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第3章 恋は刹那の嵐のようで
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石ころにつまずいて転ばないよう、環和は足もとに注意を払ってスタッフの待機場所に戻った。近くまできて顔を上げると、恵と京香、そして友樹の視線が環和に集まっている。京香が椅子から立ち上がって、わざわざやってきた。
「環和ちゃん、安西さんにいつも撮ってもらってるの?」
ほぼ想像どおりの質問がきた。
「はい……」
「いいなぁ、羨ましい!」
環和の返事をさえぎって、京香は目を丸くしながら羨望の眼差しを向けてくる。
「京香さんもいま撮られてましたよね?」
「わたしは仕事だもの。環和ちゃんが撮影料を払ってるって云うんなら同じだけど?」
「あー……払ってないですね。でも……」
「安西さん、被写体としてあなたに興味持ったのかしら」
またもや環和はさえぎられた。公の場では『安西さん』と呼ぶ恵は、環和の全身を眺めると――
「高級なものばかりだからこそ、たまには変わったもの食べたいわよね」
と、明らかに二重の意味を込めて当て擦っている。
「そんなんじゃありません。京香さんはきれいに撮れてあたりまえだって云ったら、響生が勝手に応戦してきただけ」
ぷっと吹きだしたのは友樹だ。
「先生、プライドを刺激されたんでしょうね」
「うまい手、考えたわね」
どういう意味だろう。恵は皮肉ではなく納得したような様で云い、なお且つおもしろがっている。
このまえミニョンで再会したときもあったけれど――それは勘違いかと思ったのに、いまもまた恵が環和を心底から嫌っているというふうには見えない。お高くとまった人かと思いきや、物言いは容赦なくてもそう害になるような人ではないのかもしれない。
「あのカメラ、環和さん専用みたいだし、見るのが楽しみですね」
友樹はよけいなことを云う。はじめて撮られた写真がお尻丸出しだったことを思いだすまでもなく脳裡に浮上して、環和は恵と京香の視線を感じながら友樹に向かって首をすくめた。
「友樹くん、あれはだれにも……」
「何が楽しみだって?」
三人め、背後から環和をさえぎったのは響生だった。
拗ねた気分も三人と話しているうちに半分くらいはおさまった。けれど、拗ねた原因を軽く受け流されたくはなくて、環和はなんとかうさぎみたいに反応するのを堪えた。
「環和さんの写真です。きれいに撮れてるんですよね。先生の腕を見てみたいと思って」
友樹は妙に『きれい』という言葉を強調して云い、それは伝わったのか、環和の横に来た響生は、ため息なのか笑ったのか、短く吐息を漏らした。
「環和がなんて云ったか知らないけど、プライベートショットだ。見せてもらいたいなら環和に頼んだらいい。おれに権限はない」
「恥ずかしいからだれにも見せない」
「だそうだ」
ヌードも撮っているわけだから見られて困るのは響生も同様のはずが、環和に選択権を与えて、間接的に疾しさなどないと他者に潔白を植えつけている。
「安西さん、わたしはプライベートで撮る気になれない?」
京香は首をかしげて、いかにも可憐だ。
こんなふうに縋るように見つめられてよくなびかないものだと感心したのは一瞬、響生が環和とのことを引き際だと思っているとしたら渡りに船かもしれない。京香に乗り換えて、こっぴどく環和を振ればいい。
「いまは環和で手いっぱいだ。こうやって何かの合間に撮るくらいしかできてないから」
一見、響生はうまく逃れた。ただし、『いまは』と付け加えたことでどんなふうにも解釈できる。
例えば、環和がいなくなれば、とか、単純に、あとでなら、とか。
「じゃあ順番待ちしてます」
案の定、京香も負けていなくて、その様子を見てもあきらめたふうではない。冗談っぽい云い方ではあっても、きっと本音だ。
響生がきっぱりと撮らないと云わなかったのは、気を遣ったのか、それとも将来に可能性を持たせたのか、どっちだろう。
響生が果たしてなんと応えるのか、固唾を呑んで見守っていると、恵のスマホから音楽が流れだして邪魔をした。
恵が応答している声に紛らせて、環和はため息をついた。
「勇くんのラフティング、もう出発するらしいわ」
恵は電話を切るなり、響生に撮影の再開を知らせた。
「オーケー。友樹」
「はい」
響生は友樹が差しだしたカメラと環和専用のカメラを取り替え、川のほうへ向かった。
「環和ちゃん、安西さんにいつも撮ってもらってるの?」
ほぼ想像どおりの質問がきた。
「はい……」
「いいなぁ、羨ましい!」
環和の返事をさえぎって、京香は目を丸くしながら羨望の眼差しを向けてくる。
「京香さんもいま撮られてましたよね?」
「わたしは仕事だもの。環和ちゃんが撮影料を払ってるって云うんなら同じだけど?」
「あー……払ってないですね。でも……」
「安西さん、被写体としてあなたに興味持ったのかしら」
またもや環和はさえぎられた。公の場では『安西さん』と呼ぶ恵は、環和の全身を眺めると――
「高級なものばかりだからこそ、たまには変わったもの食べたいわよね」
と、明らかに二重の意味を込めて当て擦っている。
「そんなんじゃありません。京香さんはきれいに撮れてあたりまえだって云ったら、響生が勝手に応戦してきただけ」
ぷっと吹きだしたのは友樹だ。
「先生、プライドを刺激されたんでしょうね」
「うまい手、考えたわね」
どういう意味だろう。恵は皮肉ではなく納得したような様で云い、なお且つおもしろがっている。
このまえミニョンで再会したときもあったけれど――それは勘違いかと思ったのに、いまもまた恵が環和を心底から嫌っているというふうには見えない。お高くとまった人かと思いきや、物言いは容赦なくてもそう害になるような人ではないのかもしれない。
「あのカメラ、環和さん専用みたいだし、見るのが楽しみですね」
友樹はよけいなことを云う。はじめて撮られた写真がお尻丸出しだったことを思いだすまでもなく脳裡に浮上して、環和は恵と京香の視線を感じながら友樹に向かって首をすくめた。
「友樹くん、あれはだれにも……」
「何が楽しみだって?」
三人め、背後から環和をさえぎったのは響生だった。
拗ねた気分も三人と話しているうちに半分くらいはおさまった。けれど、拗ねた原因を軽く受け流されたくはなくて、環和はなんとかうさぎみたいに反応するのを堪えた。
「環和さんの写真です。きれいに撮れてるんですよね。先生の腕を見てみたいと思って」
友樹は妙に『きれい』という言葉を強調して云い、それは伝わったのか、環和の横に来た響生は、ため息なのか笑ったのか、短く吐息を漏らした。
「環和がなんて云ったか知らないけど、プライベートショットだ。見せてもらいたいなら環和に頼んだらいい。おれに権限はない」
「恥ずかしいからだれにも見せない」
「だそうだ」
ヌードも撮っているわけだから見られて困るのは響生も同様のはずが、環和に選択権を与えて、間接的に疾しさなどないと他者に潔白を植えつけている。
「安西さん、わたしはプライベートで撮る気になれない?」
京香は首をかしげて、いかにも可憐だ。
こんなふうに縋るように見つめられてよくなびかないものだと感心したのは一瞬、響生が環和とのことを引き際だと思っているとしたら渡りに船かもしれない。京香に乗り換えて、こっぴどく環和を振ればいい。
「いまは環和で手いっぱいだ。こうやって何かの合間に撮るくらいしかできてないから」
一見、響生はうまく逃れた。ただし、『いまは』と付け加えたことでどんなふうにも解釈できる。
例えば、環和がいなくなれば、とか、単純に、あとでなら、とか。
「じゃあ順番待ちしてます」
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響生がきっぱりと撮らないと云わなかったのは、気を遣ったのか、それとも将来に可能性を持たせたのか、どっちだろう。
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恵が応答している声に紛らせて、環和はため息をついた。
「勇くんのラフティング、もう出発するらしいわ」
恵は電話を切るなり、響生に撮影の再開を知らせた。
「オーケー。友樹」
「はい」
響生は友樹が差しだしたカメラと環和専用のカメラを取り替え、川のほうへ向かった。
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