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16.屋上のランチ

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 キョウゴが部屋に居ついてから丸五日たった木曜日、午後から堂貫が会社にやってくる。
 智奈がそわそわしているのは緊張から来ているに違いなく、その緊張は少し複雑だ。仕事だけでなく、個人的なことでも関わっているからだろうか。加えて、キョウゴの存在が複雑さに拍車をかけている。そのうえで、自分でも複雑になるほど何を感じているのか、はっきりはわかっていない。
 昼休み、そんな気分から少しくらい解放されたくて、智奈は屋上に行き、ベンチに座ってお弁当を広げた。三月は暦上の春とはいえ、まだ寒い日が続くなか、今日はぽかぽかして外でもすごしやすい。
 同僚と一緒にランチを取ることもなくなって、昼休みは専ら手作りのお弁当を独りで食べてすごす。
 料理は得意とは云えないけれど、中学時代、母が出ていく形で両親が別居することになり、そのときから必然的に智奈は料理当番をしてきた。父は家政婦を雇ってもいいと云ったけれど、智奈は乗り気になれなかった。高校時代はお弁当も作っていたから、いままた作るようになっても苦にはならない。
 それに、いま朝と夜はほぼキョウゴが一緒だから、昼休みの独りぼっちのさみしさは緩和されている。キョウゴは作ったものをなんでも食べてくれるし、美味しいという言葉は忘れない。昨夜は、こういうのも食べるんだろうかと思いつつ、ひじきの煮物を作ってみた。キョウゴは好き嫌いなく食べるどころか、今朝もそれを食べたいと云って、ごはんのおかずにしていた。
 智奈はお弁当に入れた、そのひじきをお箸で抓んで食べた。味付けは目分量だけれど、今回はちょうどよくできている。
 自画自賛していると、ふと影が差した。雲がかかったわけでもなく、人影だ。足音にも気配にも気づかなかった。智奈はパッと顔を上げる。太陽を背にして斜め向かいに立っているから眩しさと逆光が相まって、だれだかすぐには判別がつかなかった。
 智奈が顔をしかめたのを見て察したのだろうか、人影は移動して反対側に回りこんだ。
 その顔を見たとたん、智奈はハッとして、腿の上からお弁当を持ちあげた。
「そのままでいい。昼の邪魔をしに来たわけじゃない」
 立ちあがりかけた智奈を止めて、堂貫は手に持ったコーヒーショップのタンブラーを掲げると智奈に差しだした。
「ありがとうございます」
 もう一方の手には堂貫自身が飲むためだろう、同じタンブラーを持っている。断るのも無駄にするだけで、智奈は素直に受けとった。堂貫は少し間を空けて、なお且つ、智奈のほうへとわずかに躰を斜めに向けて隣に座った。
「そっちはキャラメル風味の甘いやつだ」
「ここの、好きです。堂貫オーナーはブラックですか」
「バニラフレーバーを使ったものだが甘くはない」
「……微妙ですね」
 智奈の言葉に堂貫は首をひねり、肩をすくめるとコーヒーに口をつけた。やはりグリーングラス越しで目から表情は見られず、おもしろがっているのか、単にやりすごしたのかはわからない。
 それよりも、先週、はじめて言葉を交わして今日はまだ二回めだというのに、まるで日常的な会話をしていることが不思議でならない。土曜日にお礼の電話をしたときは素っ気なかったし、まったく他人だったはずが、急激に知っている――いや、それ以上に親しい間柄のように感じられる。これからの人生に関わる危うさから救ってもらったせいかもしれない。
「早かったんですね。急ぎだったらさきに……」
 仕事に戻ります、と続けようとした言葉は、首を横に振った堂貫によって制された。
「云っただろう、昼休みの邪魔をしに来てるわけじゃない。話を聞く。そう云ったことを果たしに来た」
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