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第3章 Link up~合流~

3.

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 永礼は突き放すように颯天の肩をつかんで押しやる。脚は頼りなくふらつき、颯天は窓に手をついて倒れるのを防いだ。
 まもなく客が――今日は清道が来るまえに、後始末をしなければならない。
 快楽のあと、自分が汚した後始末を自分でやるとき――それは永礼が相手のときに限るが、自慰行為以上に虚しくなる。それよりももっと、屈辱を覚えなくはない。
 たまにしかないが、わざわざ颯天にそうさせて、永礼は眺めながら楽しんでいる嫌いもある。
 客が来て、その客にやられるほうが仕事と割りきれて心理的にはらくだ。もっとも、そう云えるのは、颯天が選ばれた客しか相手にしていないからかもしれない。一度、下層の男娼たちのショーを見せられたことがある。その扱いは性具と変わらない。愛玩動物ペットとして扱われる颯天は、それでも幸運なのだと思わされた。
 それに、客が相手のときは、家事全般にわたって颯天の世話役を担う付き人が後始末をする。見方によっては、次への準備を整えているにすぎない。
 颯天は息を乱したまま躰を起こしかけた。が、いきなりボクサーパンツごとカーゴパンツが引き下ろされる。
「あっ……?」
 腰をつかまれて後ろに引かれ、すかされた颯天はずり落ちていく手を窓に突っ張って止めた。カーゴパンツは中途半端に膝もとで丸まり、このまま動けば転んでしまう。それが計算してのことなのは明らかだ。
「なお……」
 客が来るというのにもしかして本当に抱くつもりか。永礼の名を呼びかけたそのとき。
「人にやられる姿を見るのもなかなか煽られるものだな」
 永礼とは違う、第三者の声が低く室内に轟いた。
 ハッとして起きあがろうとしたが、その直前、手のひらに背中を押さえつけられた。上体を起こすことはかなわず、颯天は顔だけを上向けて窓ガラス越しに室内を見渡した。
 すると、リビングのソファからゆっくりと立ちあがる人物に気づいた。今日の客、清道竜雅しんどうりゅうがだった。
 この部屋は、颯天の住まいでありながら男娼として充てがわれた仕事場だ。出入りなど厳重に管理されたタワーマンションの三十階にあるが、本来の持ち主は永礼であり、合い鍵も持っている。例えば、風呂に入ってリビングに戻れば永礼がいたなど、日常茶飯事といってもいい。
 母からの電話の最中、永礼が入ってきてもなんら意外なことではなかった。けれど、同伴者がいるとは思ってもいない。
 大抵は永礼が単独で行動することはなく、少なくとも用心棒は付き添っているが部屋のなかには入らず、廊下で待機している。客を伴って来ることもなくはないが、それはここに一緒に来た目的のため――密談をやるためだ。
 こんな騙し討ちのようなことははじめてで、ましてや客のいる前で永礼に襲われたこともなかった。
 世間体上、永礼と一緒にいるところを目撃されるわけにはいかない。颯天の客は、そういった立場の男たちだ。客同士も然り、それゆえにセックスを第三者に見られることもなかった。
 現在、五十五歳という清道は、理事長の立場においては異例の抜擢といっていいほど若い頃に就任している。精悍な顔立ちには温和そうな気品が覗くも、いざ裸体になれば刃向かう気力を奪われるほど、意外にも企業家というよりは格闘家のようにがっしりとした体格だ。
 清道とはじめて会ったのはおよそ一年前だ。それから少なくともひと月に一度は颯天を買う。
 かつて、祐仁は清道の愛人だったというが、清道は祐仁についてひと言も触れない。颯天が祐仁によって清道大学に推薦合格したことを知っているのか否か、その後、祐仁によって男娼として調教されたことを知っているのか否か、颯天は何もわからない。
 それは、人に漏らしてはいけない秘密だとほのめかされ、颯天は守秘義務を守れるかどうか試されているような気もしていた。実際に、五年前に口にしてしまったのは油断であり、それが祐仁との関係を引き裂くことになった。
 そもそも、祐仁と清道の愛人関係はEタンクによって生じたものだと颯天は認識していたが、清道と、Eタンクの対極にあるという永礼が通じ合っているのがまったく理解できていない。だからこそ、颯天から清道に祐仁のことを訊ねるなど無鉄砲すぎる。
 歩み寄ってきた清道を、颯天は窓ガラス越しに半ば呆然と見つめながら、その動揺を隠すべく笑みを浮かべた。
「清道理事長、見られてたんですか」
「ああ。嫉妬するね。きみが忠実なのは私にだけではなかったようだ」
 清道は残念だと付け加えられそうな言葉とは裏腹に、表情も声音も満足そうだ。
 今日はなんだろう。永礼といい清道といい、ちぐはぐな言葉を放って颯天を称した。
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