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第1章 Cross-Border~越境~

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 背中の向こうで、祐仁が幹部たちにいくつか指示をしている。颯天が資料室のドアを開ける頃。
「時生、これを人数分コピーして配ってくれ」
 と、祐仁は時生を名指しした。それは空気を読んでのことだろうか。
「はい」
 時生の落ち着いた返事はそれでもわずかに嬉々とした様が漏れている。
 何やかや云いつつも、祐仁に声をかけられるのは名誉なのだ。新人に限らず、EAのメンバーはだれしもが祐仁に一目置かれたいと思っている。
 そういう状況下、颯天は少しだけほかのメンバーと立ち位置が違う。その気配は入ったときから感じていて、最初は自意識過剰だろうと思っていた。やたらと先輩たちから素性を訊かれることが多かったが、同時期に入った新人たち五人と学生食堂で昼食を取りながら話したときにその理由がわかった。
 EAが何を基準にスカウトするのかは皆目わからないが、普通は幹部の指示を受けて人事班のメンバーがスカウトに動くらしい。颯天だけが、幹部も幹部、代表である祐仁がじかにやってきて勧誘された。つまり、颯天は最初から祐仁に特別扱いをされている。ゆえに、自意識過剰などではなく、颯天はメンバー全員から見張られているのだ。羨望、あるいは嫉妬の念を持って。
 時生は『妙な雰囲気』を感じていると云うが、颯天から見ると妙に閉塞感を持った、気軽に口にはできない組織のように思える。
 颯天は資料室に入り、室内をひととおり見回した。奥には『七』まで番号が振られ並列した棚がある。手前の右側部分には資料を広げて調べるための長テーブルが三台くっつけられていて、左側にはそれぞれパソコンを置いたデスクが二台あった。
 しばらく待っていると、すぐにドアが開いて祐仁が入ってきた。祐仁の背後でドアが閉まったとたん、鍵をかけられたわけではないのに颯天は閉じこめられたように感じた。限られた空間でふたりきりになるのははじめてだ。へんに意識して緊張してしまう。祐仁が心の内まで射貫くように颯天を見るからかもしれないし、時生が噂話を教えたせいかもしれない。
「え、っと……何をすればいいですか」
万殊ばんしゅ祭の資料から講演会の記録を五年分、抜きだしてくれ。一番の棚にある」
 祐仁は棚の奥のほうを指差した。そうしながらデスクに向かい、颯天が「わかりました」と答えているうちにパソコンの電源ボタンを押した。
 その様子を見ながら、祐仁が颯天に見入ったようだったのは、それこそ自意識過剰だったのだと思い直した。
 時生がヘンなことを云うからだ。……って何を気にしてるんだ、おれは。
 内心でぼやきながら、颯天は棚の列に入りこんだ。
 十一月にある清道大の学園祭イベント、万殊祭はべつに実行委員会が起つが、EAも深く関わるという。準備に半年もかけるのかとあらためて感心しながら颯天は資料を探した。
 模擬店やら体験コーナーやら細かく仕分けられたファイルのなかに講演会と記されたものを見つけ、抜きだしていく。遡ること五年までたどりついたとき。
「わかったか」
 いきなり間近で声がして――
「うわっ」
 と、たった探すだけのことによほど集中していたのだろう、颯天は文字どおり、わずかではあったが飛びあがった。
 抱えていたファイルを落としそうになり、そうすまいと慌てたすえ棚に肩がぶつかってよろける。
 直後、祐仁が手を伸ばして颯天の左腕をつかんだ。とっさだったからか、腕を引かれた弾みで、祐仁の胸に抱き寄せられる恰好になった。祐仁の左手が颯天の腰を支えて、跳ね返されるのを防ぐ。抱えたファイルがふたりの上半身を隔てたものの、下腹部を軸にして躰が密着した。
 ぐっとさらに引き寄せられたと思ったのは気のせいか、まもなく腰もとから離れた祐仁の左手は颯天の右腕をつかんだ。
「何やってるんだ」
 祐仁はため息をつき、至って普通に呆れたように云う。
 やっぱり勘違いだ。……って何を勘違いするっていうんだ?
 また内心で自分に突っ込みを入れながら、颯天は素早く頭を下げた。
「す、すみません。びっくり……しすぎました」
 颯天が取って付けたように云うと、祐仁はくちびるを歪めて可笑しそうに笑った。
 真剣なときも、さっきの呆れた顔も、いまの笑い方も、祐仁はいちいち様になる。
「颯天、おまえ、いま何か心配事抱えてるだろう」
 やっぱりかっこいい、と憧憬の気持ちを再確認していると、祐仁は突飛なことを云いながら問うように首をひねった。
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