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第1章 でも、好きかもしれない
10.
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スライドドアを閉めると、さっきまでの強気はどこへやら、環和は脱力しそうなほどため息をついた。
どうしてこうなったのか、よく把握できていない。
勝手に青田と張り合って、自分が見得を切ったことまではわかっている。帰れと云われて、屁理屈みたいなことを云って帰らなかったのは環和だ。これが未成年なら、圧倒的に安西のほうが悪い。あいにくと環和はとっくに成人式を終えているし、責任を取ってもらうと云った安西が本当に写真を撮るために招いたわけではないことも薄々感づいていた。いや、感づいていたというのは控えめな云い方で、環和はただ自分をごまかしていただけだ。
のこのことついてきたのは環和であり、安西がその気になっても批難はできない。把握できていないのは自分の行動だ。
ただ似ているというだけのことに引かれて無謀なことに及んでいるのなら、自分は相当にコンプレックスを抱いていることになる。
どうしよう。
帰ると云ったら安西は帰してくれるだろう。そう思うのは環和の都合にすぎない。安西に良識があるとは限らないのだ。人間の恰好をしたケダモノという可能性だって大いにある。第一、会って間もない、あまつさえよく知りもしない相手とセックスをしようなんて気になるのは、安西の歳からすれば軽率すぎないだろうか。それもまた、環和が抱く偏見なのか。
ふと、背後で滑るような静かな音が立った。それがスライドドアの開く音で、人の気配が安西のものであることは云うまでもない。頭が混乱したまま何もできないうちに、環和は窮地に陥ったようだ。
背後から吐息が聞こえる。それが笑ったのか呆れたのかはわからない。
「早く出たのは逃げるためじゃなかったのか?」
そんな言葉が降りかかり、環和はおもむろに振り向いた。その発言からすると、逃げる猶予を環和に与えていたらしく、ということは、さっきの吐息は呆れた結果だ。
「水が嫌いなだけ」
内心では戸惑っているのに、つい強気な云い方をしてしまう。長年の癖で、いまさら直すことは難しい。
そうして環和の云い訳はまた屁理屈だと捉えられるかと思ったのに、安西は意外にも眉をひそめて、ごく真剣に受けとめた様子だ。
「溺れたことがあるとか?」
「ない。なんとなく嫌いって感じ」
環和の返事からふざけていると判断したのだろう、安西は目を細めて素っ気なさを纏う。互いに裸という関係にはそぐわない会話だが、本当にそぐわないのは見知らぬ他人と云っていいにもかかわらず互いが裸であることだ。
「もう戯れ言はいい。ここからは大人の時間だ」
首をひねって安西は云い放ち、唐突に上体を折ったかと思った次には、環和の躰がすくいあげられていた。
不意打ちで躰が浮き、環和は悲鳴をあげて縋りつく。頼りは安西しか選択肢がなく、腕を太い首に巻きつけた。シャワーを浴びたばかりの濡れた躰が吸いつくように密着する。
服はインターナショナルサイズのXSが入る程度には細いものの、安西は四十五キロという体重を感じさせない足取りで歩きだした。
リビングに行くまでもなく廊下に出てすぐ左側のドアが開いていて、安西はそこに入っていった。首をまわしてみると、やたらと大きいベッドに占領されたベッドルームだった。
掛けふとんは剥ぐられていて、環和はシーツの上におろされる。ベッドの揺れがおさまる間もなく安西もベッドに上がってきた。環和の脚をつかんでそれぞれ左右に押しのけるように開くと、安西はその間に入りこんだ。
環和と目が合ったのは一瞬で、安西の目はだんだんと伏せられていく。とどまったのは適度にボリュームのある胸の上だ。ふくらみという以上に形をそう崩すことなく盛りあがっている。
旅行で温泉に入ったときに女友だちからうらやましそうに見られたことはあっても、異性から――しかも欲情を持って見られた経験はない。胸のトップが視線に焼かれているかのように疼き始めた。鼓動が躰の表面に現れているんじゃないかと思うくらい落ち着かない。
すくんだように動けず、環和はただ安西を眺めた。
目を伏せがちにした安西の面持ちは、同年代の男たちと違って端整ななかにも妖しさがある。歳を重ねればその過程の結果が顔に表れるとは聞くけれど、こんなふうに深みが増す過程とはどんなものだろう。
考えても環和の浅い経験では思い浮かばない。けれど、一つだけ思いついた。
「もしかして奥さんいる?」
「それでもほかの女を連れこむような下劣な男だって云いたいのか?」
結婚をして何かしら苦労をしたのかと勘繰ったが、安西は呆れきった声音で云い、即ち、結婚はしていないのだ。
「別居中だとか、旅行中だとかあるでしょ。女物の化粧品とか石鹸とか、普通にあったし」
「女を連れこむことはある。それだけだ。惠に置かせたんだ。そしたらおまえみたいに、連れこんだとしてもほかにも女がいるって判断して深入りしてこない」
そうまでして自分に好意を持つ女性をけん制するのは、単純に独身が気に入っているからだろうか。環和も人と親密になりすぎるのは苦手だったが、安西はそれ以上に徹底している気がする。
「……惠って?」
「さっき会って話しただろう」
青田のことだ。彼女の名が出てくると、また別のことが気になる。
「惠さんとはどういう関係?」
気づいたときは訊ねていて、安西はひどく目を細めた。
どうしてこうなったのか、よく把握できていない。
勝手に青田と張り合って、自分が見得を切ったことまではわかっている。帰れと云われて、屁理屈みたいなことを云って帰らなかったのは環和だ。これが未成年なら、圧倒的に安西のほうが悪い。あいにくと環和はとっくに成人式を終えているし、責任を取ってもらうと云った安西が本当に写真を撮るために招いたわけではないことも薄々感づいていた。いや、感づいていたというのは控えめな云い方で、環和はただ自分をごまかしていただけだ。
のこのことついてきたのは環和であり、安西がその気になっても批難はできない。把握できていないのは自分の行動だ。
ただ似ているというだけのことに引かれて無謀なことに及んでいるのなら、自分は相当にコンプレックスを抱いていることになる。
どうしよう。
帰ると云ったら安西は帰してくれるだろう。そう思うのは環和の都合にすぎない。安西に良識があるとは限らないのだ。人間の恰好をしたケダモノという可能性だって大いにある。第一、会って間もない、あまつさえよく知りもしない相手とセックスをしようなんて気になるのは、安西の歳からすれば軽率すぎないだろうか。それもまた、環和が抱く偏見なのか。
ふと、背後で滑るような静かな音が立った。それがスライドドアの開く音で、人の気配が安西のものであることは云うまでもない。頭が混乱したまま何もできないうちに、環和は窮地に陥ったようだ。
背後から吐息が聞こえる。それが笑ったのか呆れたのかはわからない。
「早く出たのは逃げるためじゃなかったのか?」
そんな言葉が降りかかり、環和はおもむろに振り向いた。その発言からすると、逃げる猶予を環和に与えていたらしく、ということは、さっきの吐息は呆れた結果だ。
「水が嫌いなだけ」
内心では戸惑っているのに、つい強気な云い方をしてしまう。長年の癖で、いまさら直すことは難しい。
そうして環和の云い訳はまた屁理屈だと捉えられるかと思ったのに、安西は意外にも眉をひそめて、ごく真剣に受けとめた様子だ。
「溺れたことがあるとか?」
「ない。なんとなく嫌いって感じ」
環和の返事からふざけていると判断したのだろう、安西は目を細めて素っ気なさを纏う。互いに裸という関係にはそぐわない会話だが、本当にそぐわないのは見知らぬ他人と云っていいにもかかわらず互いが裸であることだ。
「もう戯れ言はいい。ここからは大人の時間だ」
首をひねって安西は云い放ち、唐突に上体を折ったかと思った次には、環和の躰がすくいあげられていた。
不意打ちで躰が浮き、環和は悲鳴をあげて縋りつく。頼りは安西しか選択肢がなく、腕を太い首に巻きつけた。シャワーを浴びたばかりの濡れた躰が吸いつくように密着する。
服はインターナショナルサイズのXSが入る程度には細いものの、安西は四十五キロという体重を感じさせない足取りで歩きだした。
リビングに行くまでもなく廊下に出てすぐ左側のドアが開いていて、安西はそこに入っていった。首をまわしてみると、やたらと大きいベッドに占領されたベッドルームだった。
掛けふとんは剥ぐられていて、環和はシーツの上におろされる。ベッドの揺れがおさまる間もなく安西もベッドに上がってきた。環和の脚をつかんでそれぞれ左右に押しのけるように開くと、安西はその間に入りこんだ。
環和と目が合ったのは一瞬で、安西の目はだんだんと伏せられていく。とどまったのは適度にボリュームのある胸の上だ。ふくらみという以上に形をそう崩すことなく盛りあがっている。
旅行で温泉に入ったときに女友だちからうらやましそうに見られたことはあっても、異性から――しかも欲情を持って見られた経験はない。胸のトップが視線に焼かれているかのように疼き始めた。鼓動が躰の表面に現れているんじゃないかと思うくらい落ち着かない。
すくんだように動けず、環和はただ安西を眺めた。
目を伏せがちにした安西の面持ちは、同年代の男たちと違って端整ななかにも妖しさがある。歳を重ねればその過程の結果が顔に表れるとは聞くけれど、こんなふうに深みが増す過程とはどんなものだろう。
考えても環和の浅い経験では思い浮かばない。けれど、一つだけ思いついた。
「もしかして奥さんいる?」
「それでもほかの女を連れこむような下劣な男だって云いたいのか?」
結婚をして何かしら苦労をしたのかと勘繰ったが、安西は呆れきった声音で云い、即ち、結婚はしていないのだ。
「別居中だとか、旅行中だとかあるでしょ。女物の化粧品とか石鹸とか、普通にあったし」
「女を連れこむことはある。それだけだ。惠に置かせたんだ。そしたらおまえみたいに、連れこんだとしてもほかにも女がいるって判断して深入りしてこない」
そうまでして自分に好意を持つ女性をけん制するのは、単純に独身が気に入っているからだろうか。環和も人と親密になりすぎるのは苦手だったが、安西はそれ以上に徹底している気がする。
「……惠って?」
「さっき会って話しただろう」
青田のことだ。彼女の名が出てくると、また別のことが気になる。
「惠さんとはどういう関係?」
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