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第4章 二十三番めの呪縛

17.

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 ヴァンフリーはセギーを見やってわずかに顔をしかめ、かすかに吐息を漏らすと銀杯をテーブルに置いて立ちあがった。
「わかった」
「広間にいらっしゃいます」
 セギーが云い残して部屋を出ていくか否かのうちに――
「すぐに戻る」
 と、凪乃羽に向けて云ったヴァンフリーは、身をひるがえしそうな気配のまま静止して、あらためて凪乃羽を見つめた。心もとない凪乃羽の心境を察したのかもしれない――
「一緒に来るか?」
 つい先刻の発言を撤回して凪乃羽を誘う。
「……いいの?」
 エロファンの訪問が急ぎとなれば、悪ふざけではないかぎり、深刻なことだ。そこに同席させてくれるのか、凪乃羽が半信半疑で確かめてみると、ヴァンフリーは首を傾けながらうなずくようなしぐさを見せた。なぜ駄目なんだと問うようで、奇妙だといわんばかりの様子だ。
「よくないなら最初から誘わない。わかっているだろう?」
「わかってる」
 エロファンの急用が何かわからないうちに同席を許すのは、ふたりの間に隠し事は必要ないというヴァンフリーの意思表示に思えた。
 凪乃羽の顔が綻ぶと、ヴァンフリーは少しおどけた面持ちになり、小ぶりの食卓をまわってくる。その間に立ちあがりかけた凪乃羽の手を取って広間に向かった。
「遅い」
 そこに入ったとたんのエロファンの第一声は、普段にはなく苛立って聞こえた。聖者のような穏やかさがまるで欠けている。
 そうして、来るのはヴァンフリーだけだと思っていたのだろう、凪乃羽が隣にいるのを認めるとエロファンから驚いた気配が伝わってくる。
 実体ではなく影だからこそ、およその感情は漏れてくる。だから、常に実体であるヴァンフリーの感情はあまり読みとれない。
「エロファン、せっかちだな。らしくない」
 ヴァンフリーの揶揄した声にもエロファンは凪乃羽に目を留めたまま、一向に興じた様子を見せない。悪戯ではなく、本当に急用という証拠だ。
 ヴァンフリーと凪乃羽が一緒にいることを不自然に感じるほど、エロファンとは見知らぬ間柄ではない。もう慣れ親しんだ仲だといってもいいと思うのに、エロファンはいま何を驚いているのだろう。後ろ髪を引かれるように凪乃羽からやっと視線を引き剥がすと、エロファンはヴァンフリーとあらためて対面した。
「悠長なことは云っていられない事態だ。凪乃羽に聞かせてもいいのか?」
 エロファンは警告を込めてヴァンフリーを見据えた。
「隠すべきことはない」
 それは、部屋を出てくるときのことといい、ためらうことは愚か、まるで一考する間もいらないとばかりの返事だ。信頼されて信頼すること、それが凪乃羽の不安を一掃していく。
 エロファンはお手上げだと云わんばかりに、文字どおり手を軽く上げて呆れた素振りをした。
「それなら遠慮なく云うが、物騒な話だ。まもなく皇帝ご一行がこのウラヌス邸に乗りこんでくる。まさか招待状を送ったりはしていないだろう?」
 物騒だと云いながら、さっきまでのただ深刻だった気配が和らぎ、最後に揶揄するのはエロファンらしい。
「この邸にはだれも招くことはない。おまえもラヴィも押しかけてきて、しかたなくここまで通したにすぎない」
 ヴァンフリーは揶揄に興じることもなく、これまでになく顔をしかめている。
「ヴァンフリー、永遠の友人を“しかたなく”通す? ひどい云いぐさだ。こういう火急の事態にすぐに影を送れる。役に立っているだろう」
「永遠だからこそ、とりでは絶対だ。侵略は阻む。それが皇帝だろうと。その『役に立っていること』を示してくれ」
「まず、阻むまえにここから逃がしたほうがいい」
 エロファンは凪乃羽を一瞥してヴァンフリーに忠告した。
 次いで、ヴァンフリーの目がおもむろに凪乃羽に向く。その視線をエロファンに戻すまでに答えを得たようで、何も見逃すまいといった気配が窺えた。
「皇帝の目的は凪乃羽か?」
 ヴァンフリーの問いかけに凪乃羽は息を呑んで、エロファンを見つめた。その赤と青の混載した長い髪がうなずいた拍子に揺れる。
「そのとおりだ。マジェスとジャッジの話を立ち聞きした。一昨日、アルカヌム城の住人たちで密議があったらしい。女たちと私は蚊帳の外だったが」
「立ち聞きではなく盗み聞きだろう」
 エロファンの言葉に突っこんだのは、頭を整理する時間を稼ぐためなのかもしれない。ヴァンフリーは険しい顔で少しもおもしろがっていない。エロファンの反論を待つこともなくすぐさま、それで? と続きを促した。
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