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7.突き刺さる視線
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目を見開いて、続けて三口ほどかじり、ナイフとフォークを取ると、ルーチェはソティラスが毒味をした肉を思いきって一口、口に運んだ。
目をつぶってゆっくりと咀嚼する。覚悟していたが、心配していた痺れや苦しみはない。そればかりか、口の中でほどけるような柔らかい肉のうまみは、口に入れた瞬間から体中に広がるようで、リンゴの果肉と果汁を煮詰めたのであろうソースは香りもよく、リンゴの風味や甘さがよく出ている。しかし肉のよさを損なわれることはなく、上手く両者の長所を引き上げていた。鼻から通る吐息でさえもしばらくの間味わえるほどだ。
もう一口食べる。止まらずもう一口。食事の格式高いマナーなど知らないルーチェは、無我夢中で次から次へと口の中に放り込んでいった。空腹だからという理由だけではない。魔王の言った通り、目の前に並ぶ料理はどれも絶品だった。
「どうだ?」
ソティラスがルーチェの顔を覗き込む。
「…………」
ルーチェは手を止め、目をそらし、小さく呟いた。
「……うまい」
素直な感想が零れる。毒だの何だのと言って拒んでいた自分を恥じるほどだ。当たり前のことながら敵を信じられなかったとはいえ、安全だと分かった途端、作法もなしにがっついてしまうとは節操が無い。
「おお、そうか! ならばもっと食べろ。こちらのも美味しいぞ」
ソティラスは自分が褒められたかのように喜び、次々とルーチェの周りに皿を寄せた。
「そ、そんなに食べれるかよ」
ルーチェは高く積みあがった皿と、増え続ける美味しい料理を横目に渋々辞した。増え続ける料理よりも、腹の満腹具合よりも、気がかりなことがある。
(し、視線が……魔王が毒味をしたあたりから、魔王越しに見える側近の視線が痛い!)
シーナの僅かに震える右手は、腰に挿す剣を抜こうとするのを必死に抑えているようにも見える。
ルーチェは、「ご馳走様でした」とフォークを置き、息を吐く。腹が膨れたためか、気持ちが落ち着いた。魔王を憎む気持ちが消えたわけではないが、冷静さは取り戻した。
(落ち着いて物事を考えなければ何も始まらない。オルトスも言ってた、腹が減っては戦もできない、郷に入っては郷に従え、とかなんとか)
とりあえず、は。
「今度から食事はいらない」
と、ルーチェはきっぱりと告げた。
「なんだ、口に合わなかったか?」
「いや、美味かったよ」
不安げなソティラスに素直に感想を述べる。ゲーティア国の食事も悪くない。
「だけど何というか……こういう高級そうなものは、疲れる」
理由はいくつかある。食べなれていない。だだっ広い食堂で、周りに給仕たちがいるのも居心地が悪い。まして魔王の城内で世話になっているという感覚が気に入らない、など。
(他にもいろいろあるけどな)
と、シーナの視線を受け止めながらルーチェは思うが、口には出さない。正直、この料理が食べられないことは惜しい気もある。
ソティラスは首を傾げる。
「毒の心配か? だったら毎回毒味をしてやるから、」
「それはやるな」
咄嗟に言葉を遮った。シーナはいまだに睨んでくる。
(側近の態度に気づいてないのか、気付いた上でその態度なのか? 毒よりも先に、こっちに気を配ってほしい……)
「そうは言ってもな」
と、ソティラスは未だ名残惜しそうだ。
「食事は自分で作ろうと思う。だから場所が借りたい」
ルーチェはそう申し出た。頼みごとをするのは不本意だが仕方がない。
ソティラスは嫁の初めてのおねだりに顔を輝かせる。
「分かった。今すぐ作らせよう」
「待て!」
慌ててソティラスを止めた。話の流れがおかしい。
「……何を作らせる気だ」
「厨房が欲しいのだろう? 少し時間をもらうが、最上級のものを、」
「料理が出てきたってことは、作るところもあるってことだよな?」
「もちろんだ。厨房は広く快適な場所になっている」
「そこでいい。場所が空いた時間に借りるから、そこに案内してくれ」
ソティラスは残念がったが、やがて納得した。
「わかった、案内しよう。ついでに城内も――」
ごほん、とシーナが咳払いをする。
「仕事がまだ残っておりますので」
凍りつくような冷たい声色だったが、ソティラスはかまわず顔をしかめた。
「明日でよいだろう。それよりも嫁が早く城に慣れるほうが大事だ」
「案内だけならばレイルで十分ではありませんか」
「私がやりたいのだ」
はたから見ていれば丸きり駄々をこねる子どもと母親の会話である。ルーチェの考えが読めるのか、シーナが鋭い視線で射抜く。お前の口から言え、という無言の圧力を感じた。
シーナと同じように咳払いをしてルーチェは言った。
「今日はレイルに案内してもらう」
「しかし……」
ソティラスは不服そうだ。
「そんなに案内したいんだったら仕事片付けてから時間作ればいいだろ」
魔王から逃れるための投げやりな言葉でルーチェに説得され、ソティラスは渋々頷いた。「そうだな、時間を作れば案内以外のことも……」という空恐ろしい言葉が聞こえたが、とりあえずルーチェは聞かなかったことにする。
早速来たチャンスだ。ルーチェにとって、魔王とその側近がいないことは好都合。この好機を生かさない手はない。
目をつぶってゆっくりと咀嚼する。覚悟していたが、心配していた痺れや苦しみはない。そればかりか、口の中でほどけるような柔らかい肉のうまみは、口に入れた瞬間から体中に広がるようで、リンゴの果肉と果汁を煮詰めたのであろうソースは香りもよく、リンゴの風味や甘さがよく出ている。しかし肉のよさを損なわれることはなく、上手く両者の長所を引き上げていた。鼻から通る吐息でさえもしばらくの間味わえるほどだ。
もう一口食べる。止まらずもう一口。食事の格式高いマナーなど知らないルーチェは、無我夢中で次から次へと口の中に放り込んでいった。空腹だからという理由だけではない。魔王の言った通り、目の前に並ぶ料理はどれも絶品だった。
「どうだ?」
ソティラスがルーチェの顔を覗き込む。
「…………」
ルーチェは手を止め、目をそらし、小さく呟いた。
「……うまい」
素直な感想が零れる。毒だの何だのと言って拒んでいた自分を恥じるほどだ。当たり前のことながら敵を信じられなかったとはいえ、安全だと分かった途端、作法もなしにがっついてしまうとは節操が無い。
「おお、そうか! ならばもっと食べろ。こちらのも美味しいぞ」
ソティラスは自分が褒められたかのように喜び、次々とルーチェの周りに皿を寄せた。
「そ、そんなに食べれるかよ」
ルーチェは高く積みあがった皿と、増え続ける美味しい料理を横目に渋々辞した。増え続ける料理よりも、腹の満腹具合よりも、気がかりなことがある。
(し、視線が……魔王が毒味をしたあたりから、魔王越しに見える側近の視線が痛い!)
シーナの僅かに震える右手は、腰に挿す剣を抜こうとするのを必死に抑えているようにも見える。
ルーチェは、「ご馳走様でした」とフォークを置き、息を吐く。腹が膨れたためか、気持ちが落ち着いた。魔王を憎む気持ちが消えたわけではないが、冷静さは取り戻した。
(落ち着いて物事を考えなければ何も始まらない。オルトスも言ってた、腹が減っては戦もできない、郷に入っては郷に従え、とかなんとか)
とりあえず、は。
「今度から食事はいらない」
と、ルーチェはきっぱりと告げた。
「なんだ、口に合わなかったか?」
「いや、美味かったよ」
不安げなソティラスに素直に感想を述べる。ゲーティア国の食事も悪くない。
「だけど何というか……こういう高級そうなものは、疲れる」
理由はいくつかある。食べなれていない。だだっ広い食堂で、周りに給仕たちがいるのも居心地が悪い。まして魔王の城内で世話になっているという感覚が気に入らない、など。
(他にもいろいろあるけどな)
と、シーナの視線を受け止めながらルーチェは思うが、口には出さない。正直、この料理が食べられないことは惜しい気もある。
ソティラスは首を傾げる。
「毒の心配か? だったら毎回毒味をしてやるから、」
「それはやるな」
咄嗟に言葉を遮った。シーナはいまだに睨んでくる。
(側近の態度に気づいてないのか、気付いた上でその態度なのか? 毒よりも先に、こっちに気を配ってほしい……)
「そうは言ってもな」
と、ソティラスは未だ名残惜しそうだ。
「食事は自分で作ろうと思う。だから場所が借りたい」
ルーチェはそう申し出た。頼みごとをするのは不本意だが仕方がない。
ソティラスは嫁の初めてのおねだりに顔を輝かせる。
「分かった。今すぐ作らせよう」
「待て!」
慌ててソティラスを止めた。話の流れがおかしい。
「……何を作らせる気だ」
「厨房が欲しいのだろう? 少し時間をもらうが、最上級のものを、」
「料理が出てきたってことは、作るところもあるってことだよな?」
「もちろんだ。厨房は広く快適な場所になっている」
「そこでいい。場所が空いた時間に借りるから、そこに案内してくれ」
ソティラスは残念がったが、やがて納得した。
「わかった、案内しよう。ついでに城内も――」
ごほん、とシーナが咳払いをする。
「仕事がまだ残っておりますので」
凍りつくような冷たい声色だったが、ソティラスはかまわず顔をしかめた。
「明日でよいだろう。それよりも嫁が早く城に慣れるほうが大事だ」
「案内だけならばレイルで十分ではありませんか」
「私がやりたいのだ」
はたから見ていれば丸きり駄々をこねる子どもと母親の会話である。ルーチェの考えが読めるのか、シーナが鋭い視線で射抜く。お前の口から言え、という無言の圧力を感じた。
シーナと同じように咳払いをしてルーチェは言った。
「今日はレイルに案内してもらう」
「しかし……」
ソティラスは不服そうだ。
「そんなに案内したいんだったら仕事片付けてから時間作ればいいだろ」
魔王から逃れるための投げやりな言葉でルーチェに説得され、ソティラスは渋々頷いた。「そうだな、時間を作れば案内以外のことも……」という空恐ろしい言葉が聞こえたが、とりあえずルーチェは聞かなかったことにする。
早速来たチャンスだ。ルーチェにとって、魔王とその側近がいないことは好都合。この好機を生かさない手はない。
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23.08.16
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