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3.起き抜けの混乱
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「――……思い出した」
目覚めたベッドの上で天井を眺めながら、勇者ルーチェはぼそりと呟いた。
ざっと視線を巡らせた部屋は、シンプルだが洗練された豪華な部屋であり、昨夜、ルーチェが散々痴態をさらした部屋だった。
「くそッ!」
ルーチェの記憶が徐々に蘇ってくる。
『勇者ルーチェよ、私の嫁になれ』
その魔王の発言後、ルーチェの意識は途切れ、再び意識を取り戻したときにはベッドの上で組み敷かれていたのだ。
(……え!? よ、嫁……!? 魔王の? ってか、ベッドの上で、俺は……魔王と!)
蘇った羞恥はやがて怒りへと変わり、じわじわと身体の奥底からマグマのように込み上げてきた。
なぜ魔王があんな行動に出たのか意味が分からない。『嫁になれ』という魔王の言葉も思い出したものの、なぜそういう話になるのかまるで理解ができない。
身体を起こすと気怠さは若干あるが、怪我は治っている。ルーチェは情けないと思いながらもベッドから起き上がる。
「……? はっ!?」
一糸も纏っていなかった。
ルーチェは外気に触れ、ようやく自分が服を着ていないことに気づいた。
(感覚が鈍ってんのか、寝ぼけてんのか、なんか魔法でもかけられてんのか? とにかく今まで気付かなかったとはな、しっかりしねえと)
ルーチェは乱暴に頭をかき、身体を確かめる。
手首には昨夜のものであろう拘束された跡が残り、情けない声を上げ続けていたためか喉が少し痛い。あとは異常なし。
屈辱ではあるが、しかし現在、身体の自由が奪われているわけではない。
(拘束されてないのは幸いだな。驚異と思われてないのは癪だが……。気持ちを切り替えて、置かれてる状況を冷静に判断しなくちゃな。まずは魔王に会わねえと)
ひとまず着るものを探そうと、ルーチェは改めて部屋の中を見渡す。
客室だろうか、豪華な部屋だ。天蓋つきのベッドに、装飾のなされたテーブルや椅子、クローゼット。暖炉の上には絵画が飾られ、カーテンの隙間からのぞく窓ガラスは大きい。
過ごすには不自由のない部屋だが、ルーチェが身につけていた剣や持ち物、衣服は見当たらない。
クローゼットを開ける。服は見つかったが、ルーチェのものではなかった。中には伝統衣装のような煌びやかな正装から、執事の制服、質素なシャツとズボン、そしてなぜかドレスまである。
「……サイズが合ってるっていうのが怖いな」
袖を通したルーチェは引きつった笑みを浮かべる。体型にぴったり合ったドレスはレースやフリルがふんだんにあしらわれたピンク色だ。着ておいてなんだが、もちろん似合うわけがない。
ドレスを脱ぎ捨て、伝統衣装もどけ、質素なシャツとズボン、ジャケットを選ぶ。
次に何か武器はないかと部屋の中を探し回る。机の引き出しやクローゼットを片端から開けていく。装備していた剣は取られたのは仕方がないが、手ぶらで敵陣にいるのは危険すぎる。
やがてルーチェは、ドレッサーの引き出しの中から銀食器のセットを見つけた。何もないよりはましだろうと、数本を懐にしまう。
準備はこれくらいでいいだろう。ドアノブに鍵はかかっていないようだ。耳を澄ませるが物音も聞こえない。ルーチェは意を決して外へと続く扉を開ける。
隙間からゆっくりと顔をのぞかせると、目の前に影が見えた。敵かとルーチェは身構えたが、その姿を見た途端、目を見開き、固まった。
「……にん、げん?」
目の前にいるのは明らかに同年代の、人間の男だった。魔王のような角も牙もない。身に纏う黒い燕尾服は執事のそれだ。魔王、魔族たる姿ではない。
男は壁にもたれかかり、目をつぶったまま動かない。耳を澄ませば寝息が聞こえて、たまにむにゃむにゃ寝言を言っている。どうやら居眠りをしているようだ。ふわふわと毛先のカールした髪が、日向ぼっこをする猫を彷彿させる。
平和そうな寝顔に、ルーチェは混乱した頭で考える。
(……もしかして、今までの出来事は全部夢だったのか? ここは魔王の城じゃなくて、ハイリヒの城に泊まってただけで。……なんだー、だったら妙にリアルな夢だったなー。しっかし、魔王に襲われる夢とか、すげー悪夢だったな。いや、むしろ魔王に対する敵愾心が増したことに感謝すべきかもなー。なんだー、そうだったのかー)
ルーチェは納得したようにうんうんと何度も頷き、部屋から出る。すると突然、執事はばっと目を覚まし、身を起こすとルーチェをまじまじと見つめた。
しばらく執事はそのままで、ルーチェは居たたまれない。
「な、なんなんだ……?」
いきなりのことで戸惑うルーチェの前で、ようやく彼ははっとし、深々と頭を下げた。すぐに顔を上げると、冬の早朝のような爽やかな笑みを浮かべた。
「おはようございますっ。お目覚めですか。申し訳ありません、えっと……瞑想していて」
(いや明らかに寝てただろ)
執事は照れたように笑っている。
「昨晩はよく眠れたでしょうか」
「ま、まあ……?」
悪夢を見たことがよく眠れたのかはさて置き。
ルーチェの返事に、「それはよかったです」と執事は頷いた。
「それで、お身体は大丈夫でしょうか?」
「か、身体?」
(そうだ、この身体の異変はどう説明すればいいんだ。手首の痕も、喉の痛みも、鮮明な記憶も……。全部、魔王との悪夢みたいな交わりの証拠じゃないのか……!)
青ざめるルーチェに、執事は笑いながら追い討ちをかける一言を放った。
「不調や要望がありましたら、何なりとお申し付けください。魔王様に丁重にもてなすよう言われておりますので」
魔王。
その言葉に現実を突きつけられる。ルーチェは愕然とした。
(ただの悪夢じゃなかったのか……? じゃあ、目の前にいる、明らかに人間に見える彼も、魔族なのか……?)
ルーチェは疑いのまなざしで目の前の執事を見つめる。よく見ると耳の先が尖がっている。エルフ族の特徴だ。しかし魔王を倒しに来た勇者であるルーチェに向かって襲ってくるような真似はせず、ルーチェの態度に首をかしげながらも一切敵意のない笑顔を向けている。
「……君は、いったい」
執事ははっとし、
「申し送れました。わたくしはレイル。この城で執事をやっております。今は一応、ルーチェ様専属ですっ」
敵であるはずのレイルだが、ルーチェに向かって、変わらず爽やかな笑顔を見せる。わけが分からない。まだ分からないことがある。
(レイルはさっき、『魔王様に丁重にもてなすように言われた』とか言わなかったか?)
「体調もよろしいようですね。何も質問がないようでしたら、お腹がすいていらっしゃると思いますので、今から食堂のほうへと案内いたしますが――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
ルーチェは慌てた。質問ならありすぎて何から聞けばいいか分からないぐらいだ。
「何がどうなってるか俺にはさっぱりなんだ。状況が全く理解出来てない。はじめからちゃんと説明してくれ!」
「は、はじめから、と言われましても……」
レイルは眉を下げ困惑した表情を浮かべる。
(詳しいことまでは分かってないのか、それとも話すこと自体禁じられてるのかもしれないな。やっぱここは元凶である魔王に直接聞くしかないみたいだが)
「……じゃあ、魔王の居場所を――」
と、ルーチェが尋ねようとしたところで、長い廊下の向こう側から話し声が聞こえてきた。
目覚めたベッドの上で天井を眺めながら、勇者ルーチェはぼそりと呟いた。
ざっと視線を巡らせた部屋は、シンプルだが洗練された豪華な部屋であり、昨夜、ルーチェが散々痴態をさらした部屋だった。
「くそッ!」
ルーチェの記憶が徐々に蘇ってくる。
『勇者ルーチェよ、私の嫁になれ』
その魔王の発言後、ルーチェの意識は途切れ、再び意識を取り戻したときにはベッドの上で組み敷かれていたのだ。
(……え!? よ、嫁……!? 魔王の? ってか、ベッドの上で、俺は……魔王と!)
蘇った羞恥はやがて怒りへと変わり、じわじわと身体の奥底からマグマのように込み上げてきた。
なぜ魔王があんな行動に出たのか意味が分からない。『嫁になれ』という魔王の言葉も思い出したものの、なぜそういう話になるのかまるで理解ができない。
身体を起こすと気怠さは若干あるが、怪我は治っている。ルーチェは情けないと思いながらもベッドから起き上がる。
「……? はっ!?」
一糸も纏っていなかった。
ルーチェは外気に触れ、ようやく自分が服を着ていないことに気づいた。
(感覚が鈍ってんのか、寝ぼけてんのか、なんか魔法でもかけられてんのか? とにかく今まで気付かなかったとはな、しっかりしねえと)
ルーチェは乱暴に頭をかき、身体を確かめる。
手首には昨夜のものであろう拘束された跡が残り、情けない声を上げ続けていたためか喉が少し痛い。あとは異常なし。
屈辱ではあるが、しかし現在、身体の自由が奪われているわけではない。
(拘束されてないのは幸いだな。驚異と思われてないのは癪だが……。気持ちを切り替えて、置かれてる状況を冷静に判断しなくちゃな。まずは魔王に会わねえと)
ひとまず着るものを探そうと、ルーチェは改めて部屋の中を見渡す。
客室だろうか、豪華な部屋だ。天蓋つきのベッドに、装飾のなされたテーブルや椅子、クローゼット。暖炉の上には絵画が飾られ、カーテンの隙間からのぞく窓ガラスは大きい。
過ごすには不自由のない部屋だが、ルーチェが身につけていた剣や持ち物、衣服は見当たらない。
クローゼットを開ける。服は見つかったが、ルーチェのものではなかった。中には伝統衣装のような煌びやかな正装から、執事の制服、質素なシャツとズボン、そしてなぜかドレスまである。
「……サイズが合ってるっていうのが怖いな」
袖を通したルーチェは引きつった笑みを浮かべる。体型にぴったり合ったドレスはレースやフリルがふんだんにあしらわれたピンク色だ。着ておいてなんだが、もちろん似合うわけがない。
ドレスを脱ぎ捨て、伝統衣装もどけ、質素なシャツとズボン、ジャケットを選ぶ。
次に何か武器はないかと部屋の中を探し回る。机の引き出しやクローゼットを片端から開けていく。装備していた剣は取られたのは仕方がないが、手ぶらで敵陣にいるのは危険すぎる。
やがてルーチェは、ドレッサーの引き出しの中から銀食器のセットを見つけた。何もないよりはましだろうと、数本を懐にしまう。
準備はこれくらいでいいだろう。ドアノブに鍵はかかっていないようだ。耳を澄ませるが物音も聞こえない。ルーチェは意を決して外へと続く扉を開ける。
隙間からゆっくりと顔をのぞかせると、目の前に影が見えた。敵かとルーチェは身構えたが、その姿を見た途端、目を見開き、固まった。
「……にん、げん?」
目の前にいるのは明らかに同年代の、人間の男だった。魔王のような角も牙もない。身に纏う黒い燕尾服は執事のそれだ。魔王、魔族たる姿ではない。
男は壁にもたれかかり、目をつぶったまま動かない。耳を澄ませば寝息が聞こえて、たまにむにゃむにゃ寝言を言っている。どうやら居眠りをしているようだ。ふわふわと毛先のカールした髪が、日向ぼっこをする猫を彷彿させる。
平和そうな寝顔に、ルーチェは混乱した頭で考える。
(……もしかして、今までの出来事は全部夢だったのか? ここは魔王の城じゃなくて、ハイリヒの城に泊まってただけで。……なんだー、だったら妙にリアルな夢だったなー。しっかし、魔王に襲われる夢とか、すげー悪夢だったな。いや、むしろ魔王に対する敵愾心が増したことに感謝すべきかもなー。なんだー、そうだったのかー)
ルーチェは納得したようにうんうんと何度も頷き、部屋から出る。すると突然、執事はばっと目を覚まし、身を起こすとルーチェをまじまじと見つめた。
しばらく執事はそのままで、ルーチェは居たたまれない。
「な、なんなんだ……?」
いきなりのことで戸惑うルーチェの前で、ようやく彼ははっとし、深々と頭を下げた。すぐに顔を上げると、冬の早朝のような爽やかな笑みを浮かべた。
「おはようございますっ。お目覚めですか。申し訳ありません、えっと……瞑想していて」
(いや明らかに寝てただろ)
執事は照れたように笑っている。
「昨晩はよく眠れたでしょうか」
「ま、まあ……?」
悪夢を見たことがよく眠れたのかはさて置き。
ルーチェの返事に、「それはよかったです」と執事は頷いた。
「それで、お身体は大丈夫でしょうか?」
「か、身体?」
(そうだ、この身体の異変はどう説明すればいいんだ。手首の痕も、喉の痛みも、鮮明な記憶も……。全部、魔王との悪夢みたいな交わりの証拠じゃないのか……!)
青ざめるルーチェに、執事は笑いながら追い討ちをかける一言を放った。
「不調や要望がありましたら、何なりとお申し付けください。魔王様に丁重にもてなすよう言われておりますので」
魔王。
その言葉に現実を突きつけられる。ルーチェは愕然とした。
(ただの悪夢じゃなかったのか……? じゃあ、目の前にいる、明らかに人間に見える彼も、魔族なのか……?)
ルーチェは疑いのまなざしで目の前の執事を見つめる。よく見ると耳の先が尖がっている。エルフ族の特徴だ。しかし魔王を倒しに来た勇者であるルーチェに向かって襲ってくるような真似はせず、ルーチェの態度に首をかしげながらも一切敵意のない笑顔を向けている。
「……君は、いったい」
執事ははっとし、
「申し送れました。わたくしはレイル。この城で執事をやっております。今は一応、ルーチェ様専属ですっ」
敵であるはずのレイルだが、ルーチェに向かって、変わらず爽やかな笑顔を見せる。わけが分からない。まだ分からないことがある。
(レイルはさっき、『魔王様に丁重にもてなすように言われた』とか言わなかったか?)
「体調もよろしいようですね。何も質問がないようでしたら、お腹がすいていらっしゃると思いますので、今から食堂のほうへと案内いたしますが――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
ルーチェは慌てた。質問ならありすぎて何から聞けばいいか分からないぐらいだ。
「何がどうなってるか俺にはさっぱりなんだ。状況が全く理解出来てない。はじめからちゃんと説明してくれ!」
「は、はじめから、と言われましても……」
レイルは眉を下げ困惑した表情を浮かべる。
(詳しいことまでは分かってないのか、それとも話すこと自体禁じられてるのかもしれないな。やっぱここは元凶である魔王に直接聞くしかないみたいだが)
「……じゃあ、魔王の居場所を――」
と、ルーチェが尋ねようとしたところで、長い廊下の向こう側から話し声が聞こえてきた。
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