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第5話 出会い シュザンヌ視点(3)

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「お礼、ですか?」
「はい。わたしにできることがありましたら、なんでもさせていただきたいのです」

 あのとき、クロヴィスさんが来てくださらなければ――信用して味方になってくださらなければ、わたしは間違いなく犯人になっていました。『賠償』も『怒りを買う』もモファクーナ家にとっては致命傷で、わたし自身も家も大変なことになっていました。
 どうしても恩返しをしたくて、解決後にお願いをさせていただきました。

「わたしは、あまりにも大きなものをいただきました。ですので少しでも、お返しをさせてくださいませんか……?」
「……分かりました。では、そうですね。明日の正午は空いていますか?」
「は、はいっ、空いておりますっ」
「それはよかった。なら僕と一緒に、ティラミスを食べてはくれませんか?」
「…………。え……?」

 あまりにも予想外なお願いが出て、わたしは思わずキョトンとしてしまいました。

「実を言いますと先ほど当主殿から美味しいと評判のお店を伺い、帰国前に立ち寄ってみたいと思っていたのですよ。ですが独りでの入店は少々気後れしてしまっておりましてね、その相手になっていただきたいのです」
「……ほ、本当に……。そういったもので、構わない、のですか……?」
「もちろん。絶品とされるティラミスに興味津々で、それが今の一番の、僕のお願いですよ」

 その時は解決の安堵や予想外の提案による混乱で気付きませんでしたが、クロヴィスさんはここでも気を遣ってくださっていました。
 断ったら嫌な思いをさせてしまうし、大きなお願いにすれば困らせてしまうことになる。
 そんな理由でこういったものを選んでくださり、翌日ご一緒させていただくようになって――。その席が切っ掛けとなり、わたし達の関係は深まってゆくことになるのでした。

「へぇ~。モファクーナさんは、犬と猫がお好きなのですね」
「はい。両親と兄が苦手なのでお屋敷内にはいませんが、大好きです。微々たるものですが保護団体に寄付を行っていて、時々遊びに行かせてもらっています」
「僕も大好きで、祖国では野良犬と野良猫の保護と里親に関する活動もしていますよ。ウチにも現在犬が4匹猫が6匹いて、みんな良い子ばかりです」

「わぁ、そうなのですねっ。わたしも幼い頃から絵が趣味なんです」
「また、一緒がありましたね。ちなみによく描くのは何画ですか?」
「わたしは水彩画です。空や山など、風景を好んで描いております」
「僕も水彩画中心で、風景画が観るのも描くのも好きなんですよ。いつか拝見したいです」

 などなど。わたし達には共通点がいくつもあると知り、あっという間に意気投合。瞬く間に心の距離が縮まり、解散の時間になってもまだまだ喋り足りなくて、週に1回のペースで文通をすることになったのです。

「これでいつでも続きを話せますし、3か月後には再びこの国を訪れる予定になっています。その時にまたお会いしましょう」
「はいっ。楽しみにしております」

 お手紙のやり取りをしている間に更に距離は縮まり、気さくに『シュザンヌ』と呼んでいただけるようになって、わたしも『クロヴィスさん』を呼ばせていただくようになって。より一層、3か月後の再会を心待ちにしていました。
 ですがその直前に、わたしは聖女に覚醒しました。

 ――聖女は強力な自衛の力を持っているものの、万が一があるかもしれない――。

 そのため、異国の方とは会うことができなくなってしまい……。再会は叶わなかったのですが、危険性がないため文通だけは引き続き可能でした。

《お会いできなくなってしまい、申し訳ございません》

《お気になさらないでください。こうして文字でならお話しできますしね》

《そう、ですね。これからもよろしくお願い致します》

《こちらこそ、よろしくお願いします。……一緒にティラミスを楽しんだ時から、僕達は友人です。周りには相談しにくいことが出来てしまった場合は、いつでも遠慮なく相談してくださいね》

 ですので関係は続いて、もっともっとクロヴィスさんという人を知っていて。
 知れば知るほど、クロヴィスさんを好きになっていて。


 クロヴィスさんはずっと、世界で一番大好きな存在だったのです。
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