79 / 93
第5章 いちばん近くていちばん遠い“愛してる”
21.
しおりを挟む
しばらく見られなかった――といっても、短い恋人の期間で片手に足りないほどしか見られなかったのだけれど、慈愛のような笑みが響生の顔に浮かぶ。
以前、けっしてその笑みは“娘”に向けたものではなかった。いまはどうだろう。響生の目に環和はどんなふうに映っているのか、訊いてみたいけれどそれに正直に答えられたからといってふたりの結末は変わらない。
「ちょっと待ってろ」
そう云って、リビングを出た響生はスタジオに行ったのだろう、カメラを手にしてすぐに戻ってきた。
「まずはシャワーだ」
「え?」
「服は必要ない」
最初に裸でいるところを撮られて、以来、裸を撮られても抵抗はなかった。それ以前に、響生は状況にかまわず不意打ちで撮っていた。けれど、いまは関係が違う。環和は戸惑って曖昧に首をかしげた。
「おかしなことはしない。ついでに云えばポーズも必要ない。おれが勝手に撮る」
「……おなか、ちょっと出てるかも。パンツ履いたときにきつく感じるから」
見た目はそう変わらないが体感としての変化はあって、環和がためらいがちに云うと、響生は虚を衝かれ、息の根が止まったように環和を見つめた。それが衝撃を受けた結果なら、さっき淡々サインをしたことも表面がそうあるだけで、内では少しも平気ではないのかもしれない。
響生、と声をかけると、ごまかすような笑みが返ってきた。
「スタイルを重視するなら、最初からできあがったモデルを調達する」
つまりスタイルがよくないと遠回しに毒舌を浴びせるのは、響生らしいからかい方だ。出会って半年くらいしかたっていないけれど、見てきたかぎり響生が辛口になるのは環和に対してだけだった。
「ひどい」
響生は心底から笑うのではなくただくちびるに笑みを形づくり、そしてたったそれだけのことにも力尽きたように、一瞬後には真顔になった。もっといえば、深刻にしている。
「環和、いまだけ時間を戻そう」
環和は目を見開いた。
「残酷なことを要求してるってわかってる」
響生はため息をついて自己嫌悪に陥ったようにその表情を陰らせた。
響生は清々なんてしていない。清々なんてできないから嫌われたがる。都合のいい解釈なんかではない。環和にとって残酷なら、それはきっと響生自身にとってもそうなっている。
別れようと宣告された記憶も、父親だと告白された記憶もいらない。それらをなかったことにしたくてもできない。だから、せめて未来に描いていた永遠の幸せを演じて、永遠の夢として残しておけばこれから始まる孤独の時間も少しは和らぐかもしれない。
環和はうなずいた。
「うん、わかった」
とはいえ、急に切り替えられるものでもない。それを察したのだろう。いや、それはお互い様なのだろう。響生はくちびるを歪めるような馴染みの笑い方を見せた。そうしてから、首をかすかにひねってどこかエロティックさを装い、案の定――
「脱げよ」
「……ここで?」
目を丸くすると、響生は揶揄を込めて眉を跳ねあげ、にやりとすると無言で認めた。
「締まりのないエロオジサンて感じ」
「オジサンが好きなんだろう。それに、エロティックな欲求がなくなったら男は終わってる」
「開き直ってない?」
わずかに口を尖らせる寸前、響生がカメラをかまえて、それからシャッター音が連続した。
「ヘンな顔してたのに」
「おれの腕がいいってことを忘れた発言だな」
「でもわたし、もともとがきれいなんだって」
かまえたカメラをおろして響生はじっと環和を見つめる。からかうかと思いきや――
「そう気づいたんなら、もっと自信を持ってやっていけ」
と、恋人としてよりもプロセスを経た大人としての助言といった気配で環和の後押しをした。
「うん。脱ぐのエロティックなほうがいい?」
「そう見せるのがおれのテクだ」
「云い方が嫌らしくない?」
響生は薄く笑ってやりすごした。
こんなふうに大人然として振る舞われると、環和も闘志を掻きたてられる。環和は戸惑いを捨てて、大胆に服を脱ぎ始めた。
以前、けっしてその笑みは“娘”に向けたものではなかった。いまはどうだろう。響生の目に環和はどんなふうに映っているのか、訊いてみたいけれどそれに正直に答えられたからといってふたりの結末は変わらない。
「ちょっと待ってろ」
そう云って、リビングを出た響生はスタジオに行ったのだろう、カメラを手にしてすぐに戻ってきた。
「まずはシャワーだ」
「え?」
「服は必要ない」
最初に裸でいるところを撮られて、以来、裸を撮られても抵抗はなかった。それ以前に、響生は状況にかまわず不意打ちで撮っていた。けれど、いまは関係が違う。環和は戸惑って曖昧に首をかしげた。
「おかしなことはしない。ついでに云えばポーズも必要ない。おれが勝手に撮る」
「……おなか、ちょっと出てるかも。パンツ履いたときにきつく感じるから」
見た目はそう変わらないが体感としての変化はあって、環和がためらいがちに云うと、響生は虚を衝かれ、息の根が止まったように環和を見つめた。それが衝撃を受けた結果なら、さっき淡々サインをしたことも表面がそうあるだけで、内では少しも平気ではないのかもしれない。
響生、と声をかけると、ごまかすような笑みが返ってきた。
「スタイルを重視するなら、最初からできあがったモデルを調達する」
つまりスタイルがよくないと遠回しに毒舌を浴びせるのは、響生らしいからかい方だ。出会って半年くらいしかたっていないけれど、見てきたかぎり響生が辛口になるのは環和に対してだけだった。
「ひどい」
響生は心底から笑うのではなくただくちびるに笑みを形づくり、そしてたったそれだけのことにも力尽きたように、一瞬後には真顔になった。もっといえば、深刻にしている。
「環和、いまだけ時間を戻そう」
環和は目を見開いた。
「残酷なことを要求してるってわかってる」
響生はため息をついて自己嫌悪に陥ったようにその表情を陰らせた。
響生は清々なんてしていない。清々なんてできないから嫌われたがる。都合のいい解釈なんかではない。環和にとって残酷なら、それはきっと響生自身にとってもそうなっている。
別れようと宣告された記憶も、父親だと告白された記憶もいらない。それらをなかったことにしたくてもできない。だから、せめて未来に描いていた永遠の幸せを演じて、永遠の夢として残しておけばこれから始まる孤独の時間も少しは和らぐかもしれない。
環和はうなずいた。
「うん、わかった」
とはいえ、急に切り替えられるものでもない。それを察したのだろう。いや、それはお互い様なのだろう。響生はくちびるを歪めるような馴染みの笑い方を見せた。そうしてから、首をかすかにひねってどこかエロティックさを装い、案の定――
「脱げよ」
「……ここで?」
目を丸くすると、響生は揶揄を込めて眉を跳ねあげ、にやりとすると無言で認めた。
「締まりのないエロオジサンて感じ」
「オジサンが好きなんだろう。それに、エロティックな欲求がなくなったら男は終わってる」
「開き直ってない?」
わずかに口を尖らせる寸前、響生がカメラをかまえて、それからシャッター音が連続した。
「ヘンな顔してたのに」
「おれの腕がいいってことを忘れた発言だな」
「でもわたし、もともとがきれいなんだって」
かまえたカメラをおろして響生はじっと環和を見つめる。からかうかと思いきや――
「そう気づいたんなら、もっと自信を持ってやっていけ」
と、恋人としてよりもプロセスを経た大人としての助言といった気配で環和の後押しをした。
「うん。脱ぐのエロティックなほうがいい?」
「そう見せるのがおれのテクだ」
「云い方が嫌らしくない?」
響生は薄く笑ってやりすごした。
こんなふうに大人然として振る舞われると、環和も闘志を掻きたてられる。環和は戸惑いを捨てて、大胆に服を脱ぎ始めた。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる