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第二章
貴族の申し入れ
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おいで、テソロ。
その声だけで満たされる心が、私はひどく愛おしかったのです。
******************
ソフィアを奇跡的に見つけたその日のうちに、俺は帰りたがる王子を話があると言って執務室で引き留めた。
「殿下、貴方のことですから、私が今から尋ねる内容がお分かりでは?」
「さて、何のことかな。何か私に聞きたいのならば早く済ませてくれ、疲れたから早く部屋に戻りたい」
疲れたと言い放ったその顔は、どちらかと言えば俺が今から言うことを察して苛立っているように見える。本来は感情を表に出さないことに長けた人ではあるが、友人である俺の前ではこうして素の感情が滲んでしまうことが多い。
「わかりました、では単刀直入に申し上げます。殿下が王宮に匿っておられる娘に、会わせていただけませんか?」
俺の台詞があまりに予想通りだったらしく、王子はいつになく険しい顔で俺を睨んできた。一応、王子が彼女をそこまで隠したがる理由は分かっているつもりだ。表向きの理由としては、彼女はフィリア様……王子の恋人に瓜二つであり、万が一存在が外に漏れれば「フィリア様が生きていたのか」と王宮内が騒然とするに決まっているから、といったあたりだろう。しかし、本音ではただ純粋に、彼女を独占したいだけに違いない。それ故に彼女の姿を他の男に見られることは気分がいいことではないのだろうが……王子の事情など知ったことか。
「殿下、私は彼女に聞きたいことがあるのです。私が長年探している男、ジル・ラーカイズの行方に関わることを」
第二の目的、即ち俺の想い人でもあるソフィアと話したいという本音は当然隠して第一の目的だけを伝えれば、今この状況でジル・ラーカイズの名前が出てくることはさすがの王子も想定外だったのだろう、わずかに目を見開いて真実を見定めるように俺をじっと見つめてきた。
「ジル・ラーカイズといえば、四年前に一家全員が失踪したラーカイズ公爵家の嫡男だったか。あの一件は私も知ってはいるが……彼女があの一家の関係者だというのかい?」
「はい。彼女の名はソフィア・クレス、ジルの侍女として幼い頃からジルに付き従っていた子です。……裏庭で会った時の様子からして彼女は記憶を失っているようですし、ジルのことをすぐに聞けるとは思っていません。ですが、私にはジルの幼馴染として彼女とも多くの時間を過ごしてきた過去がありますから、彼女が記憶を取り戻すためには多少の助けになると思うのです。殿下、ラーカイズ家の今を知るためにも、どうか彼女と会わせてください」
ここまで言えば、たとえ彼女と会わせたくないのが本音であっても拒否はできないだろう。王子には申し訳ないが、彼女を独り占めはさせられない。そもそも、あいつ以外に彼女を独占できる男もいないのだが。
「……分かったよ。では次の私の休みに、裏庭で一緒にティータイムを楽しもうか」
とても楽しむつもりのなさそうな不本意剥き出しの目だが、承諾を得られたことに違いはない。
「話が以上なら私は帰るよ。明日もよろしく、アドレイ」
「はい、殿下」
明日か。……明日は王子との手合わせの時間があったような。八つ当たりと言わんばかりの猛攻を受けそうだが、仕方ない、明日は大人しく相手をしてやるか。
王子を見送った後の、邸への帰り道。俺は久しぶりに気分が良く、夕陽を眺めながら鼻歌を歌った。
その声だけで満たされる心が、私はひどく愛おしかったのです。
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ソフィアを奇跡的に見つけたその日のうちに、俺は帰りたがる王子を話があると言って執務室で引き留めた。
「殿下、貴方のことですから、私が今から尋ねる内容がお分かりでは?」
「さて、何のことかな。何か私に聞きたいのならば早く済ませてくれ、疲れたから早く部屋に戻りたい」
疲れたと言い放ったその顔は、どちらかと言えば俺が今から言うことを察して苛立っているように見える。本来は感情を表に出さないことに長けた人ではあるが、友人である俺の前ではこうして素の感情が滲んでしまうことが多い。
「わかりました、では単刀直入に申し上げます。殿下が王宮に匿っておられる娘に、会わせていただけませんか?」
俺の台詞があまりに予想通りだったらしく、王子はいつになく険しい顔で俺を睨んできた。一応、王子が彼女をそこまで隠したがる理由は分かっているつもりだ。表向きの理由としては、彼女はフィリア様……王子の恋人に瓜二つであり、万が一存在が外に漏れれば「フィリア様が生きていたのか」と王宮内が騒然とするに決まっているから、といったあたりだろう。しかし、本音ではただ純粋に、彼女を独占したいだけに違いない。それ故に彼女の姿を他の男に見られることは気分がいいことではないのだろうが……王子の事情など知ったことか。
「殿下、私は彼女に聞きたいことがあるのです。私が長年探している男、ジル・ラーカイズの行方に関わることを」
第二の目的、即ち俺の想い人でもあるソフィアと話したいという本音は当然隠して第一の目的だけを伝えれば、今この状況でジル・ラーカイズの名前が出てくることはさすがの王子も想定外だったのだろう、わずかに目を見開いて真実を見定めるように俺をじっと見つめてきた。
「ジル・ラーカイズといえば、四年前に一家全員が失踪したラーカイズ公爵家の嫡男だったか。あの一件は私も知ってはいるが……彼女があの一家の関係者だというのかい?」
「はい。彼女の名はソフィア・クレス、ジルの侍女として幼い頃からジルに付き従っていた子です。……裏庭で会った時の様子からして彼女は記憶を失っているようですし、ジルのことをすぐに聞けるとは思っていません。ですが、私にはジルの幼馴染として彼女とも多くの時間を過ごしてきた過去がありますから、彼女が記憶を取り戻すためには多少の助けになると思うのです。殿下、ラーカイズ家の今を知るためにも、どうか彼女と会わせてください」
ここまで言えば、たとえ彼女と会わせたくないのが本音であっても拒否はできないだろう。王子には申し訳ないが、彼女を独り占めはさせられない。そもそも、あいつ以外に彼女を独占できる男もいないのだが。
「……分かったよ。では次の私の休みに、裏庭で一緒にティータイムを楽しもうか」
とても楽しむつもりのなさそうな不本意剥き出しの目だが、承諾を得られたことに違いはない。
「話が以上なら私は帰るよ。明日もよろしく、アドレイ」
「はい、殿下」
明日か。……明日は王子との手合わせの時間があったような。八つ当たりと言わんばかりの猛攻を受けそうだが、仕方ない、明日は大人しく相手をしてやるか。
王子を見送った後の、邸への帰り道。俺は久しぶりに気分が良く、夕陽を眺めながら鼻歌を歌った。
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