上 下
15 / 56

第9話 奇跡(2)

しおりを挟む
「パトリシア様。よろしければ、こちらをお受け取りください」

 懐に左手を入れられていた、テオドール様。その手が服の中から出てくると、そこにはペンダントヘッド――小さなエメラルドが埋め込まれたものが、ありました。

「こちらはお守りとして、幼少期より持ち歩いているものです。これまで僕は大きな不幸が一度もなく、効果は覿面のようですのでね。もうああいったことないとは思いますが――。再発防止のために、お持ちください」
「そっ、そんなっ。いただけません……っ。テオドール様の貴重なものですので――」
「貴重なものだから、この場でお渡ししたいのですよ。僕にとって貴女は、何よりも大切な存在なのですから」

 ふわり、と。私へと注がれていた目線が、更に優しく柔らかくなりました。

「大切な方のためなら、できる事はなんでもしたくなるのですよ。そちらは今の僕の、何よりの願いです。お願いを聞いてはいただけませんか?」
「……………………はい。そうさせて、いただきます」

 こんなお顔とお言葉に対し、首を横になんて振れません。振れるはずがありません。私は両手でお守りを受け取り、胸元でそっと抱き締めました。

「…………ポカポカとしたぬくもりを、感じます。テオドール様が、いらっしゃるようです」
「そちらには僕の感情も込めておきましたので、より効果が増しているはずですよ。少々違う形で、パトリシア様をお守り致します」

 テオドール様はわざわざ片膝立ちになって瞳を見つめてくださり、それが済むと本当に名残惜しそうにしながら、お部屋を去られました。
 すっかり元通りですから私も外でお見送りをしたかったのですが、テオドール様に釘を刺されています。2階の窓を開けてお見送りをして、そのあと、私は室内にあるドレッサーへと向かいます。
 そしてそこにあるチェーンにいただいたものを取り付け、身に着けました。

「パトリシア。早速、身に着けたのだな」
「テオドール様に頂いた、沢山のものが詰まったお守りですので。これからは、肌身離さずつけていたいと思います」
「うん、うんっ、それがいい。良く似合っているぞ、パトリシア」
「そうね、あなた。もっと色々な角度から見てみたいけれど、今は回復したばかり。熱がなくても体は疲れているでしょうし、今日はゆっくり休みましょうねパトリシア」
「はい、お母様。そういたします」

 数日後には、大事なこともありますので。汗を拭いたあとトマトのリゾットをお腹に入れて、私はベッドに入ったのでした。



 倒れていた時に、恐ろしい出来事があった。そのことは、しっかりと覚えています。
 ですが右手の温かさが吹き飛ばしてくれた覚えがありますし、なにより、胸元にはお守りがありますので。恐怖心を微塵も感じることなく、再び眠りの世界へと落ちていたのでした――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里
恋愛
社交界デビューの日。 訳も分からずいきなり第一王子、エルベルト・フォンテーヌ殿下に挨拶を拒絶された子爵令嬢のロザンヌ・ダングルベール。 後日、謝罪をしたいとのことで王宮へと出向いたが、そこで知らされた殿下の秘密。 それによって、し・か・た・な・く彼の掃除婦として就いたことから始まるラブファンタジー。

無理やり『陰険侯爵』に嫁がされた私は、侯爵家で幸せな日々を送っています

朝露ココア
恋愛
「私は妹の幸福を願っているの。あなたには侯爵夫人になって幸せに生きてほしい。侯爵様の婚姻相手には、すごくお似合いだと思うわ」 わがままな姉のドリカに命じられ、侯爵家に嫁がされることになったディアナ。 派手で綺麗な姉とは異なり、ディアナは園芸と読書が趣味の陰気な子爵令嬢。 そんな彼女は傲慢な母と姉に逆らえず言いなりになっていた。 縁談の相手は『陰険侯爵』とも言われる悪評高い侯爵。 ディアナの意思はまったく尊重されずに嫁がされた侯爵家。 最初は挙動不審で自信のない『陰険侯爵』も、ディアナと接するうちに変化が現れて……次第に成長していく。 「ディアナ。君は俺が守る」 内気な夫婦が支え合い、そして心を育む物語。

【完結】悪役令嬢はヒロインの逆ハールートを阻止します!

桃月とと
恋愛
 メルは乙女ゲーム「ラブコレ」の、なんちゃって悪役令嬢のはずだった。偶然にも前世の記憶を取り戻せたので、大人しくモブとして暮らしていこうと決めていた。  幼馴染でメインキャラクターの1人であるジルのことが好きだったが、彼とはライバル以上にはなれないと諦めてもいた。  だがゲームと同じく、学園が始まってしばらくするとヒロインのアリスが逆ハーレムルートを選んだことに気がつく。 「いや、大人しく第一王子でも選んどけよ!」  ジルにとって……いや、他のキャラにとっても幸せとは言えない逆ハールート。それなら自分も……と、メルはジルへの気持ちを解禁する。  少なくとも絶対に逆ハールートを成功させたりなんかしないわ! 悪役令嬢? いくらでもなってやる!

辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜

津ヶ谷
恋愛
 ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。 次期公爵との婚約も決まっていた。  しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。 次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。  そう、妹に婚約者を奪われたのである。  そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。 そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。  次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。  これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

【完結】メンヘラ製造機の侯爵令息様は、愛のない結婚を望んでいる

当麻リコ
恋愛
美しすぎるがゆえに嫉妬で嘘の噂を流され、それを信じた婚約者に婚約を破棄され人間嫌いになっていたシェリル。 過ぎた美貌で近付く女性がメンヘラストーカー化するがゆえに女性不信になっていたエドガー。 恋愛至上の社交界から遠ざかりたい二人は、跡取りを残すためという利害の一致により、愛のない政略結婚をすることに決めた。 ◇お互いに「自分を好きにならないから」という理由で結婚した相手を好きになってしまい、夫婦なのに想いを伝えられずにいる両片想いのお話です。 ※やや同性愛表現があります。

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

処理中です...