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第5章 いちばん近くていちばん遠い“愛してる”

21.

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 しばらく見られなかった――といっても、短い恋人の期間で片手に足りないほどしか見られなかったのだけれど、慈愛のような笑みが響生の顔に浮かぶ。
 以前、けっしてその笑みは“娘”に向けたものではなかった。いまはどうだろう。響生の目に環和はどんなふうに映っているのか、訊いてみたいけれどそれに正直に答えられたからといってふたりの結末は変わらない。

「ちょっと待ってろ」
 そう云って、リビングを出た響生はスタジオに行ったのだろう、カメラを手にしてすぐに戻ってきた。
「まずはシャワーだ」
「え?」
「服は必要ない」
 最初に裸でいるところを撮られて、以来、裸を撮られても抵抗はなかった。それ以前に、響生は状況にかまわず不意打ちで撮っていた。けれど、いまは関係が違う。環和は戸惑って曖昧に首をかしげた。

「おかしなことはしない。ついでに云えばポーズも必要ない。おれが勝手に撮る」
「……おなか、ちょっと出てるかも。パンツ履いたときにきつく感じるから」
 見た目はそう変わらないが体感としての変化はあって、環和がためらいがちに云うと、響生は虚を衝かれ、息の根が止まったように環和を見つめた。それが衝撃を受けた結果なら、さっき淡々サインをしたことも表面がそうあるだけで、内では少しも平気ではないのかもしれない。
 響生、と声をかけると、ごまかすような笑みが返ってきた。
「スタイルを重視するなら、最初からできあがったモデルを調達する」
 つまりスタイルがよくないと遠回しに毒舌を浴びせるのは、響生らしいからかい方だ。出会って半年くらいしかたっていないけれど、見てきたかぎり響生が辛口になるのは環和に対してだけだった。

「ひどい」
 響生は心底から笑うのではなくただくちびるに笑みを形づくり、そしてたったそれだけのことにも力尽きたように、一瞬後には真顔になった。もっといえば、深刻にしている。
「環和、いまだけ時間を戻そう」
 環和は目を見開いた。
「残酷なことを要求してるってわかってる」
 響生はため息をついて自己嫌悪に陥ったようにその表情を陰らせた。

 響生は清々なんてしていない。清々なんてできないから嫌われたがる。都合のいい解釈なんかではない。環和にとって残酷なら、それはきっと響生自身にとってもそうなっている。
 別れようと宣告された記憶も、父親だと告白された記憶もいらない。それらをなかったことにしたくてもできない。だから、せめて未来に描いていた永遠の幸せを演じて、永遠の夢として残しておけばこれから始まる孤独の時間も少しは和らぐかもしれない。
 環和はうなずいた。
「うん、わかった」

 とはいえ、急に切り替えられるものでもない。それを察したのだろう。いや、それはお互い様なのだろう。響生はくちびるを歪めるような馴染みの笑い方を見せた。そうしてから、首をかすかにひねってどこかエロティックさを装い、案の定――
「脱げよ」
「……ここで?」
 目を丸くすると、響生は揶揄を込めて眉を跳ねあげ、にやりとすると無言で認めた。
「締まりのないエロオジサンて感じ」
「オジサンが好きなんだろう。それに、エロティックな欲求がなくなったら男は終わってる」
「開き直ってない?」
 わずかに口を尖らせる寸前、響生がカメラをかまえて、それからシャッター音が連続した。

「ヘンな顔してたのに」
「おれの腕がいいってことを忘れた発言だな」
「でもわたし、もともとがきれいなんだって」
 かまえたカメラをおろして響生はじっと環和を見つめる。からかうかと思いきや――
「そう気づいたんなら、もっと自信を持ってやっていけ」
 と、恋人としてよりもプロセスを経た大人としての助言といった気配で環和の後押しをした。
「うん。脱ぐのエロティックなほうがいい?」
「そう見せるのがおれのテクだ」
「云い方が嫌らしくない?」
 響生は薄く笑ってやりすごした。
 こんなふうに大人然として振る舞われると、環和も闘志を掻きたてられる。環和は戸惑いを捨てて、大胆に服を脱ぎ始めた。
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