上 下
32 / 93
第3章 恋は刹那の嵐のようで

4.

しおりを挟む
 石ころにつまずいて転ばないよう、環和は足もとに注意を払ってスタッフの待機場所に戻った。近くまできて顔を上げると、恵と京香、そして友樹の視線が環和に集まっている。京香が椅子から立ち上がって、わざわざやってきた。
「環和ちゃん、安西さんにいつも撮ってもらってるの?」
 ほぼ想像どおりの質問がきた。
「はい……」
「いいなぁ、羨ましい!」
 環和の返事をさえぎって、京香は目を丸くしながら羨望の眼差しを向けてくる。

「京香さんもいま撮られてましたよね?」
「わたしは仕事だもの。環和ちゃんが撮影料を払ってるって云うんなら同じだけど?」
「あー……払ってないですね。でも……」
「安西さん、被写体としてあなたに興味持ったのかしら」
 またもや環和はさえぎられた。公の場では『安西さん』と呼ぶ恵は、環和の全身を眺めると――
「高級なものばかりだからこそ、たまには変わったもの食べたいわよね」
 と、明らかに二重の意味を込めて当て擦っている。

「そんなんじゃありません。京香さんはきれいに撮れてあたりまえだって云ったら、響生が勝手に応戦してきただけ」
 ぷっと吹きだしたのは友樹だ。
「先生、プライドを刺激されたんでしょうね」
「うまい手、考えたわね」
 どういう意味だろう。恵は皮肉ではなく納得したような様で云い、なお且つおもしろがっている。
 このまえミニョンで再会したときもあったけれど――それは勘違いかと思ったのに、いまもまた恵が環和を心底から嫌っているというふうには見えない。お高くとまった人かと思いきや、物言いは容赦なくてもそう害になるような人ではないのかもしれない。

「あのカメラ、環和さん専用みたいだし、見るのが楽しみですね」
 友樹はよけいなことを云う。はじめて撮られた写真がお尻丸出しだったことを思いだすまでもなく脳裡に浮上して、環和は恵と京香の視線を感じながら友樹に向かって首をすくめた。
「友樹くん、あれはだれにも……」
「何が楽しみだって?」
 三人め、背後から環和をさえぎったのは響生だった。
 拗ねた気分も三人と話しているうちに半分くらいはおさまった。けれど、拗ねた原因を軽く受け流されたくはなくて、環和はなんとかうさぎみたいに反応するのを堪えた。

「環和さんの写真です。きれいに撮れてるんですよね。先生の腕を見てみたいと思って」
 友樹は妙に『きれい』という言葉を強調して云い、それは伝わったのか、環和の横に来た響生は、ため息なのか笑ったのか、短く吐息を漏らした。
「環和がなんて云ったか知らないけど、プライベートショットだ。見せてもらいたいなら環和に頼んだらいい。おれに権限はない」
「恥ずかしいからだれにも見せない」
「だそうだ」
 ヌードも撮っているわけだから見られて困るのは響生も同様のはずが、環和に選択権を与えて、間接的に疾しさなどないと他者に潔白を植えつけている。

「安西さん、わたしはプライベートで撮る気になれない?」
 京香は首をかしげて、いかにも可憐だ。
 こんなふうに縋るように見つめられてよくなびかないものだと感心したのは一瞬、響生が環和とのことを引き際だと思っているとしたら渡りに船かもしれない。京香に乗り換えて、こっぴどく環和を振ればいい。
「いまは環和で手いっぱいだ。こうやって何かの合間に撮るくらいしかできてないから」
 一見、響生はうまく逃れた。ただし、『いまは』と付け加えたことでどんなふうにも解釈できる。
 例えば、環和がいなくなれば、とか、単純に、あとでなら、とか。
「じゃあ順番待ちしてます」
 案の定、京香も負けていなくて、その様子を見てもあきらめたふうではない。冗談っぽい云い方ではあっても、きっと本音だ。

 響生がきっぱりと撮らないと云わなかったのは、気を遣ったのか、それとも将来に可能性を持たせたのか、どっちだろう。
 響生が果たしてなんと応えるのか、固唾を呑んで見守っていると、恵のスマホから音楽が流れだして邪魔をした。
 恵が応答している声に紛らせて、環和はため息をついた。
「勇くんのラフティング、もう出発するらしいわ」
 恵は電話を切るなり、響生に撮影の再開を知らせた。
「オーケー。友樹」
「はい」
 響生は友樹が差しだしたカメラと環和専用のカメラを取り替え、川のほうへ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

呪いのせいで太ったら離婚宣告されました!どうしましょう!

ルーシャオ
恋愛
若きグレーゼ侯爵ベレンガリオが半年間の遠征から帰ると、愛するグレーゼ侯爵夫人ジョヴァンナがまるまると太って出迎え、あまりの出来事にベレンガリオは「お前とは離婚する」と言い放ちました。 しかし、ジョヴァンナが太ったのはあくまでベレンガリオへ向けられた『呪い』を代わりに受けた影響であり、決して不摂生ではない……と弁解しようとしますが、ベレンガリオは呪いを信じていません。それもそのはず、おとぎ話に出てくるような魔法や呪いは、とっくの昔に失われてしまっているからです。 仕方なく、ジョヴァンナは痩せようとしますが——。 愛している妻がいつの間にか二倍の体重になる程太ったための離婚の危機、グレーゼ侯爵家はどうなってしまうのか。

絵描き令嬢は元辺境伯の愛に包まれスローライフを謳歌する

(旧32)光延ミトジ
恋愛
旧題:絵描き令嬢は北の老公と結婚生活という名のスローライフを送ることにしました。 ローズハート男爵家の長女アメリアは幼い頃に母を亡くし、それ以来、父や義母、異母妹と馴染めず疎外されて生きてきた。 そのため彼女は家族が暮らす王都の屋敷を早々に去り、小さな自領に引っ込んで、趣味の絵を描いて暮らしている。幸いアメリアには才能があったようで、画商によって絵はそこそこ売れていた。 王国には長子相続の慣例があるため、いずれは自分が婿を取って家督を継ぐことになると思っていたのだが、どうやら慣例は無視して異母妹が男爵家の後継者になるらしい。アメリアは今後の進退を考えなければいけなくなった。 そんな時、彼女の元に北の辺境伯領から婚姻の申し込みがくる。申し込んできた相手は、国の英雄と呼ばれる、御年六十を越える人物だ。 (なんでわたしに?) 疑問は晴れないが、身分差もあり断ることはできない。とはいえ特に悲観することもなく、アメリアは北の辺境伯領へ発つのだった。 ╶ ╶ ╶ ╶ ╶ ╶ ╶ ╶ ╶ ╶ ╶ ╶ ╶ ╶ ╶ ╶ ╶ ­­╶ ╶ ╶ ╶ 2024年10月末、ありがたいことに書籍化させていただきました。それに伴いWeb連載の該当箇所、1章から3章を引き下げております。書籍に未収録の部分は『another』として残しておりますので、刊行版と併せてお楽しみいただければ幸いです。

【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」  申し訳なさそうに眉を下げながら。  でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、 「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」  別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。  獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。 『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』 『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』  ――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。  だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。  夫であるジョイを愛しているから。  必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。  アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。  顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。  夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。 

悪役王子~破滅を回避するため誠実に生きようと思います。

葉月
恋愛
「どうしてこうなった……」 トラックに跳ねられて死んだはずの俺は、某ギャルゲーの主人公ジェノス王子になっていた。 え? ヒキニートからジョブチェンジしてイケメン王子で良かったねだって? そんな事はない!! 俺が前世を思い出したのはつい数分前。 イヤアアアアア!? 思い出した瞬間、ショックのあまりか弱い乙女さながら気絶した。 このゲームにはエンディングが一つしか存在せず、最後は必ず主人公(俺)の処刑で幕が下りる。 前世でトラックに跳ねられて、今世は死刑台!? そんなのは絶対に嫌だ! バッドエンドを回避すべく、俺は全力で玉座から逃げることを決意。 え? 主人公がいなきゃ本編が始まらない? 知らんがな! だが、逃げるために向かった王立アルカバス魔法学院では、俺を死に追い詰める者達が!? すべては王国のため、この世界の平和のため、そんな訳がない! 全てはバッドエンド回避のため! 全力で逃げきろうと思います。 【小説家になろう】でも公開してます。 ひとまずアルファポリス版は完結です! なろう版の方では来月10月から2章突入です!

2度もあなたには付き合えません

cyaru
恋愛
1度目の人生。 デヴュタントで「君を見初めた」と言った夫ヴァルスの言葉は嘘だった。 ヴァルスは思いを口にすることも出来ない恋をしていた。相手は王太子妃フロリア。 フロリアは隣国から嫁いで来たからか、自由気まま。当然その所業は貴族だけでなく民衆からも反感を買っていた。 ヴァルスがオデットに婚約、そして結婚を申し込んだのはフロリアの所業をオデットが惑わせたとして罪を着せるためだった。 ヴァルスの思惑通りに貴族や民衆の敵意はオデットに向けられ遂にオデットは処刑をされてしまう。 処刑場でオデットはヴァルスがこんな最期の時まで自分ではなくフロリアだけを愛し気に見つめている事に「もう一度生まれ変われたなら」と叶わぬ願いを胸に抱く。 そして、目が覚めると見慣れた光景がオデットの目に入ってきた。 ヴァルスが結婚を前提とした婚約を申し込んでくる切欠となるデヴュタントの日に時間が巻き戻っていたのだった。 「2度もあなたには付き合えない」 デヴュタントをドタキャンしようと目論むオデットだが衣装も用意していて参加は不可避。 あの手この手で前回とは違う行動をしているのに何故かヴァルスに目を付けられてしまった。 ※章で分けていますが序章は1回目の人生です。 ※タグの①は1回目の人生、②は2回目の人生です ※初日公開分の1回目の人生は苛つきます。 ★↑例の如く恐ろしく、それはもう省略しまくってます。 ★11月2日投稿開始、完結は11月4日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

処理中です...