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第1章 でも、好きかもしれない

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――ねぇ、なんでわたしを産んだの?

 ママともお母さんとも呼ばれるのが嫌いなあの人に訊いてみたことがある。

――わたしは女優よ。人生経験て大事じゃない?

 つまり、あの人のすべてがその言葉に集約されている。
 例えば、学校をサボっても怒らない。いや、正確には、怒る振りはするけれど、その実、ごくごく客観的に怒る自分を観察している。
 結婚したのだって、離婚したのだって、あの人にとってはすべてが経験なのだ。
 よかった、似てなくて。
 ほっとした吐息は、あの人にかかるとため息に変わる。

――あなたは、どうしてわたしにもあの人にも似てないのかしら。

 ずけずけと人のことを不細工だと認定する。
 けれど、知っている。
 あなたの子供とあなたの子供の頃の顔はそっくりだってこと。
 つくられた美貌を、いまや生まれたときからそうだと思いこんでいるのかもしれない。
 あの人は女優だから。


奥沢京香おくざわきょうかってほんときれいね」
「ほんと。真野美帆子まのみほこの再来って云われてるけど、実は娘だ、ってことはないのかしら」
 水谷環和みずたにかんながあの人――あえて限定すれば“産みの母親”のことを思いだしたのは、ほんの傍でこんな会話があったせいだ。

「んー、どうだろう。娘って公にされてないよね」
「すっごい不細工だったりして」
「もしくは、甘やかされてとんでもない不良になってるか、やっぱり、こっそり芸能人やってるかって線もありじゃない?」
「二世あるあるって感じね」
「あ、でも、真野美帆子の旦那さんてだれだっけ?」
「んーっと、だれだろう。……あ、映画監督かテレビ局のプロデューサーか、そんな感じじゃなかった?」
「うん、どっちかはっきりしないけど、うちの母親からそういうの聞いた覚えある。とっくに別れちゃってるけどね。歳が離れてたけどイケメンていう話も聞いたよ。顔出ししない人みたいで、本当のところはわからないけど。若い頃はイケメンでも、いまはもうだいぶ枯れちゃってるんだろうなあ」
「でも、元旦那さんが顔出ししないのは不細工だからって話もあるよ。真野美帆子って五十そこそこで大女優って感じだし、元でも旦那さんのイメージは大事なんじゃない?」

 へぇー、という相づちを聞きながら、環和は人の噂がいかにいいかげんに広まっていくかを目の当たりにして呆れてしまう。
 伝言ゲームのごとく、人づての話はちょっとした度忘れとそれを穴埋めしなければという意思で構成され、ときには正反対に伝わっている。

「本当はどっちなんだろう」
「イメージとかよりも、まず真野美帆子が不細工な人と結婚するとは思えないけど」

 環和からするとそれらの会話は滑稽こっけい極まりなく、いっそのこと、自分が真野美帆子の娘で、父親の水谷秀朗ひでろうはイイ男かというのは別にしてイケメンだとばらしてみようか。環和はそんな誘惑に駆られた。
 云ったとしても、だれもが冗談と受けとるだけだ。それくらい父親にも、“いま”の母親にも似ていない。環和にとっては、彼らが親だというのは黒歴史みたいなものだ。

「まあね。それにしてもあの人――カメラマン、ちょっとカッコよくない?」
「うん、オトコって感じ。三十代かな」
「あ、やっぱりみんな気になってたんだ。イケメンだよね。それにいちいちしぐさが決まってるというか……」
 ホーント、といういくつかの相づちとともにため息が蔓延した。
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