「落ち着けって。プライドめちゃくちゃにしてやるって方法もあるけど、逆恨みでまた実那都に手を出すってことになったら本末転倒だ」
良哉は気分を切り替えるようにひとつ短く息をつき、そうして可笑しそうに口もとを歪めた。
「おまえも成長したらしいな」
「うるせぇ。急ぐから、じゃあな」
ああ、と応じる良哉の返事を聞くのもそこそこに航は昇降口に向かった。
そうして廊下から昇降口スペースに折れようとした矢先、スマホがメッセージを知らせた。
『ごめん、夕ごはん、急いで作らなくちゃいけなくなって、だからさきに帰るね!』
普通の文面だが、早く帰るなら二人乗りをして帰ったほうが断然早いのだ。
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