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第1話 違和感 アニエス視点(1)

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 ※(( ))で覆われたセリフは心の中の声となっております。





「アニエス。今日から君のことを、エリスと呼んでもいいかな?」

 それは、朝食を摂るために食堂を訪れた直後のことでした。少し遅れていらっしゃったクリストフ様が、開口一番そんな風に仰られたのです。

「エリス……ですか……? な、なぜエリスなのでしょうか……?」

 この国にももちろん、愛称はあります。ただソレはわたしの場合『アニー』などで、アニエスをエリスと呼ぶことはありません。
 そう呼びたい理由が分からず、わたしは目を瞬(しばたた)かせながら首を傾げました。

「僕はつい3か月前まで3年間、隣国『バーベリアス』に留学していたよね?」
「は、はい。留学されていましたね」
「そのバーベリアスでは――僕が暮らしていた地域の方言では、『最愛の人』を表す言葉が『エリス』なんだよ。君は唯一無二の最愛の人だからね、ピッタリな、これ以上はない呼称だと思ったんだ」

 実を言うと、わたしと婚約を交わしたその時からそう呼びたかったそうです。
 ただ、交わしてすぐに別の名前で呼ぶのは失礼だと思い、口にされていなかったのだと仰りました。

「それに君と過ごす時間に比例して、君への愛情がますます増えていっている。出会った時点で限界値を迎えていたと思っていたけど、その限界を軽々と超えてしまっていてね。エリスしかないと、より思うようになったんだよ」
「そう、なのですね」
「だからお願いします。これからはエリスと呼ばせてください」
「クリストフがここまで言うなんて珍しいな。聞いてやっておくれ」
「そうね、この子がこんなにも言うのはとても珍しいわ。婚約の話を含め、これまでたった2回なの。どうか認めてあげて頂戴」
「しょ、承知いたしました。想っていただけるのは本当に嬉しいことですので、どうぞエリスとお呼びください」

 と、クリストフ様、ジルお義父様、デレジお義母様に笑顔を返しましたが――。心の中では正反対で、眉を顰めていました。

((いくら愛していると言っても……。本名より優先するのはおかしいですよね……?))

 わたしも、かつては恋をしていたので分かります。愛する人は名前で呼びたいものです。愛しているからこそ、その人の本名で呼びたくなるんです。

((ということは…………クリストフ様は、わたしを愛していない……? いえ、それはありませんよね……))

 自分で言うのもおかしな話なのですが、ローレラル子爵家には大したコネクションも地位も財も魅力的な土地もない。アリズランド伯爵家には家としてのメリットが皆無で、愛がなければ関係を結ぶ意味はありません。

((だとしたら、留学の影響なのでしょうか……? あちらでは比較的ポピュラーなことで、3年間暮らしている間に馴染んだからなのでしょうか……?))

 そんなことを考えながら心の中で首を傾げ、結局その日は終始密かに困惑し続けることになったのでした。


 それが、1つ目の違和感。
 2つ目と3つ目の違和感は――
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