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第2章 不可視の類似

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 公休日、環和は午後三時という中途半端な時間にスタジオ・ラハザを訪れた。門扉の柱に取りつけられたインターホンを鳴らす。
 三月の終わり、はじめてここに来た日から一カ月がたった。季節的には春と呼ぶけれど、今日は曇りがちで、コートは着ているものの肌寒い。環和は延々と待たされた。
 門扉のすき間から敷地内を覗けば、響生の車もあれば、響生のものではない車も三台ほど見える。いかにも業者の運搬車と社用車だ。

 仕事中だというのは見当がつくけれど、それにしても――と、思いきって門扉をよじ登るか壊そうかと腹が立ってきたところで、開錠された音が聞こえた。
 わざわざ出てくることなくスタジオからワンタッチで開けられるのなら、すぐそうしてくれればいいのに。環和は内心で文句を云いながら敷地内に進んだ。
 そっと家のなかに入ると、シューズボックスには見かけない靴がいくつも並んでいた。環和は空いたところにヒールをしまい、忍び足でスタジオのほうに向かった。
 ドアの向こうから聞こえるのは、呼びかける声だったりシャッター音だったり足音だったりで、きっと撮影の真っ最中だ。環和は音を立てないように、ゆっくりとドアを開いた。

 撮影をやっているのは奥のほうで、環和は静かにドアを閉めると、ちょっとだけ奥に進んで遠巻きに眺めた。
 照明やら撮影用アンブレラやら扇風機やら、大型の機材が――環和から見れば適当に置いてあるなか、バックスクリーンを背にしてスーツ姿の若い男性が立っている。
 その顔に焦点を当てるなり、環和は俳優の琴吹勇ことぶきいさむだとわかった。京香と同じ二十五歳で、ドラマや映画、そしてCMに引っ張りだこだ。テレビをつけていれば、その顔を見ない日はない。

「環和さん、先生から伝言」
 撮影風景に見入っていると、アシスタントをやっているアルバイト生、溝口友樹みぞぐちともきがいつの間にか傍に来ていた。
「伝言? 何?」
「邪魔しに来たんじゃないんならコーヒーくらい出せ、だそうです」
 友樹は響生に心酔している。響生の口調を真似てそっくりそのまま環和に伝えたに違いなかった。
 むっとしたものの、友樹に当たってもしかたがない。
「わ、か、り、ま、し、た」
 嫌味ったらしく了解すると、友樹は苦笑しながら、よろしくお願いします、と云って現場に戻った。

 この一カ月、響生が云うところの『邪魔』をしに何度か来ていて勝手はわかっている。環和は撮影スペースとは反対側にある、スタジオ専用の給湯室に入った。
 コートを脱ぐと、環和はコーヒーサーバーをセットしてスイッチを入れた。
 はじめてコーヒーサーバーを扱ったときはまったく使い方がわからず、響生からいつもの小馬鹿にした云い方で教わった。響生の態度に対して癪に障ることは多い。けれど、押しかけても拒まれないし、響生といると不思議な居心地の良さがある。
 なんだろう、響生の前だと気取らなくていいのだ。いや、だれかの前で特別に気取っているつもりもなく神経質に気遣うこともないつもりだったけれど、知らず知らずのうちに気を張っているのかもしれない。響生と会って、そう気づかされた。

「環和、用意できたか」
 ふいに背後から声がかかる。びくっとしながら環和は片手で持ったカップを慌ててもう一方の手で支えた。安定したのを見届け、環和は顔だけ動かして振り向く。
「いきなり呼びかけないで! コーヒー、こぼしそうになったんだから」
「じゃあ、どう声かければいいんだ」
 響生は環和の耳に届くほどの大きなため息をついたあと、呆れきった声で問う。
「……ノックしてからのほうがいいかも」
「おれのスタジオだ」
 と云われれば、ぐうの音も出ない。
 それでどっちが悪いんだ? と云わんばかりの様子で響生は首をひねった。
「考え事をしてたからびっくりしただけ」
 響生は悪くない、と間接的に答えると響生は口を歪めた。
「今日の撮影は口外無用だ。ラハザのスタッフっぽくしとけよ」
 こういうところだ。響生は環和が身内みたいな扱いをする。それが離れがたいくらいに居心地をよくしていた。
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