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第2話 ふぃーる
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音楽室は校舎の隅にあって、周囲は理科室だったり資料室だったりでひっそりとしている。ただ梅雨の時期の今日、雨が降っていて、雨音は雑音というよりは舞台の幕が上がるまえの観客のざわめきのように心地よい。
さっそくグランドピアノの鍵盤の蓋を開け、屋根を開けた良哉が感触を確かめるように指先で鍵盤に触れた。ワンフレーズ奏でた音が雨音に重なれば、ちょっとした優雅な気分になる。
祐真は黒板の反対側にある引き戸の部屋へ行って、ギターケースを持ちだしている。
実那都は窓際寄りの場所を適当に選んで椅子に座り、航はすぐ隣の机をくっつけてきて座った。
「ギターは祐真くんの? 持ってきてた?」
ギターケースを開けながら、祐真はちらりと実那都を見やった。
「いちいち持ってくるなんて面倒だ。ここに置いてる。家には別の気に入ったヤツがあるから」
「いくつ持ってるの?」
「エレキと合わせて三つ」
目を丸くした実那都を見て、ふっと笑って祐真はケースの中からギターを取りあげた。
ピアノの近くにあった椅子を持っていき、祐真は窓際に置いて座るとギターを抱えて、指慣らしの音を立てる。
ゴールデンウィーク前、祐真とふたりきりだった教室でメロディが聞こえた気がしたけれど、あのとき祐真がノートを広げてやっていたのは曲作りだったのだと思う。単純に作曲だけか、それとも詞をのせて歌を作るのか。
「見惚れてんじゃねぇ」
いきなり航の顔に視界をさえぎられたかと思うと、ほんの傍で睨むような眼差しが投げかけられた。
「見惚れてない。聞いてるだけ」
祐真と良哉が失笑しているなか、実那都が航の言葉を正すと、航はふんと鼻を鳴らして顔を離した。
「音楽室、よく借りれたね」
「中学最後の文化発表会で演奏させてもらう。そのための練習ってことで祐真は置きギターしてるし、ここを借りれてる」
「演奏? ほんと? 楽しみかも」
「かもじゃねぇ」
「……普通に楽しいって意味でちゃんと云ってる。『かも』は口癖みたいなものだから」
航は意味がわからないといったふうに大げさにため息をついて見せた。
航は白か黒か、きっとはっきりさせるタイプだろう。実那都は、どっちにもシフトチェンジできるように、いつも待機している。
「勉強するんだろ。まず準備しろ、見てやるから。っていうか、おまえ、中間の成績が悪かったのか?」
「いつもと変わらないけど、でも受験生だよ。普通に勉強しないと高校行けなくなる。航も祐真くんたちものんびりしすぎだと思う」
実那都の言葉に、航はハッと、おかしそうに声に出して笑った。
「おまえ、何番だったんだよ」
「中間? えっとクラスで十六番、全クラスで五十番台だったと思う」
実那都の答えを聞いて、航はにやりとして得意げにくちびるを歪める。
「わりぃけど、全クラスだったら、おれは十四番、祐真は七番、良哉は二番だ」
実那都は目を見開いて航を見つめた。
さっき『見てやる』と云ったのは、単に実那都の勉強に付き合うという意味かと思っていたが、もしかしたらわからないところは教えるという意味で云ったのだろうか。
それにしても、ゴールデンウィークが開けても試験勉強に励んでいる気配はまったく見られなかったのに、航たちがスタジオで楽器で遊んでいる間、ずっと勉強していた実那都のほうが成績が悪いとはどういうことだろう。遊ぶというと語弊があるほど、音楽に真剣に向き合っていることは見てきてわかっているけれど、実那都はつくづく不公平だと拗ねた気分になる。
「やってないって見せて、本当は勉強やってるってこと?」
「やってねぇとはひと言も云ってないぜ。天才じゃねぇし、これでも最低限のことはやってる。じゃねぇと親からドラムを取りあげられるからな」
「ドラムやるために勉強してるの?」
「ったりめーだ」
と、航はうらやましいほど即座に断言した。
「じゃあ、将来はみんなでバンドって仕事してる?」
「ドラム叩くのを仕事ってなふうに考えたことねぇけど……」
航は考えこむように曖昧に濁し、すると、ふたりの会話を聞いていた祐真がハハッと笑い声を立てた。
「実那都、おれたちが音楽系に進むとしても、少なくともおれの音のカラーはバンド向きじゃない。こいつらの良さを活かせてやれないんだ」
実那都にはよくわからなかったが、航も良哉も祐真の言葉に反論することはない。
「でも、良哉くんはバンドっていうよりもピアニスト志望じゃないの?」
実那都が云ったとたん、音楽室には奇妙な沈黙がはびこった。心地よかったはずの雨音が白々しく聞こえ、幕が開くのではなく、雨粒のカーテンが立ち入り禁止だと遮断するようだ。
うっかりしていた。こういう気のまわらなさが知らず知らずのうちにあって、実那都自身によって人から遠ざけられる要因をつくりだしているのかもしれなかった。
「ごめんなさ……」
それは最後まで言葉にできず。
「べつに実那都が謝ることじゃねぇ。自分のせいでもねぇことで良哉がいつまでもうじうじしすぎだ」
航は気遣いを捨て、容赦ないようでいて、その実、良哉をわざと怒らせて気晴らしをさせている。航流の励まし方だ。
その思惑どおり、良哉に気が滅入った様子はなく、反抗的な気配が窺える。航もそれに伴って顎をしゃくって挑発した。
「うじうじしてねぇって云うんなら、七月のコンクールで金賞とってみろよ」
「そのためにいま練習してんだろ。邪魔しないで、おまえは実那都とイチャイチャしてろ」
返ってきた言葉にカチンときて怒るかと思いきや。
「許可が出たぞ。イチャイチャしてやろうぜ」
航はニタニタしながら、なぜか今度は実那都に挑むような様で放った。
さっそくグランドピアノの鍵盤の蓋を開け、屋根を開けた良哉が感触を確かめるように指先で鍵盤に触れた。ワンフレーズ奏でた音が雨音に重なれば、ちょっとした優雅な気分になる。
祐真は黒板の反対側にある引き戸の部屋へ行って、ギターケースを持ちだしている。
実那都は窓際寄りの場所を適当に選んで椅子に座り、航はすぐ隣の机をくっつけてきて座った。
「ギターは祐真くんの? 持ってきてた?」
ギターケースを開けながら、祐真はちらりと実那都を見やった。
「いちいち持ってくるなんて面倒だ。ここに置いてる。家には別の気に入ったヤツがあるから」
「いくつ持ってるの?」
「エレキと合わせて三つ」
目を丸くした実那都を見て、ふっと笑って祐真はケースの中からギターを取りあげた。
ピアノの近くにあった椅子を持っていき、祐真は窓際に置いて座るとギターを抱えて、指慣らしの音を立てる。
ゴールデンウィーク前、祐真とふたりきりだった教室でメロディが聞こえた気がしたけれど、あのとき祐真がノートを広げてやっていたのは曲作りだったのだと思う。単純に作曲だけか、それとも詞をのせて歌を作るのか。
「見惚れてんじゃねぇ」
いきなり航の顔に視界をさえぎられたかと思うと、ほんの傍で睨むような眼差しが投げかけられた。
「見惚れてない。聞いてるだけ」
祐真と良哉が失笑しているなか、実那都が航の言葉を正すと、航はふんと鼻を鳴らして顔を離した。
「音楽室、よく借りれたね」
「中学最後の文化発表会で演奏させてもらう。そのための練習ってことで祐真は置きギターしてるし、ここを借りれてる」
「演奏? ほんと? 楽しみかも」
「かもじゃねぇ」
「……普通に楽しいって意味でちゃんと云ってる。『かも』は口癖みたいなものだから」
航は意味がわからないといったふうに大げさにため息をついて見せた。
航は白か黒か、きっとはっきりさせるタイプだろう。実那都は、どっちにもシフトチェンジできるように、いつも待機している。
「勉強するんだろ。まず準備しろ、見てやるから。っていうか、おまえ、中間の成績が悪かったのか?」
「いつもと変わらないけど、でも受験生だよ。普通に勉強しないと高校行けなくなる。航も祐真くんたちものんびりしすぎだと思う」
実那都の言葉に、航はハッと、おかしそうに声に出して笑った。
「おまえ、何番だったんだよ」
「中間? えっとクラスで十六番、全クラスで五十番台だったと思う」
実那都の答えを聞いて、航はにやりとして得意げにくちびるを歪める。
「わりぃけど、全クラスだったら、おれは十四番、祐真は七番、良哉は二番だ」
実那都は目を見開いて航を見つめた。
さっき『見てやる』と云ったのは、単に実那都の勉強に付き合うという意味かと思っていたが、もしかしたらわからないところは教えるという意味で云ったのだろうか。
それにしても、ゴールデンウィークが開けても試験勉強に励んでいる気配はまったく見られなかったのに、航たちがスタジオで楽器で遊んでいる間、ずっと勉強していた実那都のほうが成績が悪いとはどういうことだろう。遊ぶというと語弊があるほど、音楽に真剣に向き合っていることは見てきてわかっているけれど、実那都はつくづく不公平だと拗ねた気分になる。
「やってないって見せて、本当は勉強やってるってこと?」
「やってねぇとはひと言も云ってないぜ。天才じゃねぇし、これでも最低限のことはやってる。じゃねぇと親からドラムを取りあげられるからな」
「ドラムやるために勉強してるの?」
「ったりめーだ」
と、航はうらやましいほど即座に断言した。
「じゃあ、将来はみんなでバンドって仕事してる?」
「ドラム叩くのを仕事ってなふうに考えたことねぇけど……」
航は考えこむように曖昧に濁し、すると、ふたりの会話を聞いていた祐真がハハッと笑い声を立てた。
「実那都、おれたちが音楽系に進むとしても、少なくともおれの音のカラーはバンド向きじゃない。こいつらの良さを活かせてやれないんだ」
実那都にはよくわからなかったが、航も良哉も祐真の言葉に反論することはない。
「でも、良哉くんはバンドっていうよりもピアニスト志望じゃないの?」
実那都が云ったとたん、音楽室には奇妙な沈黙がはびこった。心地よかったはずの雨音が白々しく聞こえ、幕が開くのではなく、雨粒のカーテンが立ち入り禁止だと遮断するようだ。
うっかりしていた。こういう気のまわらなさが知らず知らずのうちにあって、実那都自身によって人から遠ざけられる要因をつくりだしているのかもしれなかった。
「ごめんなさ……」
それは最後まで言葉にできず。
「べつに実那都が謝ることじゃねぇ。自分のせいでもねぇことで良哉がいつまでもうじうじしすぎだ」
航は気遣いを捨て、容赦ないようでいて、その実、良哉をわざと怒らせて気晴らしをさせている。航流の励まし方だ。
その思惑どおり、良哉に気が滅入った様子はなく、反抗的な気配が窺える。航もそれに伴って顎をしゃくって挑発した。
「うじうじしてねぇって云うんなら、七月のコンクールで金賞とってみろよ」
「そのためにいま練習してんだろ。邪魔しないで、おまえは実那都とイチャイチャしてろ」
返ってきた言葉にカチンときて怒るかと思いきや。
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