上 下
27 / 56

第8話(2)

しおりを挟む
「あの。どうされたのですか?」
「お兄さん、ご心配をおかけしてすみません。旦那が、腰をやっちゃったみたいなんですよ」

 急いで駆け寄ると、奥様が介抱しつつ説明をしてくださいました。
 商品の陳列を変更していて、往復が面倒だからと大量に一気に抱えた。その結果腰に大きな負荷がかかってしまい、こうなってしまったようです。

「もう若くないんだから、無理するなって言ったのに……。『大丈夫だ!』と言い張って、このザマですよ」
「今日は偶々、調子が悪かっただけさ。普段のわたしなら、このくらいは楽々――あいたたたたた……っ」
「店長さんっ! 大丈夫ですかっ?」
「減らず口を叩けていますし、平気ですよ。……とはいえ。念のために、お医者さまに診てもらっておいた方がいいわねぇ」

 奥様はそう仰ると店を畳む準備を始め、「待ってくれハールっ!」。すぐに、店長さんから待ったがかかります。

「店を閉めたら、わざわざ来てくださったお客様に申し訳が立たない。幸い痛みは引いてきていて、ハールの肩を借りずとも独りで行ける。すまんが、店番を頼んだ――いててててて……っ」
「はあ。そんな状態で、独りで行けるはずがないでしょう? 気持ちは分かるけど、今日は諦めなさいな」
「いいや、駄目だ……っ。もしも昨日のように、遠方から来てくださった方が居たら大変だ。期待を裏切る真似は、できん……っ!」

 こちらの商品は食にうるさいミンラ様が贔屓にしていた程に、支持をされています。私が扱き使われていた頃もそういう方が頻繁にいらっしゃっていましたし、恐らくそれは杞憂ではありません。

「わたしは、大丈夫だ。この痛みは、何とかする……っ。だから、ハール。この店を頼んだ……っ」
「…………まったくもう、これだから職人は困るのよね。はいはい、分かりましたよ。あたしが店番をしておくわ」

 店長さんの目は、真摯な色しかありませんでした。そのためそれを見た奥様は、呆れと不安、そして敬意を表して、2回頷きを返しました。

 そして――。
 そんなお二人の姿を見た私達も、同じように頷き合っていました。

「マティアス君」
「うん。店長様、奥様。よろしければ、俺達が店番を致しますよ」

 私達がお手伝いをする、私達が治療施設にお連れする。選択肢はこの2つで、人数的にも後者の方がいいと感じていました。
 しかしながら奥様には、不安という案じる様子が強くありました。そのため『マティアス君が御者さんと馬車を用意して、お二人で向かう』という、お傍にいられる前者を申し出ました。

(変装で隠していますが、彼女と自分は――こういう身分でして、素性はハッキリしております。商品や売り上げに対する盗み、所謂ネコババなどは発生しませんので、遠慮なく俺達を利用してください)
(えっ、英雄様とそのお相手の御令嬢様っ!? えっ!? ええ!?)
(どっ、どうしてこちらに!? どうしてわたし共にそんなご提案を!?)
(このお店には御縁がありまして、自分達にとっても非常に大切な場所なのですよ)
(こちらがなければ今の私達はなく、お店にもお二人にも感謝しています。ですので、恩返しをさせてください)

 これは人助けであり、私達の希望。そのためお二人は驚きながらも受け入れてくださり、戻られるまで代役を担う事になりました。

「2~3時間後――閉店時間までには午後7時までには、戻ってこられると思います。それまで、よろしくお願い致します」」
「「はい。お任せください」」

 そうしてお二人は安堵して治療に向かわれ、私達のお仕事が始まりました。
 人生初のお店番、スタートです……っ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来
恋愛
 王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。  二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。  そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。  王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。 『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』  1年後……  王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』  王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。 「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」 「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」 ……あら?   この筆跡、陛下のものではなくって?  まさかね……  一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……  お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。  愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

処理中です...