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23.ちょうどいい

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 夢を見た。公園で先輩とキスをする、あの夢だ。
 自然と顔が歪む。ただ、小野塚と再会する前に感じていた復讐心を、同じように抱いていたからではない。あの夢が近い将来、現実のものになるのではないかという不安からだった。
 きっかけは『気持ち悪い』というたったの一言。思い返せば凄惨な悲劇や壮絶な裏切りなどではない、ほんの些細な出来事だ。しかも十年前の。その一言に人生を縛られているなんて、他人から見れば滑稽だろう。それでも木崎は未だに夢を見る。過去の一言が蘇って、息を苦しくさせる。
 小野塚の大学時代の話を聞き、早く彼のもとから離れたほうがいいと決めたものの、まだ今の関係のままでいたいと考える自分もいた。先輩の仕事も忙しいからと言い訳ばかり考え、いつ別れを切り出すか先延ばしにしていた。
 木崎は自宅のソファの上で目が覚めた。あまり時間は経っていないが、姿勢が悪かったのか身体と頭が痛む。会社から帰ってそのままだったので、スーツが皺になっている。
 木崎はゆっくりと起き上がり、ネクタイを外すと、スーパーで買ってきた割引のシールが張られた弁当を開けた。冷えて固まったご飯にも慣れた。もくもくと口に運んでいるうちに、小野塚と一緒に食べたカレーの味が思い出された。慣れていないわりには何とか出来たと思っていたのだが、小野塚の反応はいまひとつだった。美味しくなかったのか、迷惑だったのか。

(その後も作った食事は、食べてはくれたけど、これといった反応はなかったな。自分なりに少しは上達したと思ったけど、せめて一度でも、美味しいと言ってもらえれば……)

 ふと気が付くと、小野塚のことを考えている。木崎は軽く頭を振って、小野塚のことを頭の中から消した。
 気持ちを落ち着けるため、木崎は食事を終えると、自分の部屋の掃除をはじめた。小野塚のもとへと通うようになってからは、自分の部屋の掃除など後回しだった。隅に溜まった埃を見つけるたびに苦笑いを浮かべる。
 机を掃除していると、壁と机の隙間からなくしたと思っていた写真が出てきた。初めて試合を見に行った時に小野塚と撮った写真だ。初恋の幸福感も絶望感も知らなかった、あの時の無邪気な自分がいる。木崎はしばらくその写真を見つめた。

(もし先輩に告白してなかったら、僕は今、どうなってたんだろうな)

 きっと小野塚とは、特になんの関わりもなく高校生活を終えただろう。会話をしたとしたらきっと佐伯経由だ。佐伯から小野塚の話を聞き、佐伯とともに大学でプレーをする小野塚の応援に行き、佐伯に紹介され、小野塚と挨拶程度の言葉を交わす。憧れはあっても、きっとそこから恋は始まらない。それから普通に高校を卒業し、地元の大学に通い、どこかの会社に就職しただろう。
 小野塚はきっと、プロのサッカー選手になったはずだ。自分と無駄な時間を過ごさなかった分、サッカーに打ち込み、自分の存在に引きずられることもなく大学でも活躍し、プロの世界へと進めたはずだ。海外でも活躍する選手になったかもしれない。そして、可愛い彼女でもできて結婚するのだろう。大学生の時にできた彼女なのか、どこかのモデルやアナウンサーなのか。小野塚がどんな人を選ぼうが、二人は幸せな家庭を築けたことだろう。
 木崎は自嘲気味に笑う。

(ふたりが恋人にならなかっただけで、こんなにもお互い、幸せになれたかもしれないのか)



「木崎君、ちょっと」

 課長に手招きをされる。木崎は課長のもとへと向かいながら、何かやっただろうかと考えたが良いことも、悪いことも思いつかなかった。課長はにっこりと笑って、事の説明をした。
 新しく始まるプロジェクトのチームに入ることになった。今まで大きな事業の中心に関わったことのなかった木崎は、体を強張らせた。大変光栄なことではあるが、自分に勤まるだろうかという不安もあった。その姿に気付いたのか、課長は、君には期待している、と追い討ちをかけた。生唾を飲み込む木崎を見て、課長は豪快に笑う。

「しばらくはこの仕事に付きっ切りになる。休みも満足に取れないほど忙しくなると思うが、大丈夫か」

 小野塚の姿が頭を掠めた。しかし木崎はそれをすぐに消し去り、深々と頭を下げた。

「もちろんです。精一杯頑張らせていただきます」

 昼休み、木崎は小野塚にメッセージを送った。文面を考え、何度も打ち直して結局は、『仕事が忙しくなるのでしばらくはそちらに行けません』とだけ送った。
 なんというタイミングなんだろう。まるでさっさと別れを決断してしまえ、と言われているようだ。誰に、なのかは分からない。きっと神様だ、という考えはあまりにも安っぽい演出だろうか。
 送信後の画面を見ながら、木崎は自嘲するような笑みを浮かべた。

(ちょうどいい。これを期に別れよう)
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