上 下
1 / 94

~memory それは、1人の記憶~

しおりを挟む
 いつも、視る夢がある。
 その夢は、俺が10歳の頃――5年ほど前の記憶。舞台は、近所にある桜並木道。登場人物は自分と、同い年と思しき女の子だ。

『あのね…………生まれつき身体が弱くて……。ずっと入院していて……。殆ど病室から出ることもできないくらい、だったの……』

 その女の子は、多分、泣きながら『生前』の説明をする。
 この子の姿はどこか薄く、それは霊視できる者だけが察せる存在の証――霊の証。なので、生前の話なのだと断言できる。
 ただ、『多分』とつけたように、その子の表情は断言できない。なぜならば、この少女の顔が分からないから。
 彼女の顔面はなぜかぼやけていて、パーツを認識できない。記憶の劣化、あるいは何かしらのショックが作用しているのか。この子の顔は――いいや、そこだけじゃない。この夢は所々に、瞭然としない点があるのだ。

『そんなだから、お父さんとお母さんに……。「○○のせいで今月も赤字だ」、「○○が健康で生まれてきてたら、こんな苦労しなかったのに」って、いっつも怒られていっつも叩かれてたんだ……』
『そっか……。そう、なんだ……』

 俺は唇を強く噛み、どうしてか名前を認識できない少女に相槌を打つ。
 この時の込み上げる怒りはハッキリと覚えているのに、名はハッキリとしない。何度この夢を視ても、何度思い出そうとしても、特定できない。

『「アンタを殺したり捨てたりしたら捕まるんで、残念だけどそれは無理なのよね」。「ぁ~ぁ~。病気が悪化して、さっさと死んでくれたらいいのになぁ」。何回も何回こんな風に言われて、やっぱりその度に叩かれて……。一生懸命治そうとしたけど、病気は良くも悪くもならなくって……。段々、身体も心も痛くて苦しくなって……。生きてるのが、辛くなって……。病院の屋上から、飛び降りたの……」
『それでキミは、そうなった。心の中に死に追いやった両親への怨み、そして生まれ持っての優しさがあったから、「迷霊(めいれい)」になったんだね』

 俺は親指の腹で彼女の瞳を優しく拭い、目を細める。
 自分は、完全な霊能を持つ――霊を視たり干渉したりできる力を持つため、相手が幽霊であっても五感がちゃんと働く。なのでこの子の雰囲気もしっかりと感じられて、その過去に嘘偽りはないのだと確信できるのだ。

『俺の婆ちゃんは「迷霊師(めいれいし)」で、その辺の対処は――ああごめん。迷霊とか、そういうのはわからないよね』

 俺は片手を立てて詫びを入れ、目線の方向から推測するに、そうなのだろう。彼女の両目を見つめる。

『とにかく一般的には知られていない特別な法律があって、キミの両親に相応の裁きを下せるんだ。公正に判断された適切な罰を、与えられるんだよ』
『そ、そうなんだ……』
『なので、安心して。怨みの方は、法が解決してくれるから』

 俺は今も昔も、復讐はやめようよ! そんなの悲しいだけだよ? などとは言わない。言えない。
 はいそうですね。そう返せる程度のことであったのならば、そもそも迷霊という存在にはならない――。今回のようなケースに何度も関わり、そう感じるようになっているからだ。

『そう、なんだね。じゃあ――??? 怨みの方はって、どういうこと? 他には何かあったっけ?』
『勿論だよ。キミに楽しい思い出を作ってもらう、という方が残ってる』
『ぇ? ぇ……?』
『キミは、一切悪いことをしていない。そんなキミが。そんなにも心優しいキミが。人生を楽しめずに終わるなんておかしい。だからせめて最後に、楽しい思い出を作って上に持って行ってよ』

 親に罰を与えられると理解したから、ああやって疑問を抱かなかったら――現世への心残りがなかったら、すぐにでも成仏できる。成仏…………それはとても良いことなのだが、これは両親の件で満足しただけ。元々不要な問題が解決しただけで、厳密に言うとプラマイ0に過ぎない。
 だから俺は笑みを浮かべ、右手を前に伸ばす。

『何でも、やりたいことを言ってよ。俺ができる範囲になるけど、精一杯お手伝いをするからさ』
『…………いい、の? ワザワザ、いいのかな?』
『能力や資格や使命に関係なく、キミみたいな子にはそうあって欲しいんだ。丁度家には、育美(いくみ)――色々と共感できる、同世代の同性がいるんだよ。よかったら、育美も交えて思いっきり遊ぼうよ』
『…………ん。お願い、します』

 彼女は、モジモジと肩を窄めて首肯。恐らくは照れながら俺の手を掴み、俺達は歩き出したのだった――。


 というのが、いつも視る夢の全容。
 ……俺は、毎回。これを視るたび、いつも思うのだ。
 この子は、どんな子だったのだろう? 俺達はこのあと、何をしたのだろう? そして――

 怨みは既に取り除けていて、その気になればこの子は成仏できるから。彼女は俺に気を遣い、やりたいことをやれないまま成仏したのではないか?
 俺はこの子を、本当の意味で救えたのだろうか?

 そう、いつも考えてしまう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。 平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。 家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。 愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...