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~memory それは、1人の記憶~
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いつも、視る夢がある。
その夢は、俺が10歳の頃――5年ほど前の記憶。舞台は、近所にある桜並木道。登場人物は自分と、同い年と思しき女の子だ。
『あのね…………生まれつき身体が弱くて……。ずっと入院していて……。殆ど病室から出ることもできないくらい、だったの……』
その女の子は、多分、泣きながら『生前』の説明をする。
この子の姿はどこか薄く、それは霊視できる者だけが察せる存在の証――霊の証。なので、生前の話なのだと断言できる。
ただ、『多分』とつけたように、その子の表情は断言できない。なぜならば、この少女の顔が分からないから。
彼女の顔面はなぜかぼやけていて、パーツを認識できない。記憶の劣化、あるいは何かしらのショックが作用しているのか。この子の顔は――いいや、そこだけじゃない。この夢は所々に、瞭然としない点があるのだ。
『そんなだから、お父さんとお母さんに……。「○○のせいで今月も赤字だ」、「○○が健康で生まれてきてたら、こんな苦労しなかったのに」って、いっつも怒られていっつも叩かれてたんだ……』
『そっか……。そう、なんだ……』
俺は唇を強く噛み、どうしてか名前を認識できない少女に相槌を打つ。
この時の込み上げる怒りはハッキリと覚えているのに、名はハッキリとしない。何度この夢を視ても、何度思い出そうとしても、特定できない。
『「アンタを殺したり捨てたりしたら捕まるんで、残念だけどそれは無理なのよね」。「ぁ~ぁ~。病気が悪化して、さっさと死んでくれたらいいのになぁ」。何回も何回こんな風に言われて、やっぱりその度に叩かれて……。一生懸命治そうとしたけど、病気は良くも悪くもならなくって……。段々、身体も心も痛くて苦しくなって……。生きてるのが、辛くなって……。病院の屋上から、飛び降りたの……」
『それでキミは、そうなった。心の中に死に追いやった両親への怨み、そして生まれ持っての優しさがあったから、「迷霊(めいれい)」になったんだね』
俺は親指の腹で彼女の瞳を優しく拭い、目を細める。
自分は、完全な霊能を持つ――霊を視たり干渉したりできる力を持つため、相手が幽霊であっても五感がちゃんと働く。なのでこの子の雰囲気もしっかりと感じられて、その過去に嘘偽りはないのだと確信できるのだ。
『俺の婆ちゃんは「迷霊師(めいれいし)」で、その辺の対処は――ああごめん。迷霊とか、そういうのはわからないよね』
俺は片手を立てて詫びを入れ、目線の方向から推測するに、そうなのだろう。彼女の両目を見つめる。
『とにかく一般的には知られていない特別な法律があって、キミの両親に相応の裁きを下せるんだ。公正に判断された適切な罰を、与えられるんだよ』
『そ、そうなんだ……』
『なので、安心して。怨みの方は、法が解決してくれるから』
俺は今も昔も、復讐はやめようよ! そんなの悲しいだけだよ? などとは言わない。言えない。
はいそうですね。そう返せる程度のことであったのならば、そもそも迷霊という存在にはならない――。今回のようなケースに何度も関わり、そう感じるようになっているからだ。
『そう、なんだね。じゃあ――??? 怨みの方はって、どういうこと? 他には何かあったっけ?』
『勿論だよ。キミに楽しい思い出を作ってもらう、という方が残ってる』
『ぇ? ぇ……?』
『キミは、一切悪いことをしていない。そんなキミが。そんなにも心優しいキミが。人生を楽しめずに終わるなんておかしい。だからせめて最後に、楽しい思い出を作って上に持って行ってよ』
親に罰を与えられると理解したから、ああやって疑問を抱かなかったら――現世への心残りがなかったら、すぐにでも成仏できる。成仏…………それはとても良いことなのだが、これは両親の件で満足しただけ。元々不要な問題が解決しただけで、厳密に言うとプラマイ0に過ぎない。
だから俺は笑みを浮かべ、右手を前に伸ばす。
『何でも、やりたいことを言ってよ。俺ができる範囲になるけど、精一杯お手伝いをするからさ』
『…………いい、の? ワザワザ、いいのかな?』
『能力や資格や使命に関係なく、キミみたいな子にはそうあって欲しいんだ。丁度家には、育美(いくみ)――色々と共感できる、同世代の同性がいるんだよ。よかったら、育美も交えて思いっきり遊ぼうよ』
『…………ん。お願い、します』
彼女は、モジモジと肩を窄めて首肯。恐らくは照れながら俺の手を掴み、俺達は歩き出したのだった――。
というのが、いつも視る夢の全容。
……俺は、毎回。これを視るたび、いつも思うのだ。
この子は、どんな子だったのだろう? 俺達はこのあと、何をしたのだろう? そして――
怨みは既に取り除けていて、その気になればこの子は成仏できるから。彼女は俺に気を遣い、やりたいことをやれないまま成仏したのではないか?
俺はこの子を、本当の意味で救えたのだろうか?
そう、いつも考えてしまう。
その夢は、俺が10歳の頃――5年ほど前の記憶。舞台は、近所にある桜並木道。登場人物は自分と、同い年と思しき女の子だ。
『あのね…………生まれつき身体が弱くて……。ずっと入院していて……。殆ど病室から出ることもできないくらい、だったの……』
その女の子は、多分、泣きながら『生前』の説明をする。
この子の姿はどこか薄く、それは霊視できる者だけが察せる存在の証――霊の証。なので、生前の話なのだと断言できる。
ただ、『多分』とつけたように、その子の表情は断言できない。なぜならば、この少女の顔が分からないから。
彼女の顔面はなぜかぼやけていて、パーツを認識できない。記憶の劣化、あるいは何かしらのショックが作用しているのか。この子の顔は――いいや、そこだけじゃない。この夢は所々に、瞭然としない点があるのだ。
『そんなだから、お父さんとお母さんに……。「○○のせいで今月も赤字だ」、「○○が健康で生まれてきてたら、こんな苦労しなかったのに」って、いっつも怒られていっつも叩かれてたんだ……』
『そっか……。そう、なんだ……』
俺は唇を強く噛み、どうしてか名前を認識できない少女に相槌を打つ。
この時の込み上げる怒りはハッキリと覚えているのに、名はハッキリとしない。何度この夢を視ても、何度思い出そうとしても、特定できない。
『「アンタを殺したり捨てたりしたら捕まるんで、残念だけどそれは無理なのよね」。「ぁ~ぁ~。病気が悪化して、さっさと死んでくれたらいいのになぁ」。何回も何回こんな風に言われて、やっぱりその度に叩かれて……。一生懸命治そうとしたけど、病気は良くも悪くもならなくって……。段々、身体も心も痛くて苦しくなって……。生きてるのが、辛くなって……。病院の屋上から、飛び降りたの……」
『それでキミは、そうなった。心の中に死に追いやった両親への怨み、そして生まれ持っての優しさがあったから、「迷霊(めいれい)」になったんだね』
俺は親指の腹で彼女の瞳を優しく拭い、目を細める。
自分は、完全な霊能を持つ――霊を視たり干渉したりできる力を持つため、相手が幽霊であっても五感がちゃんと働く。なのでこの子の雰囲気もしっかりと感じられて、その過去に嘘偽りはないのだと確信できるのだ。
『俺の婆ちゃんは「迷霊師(めいれいし)」で、その辺の対処は――ああごめん。迷霊とか、そういうのはわからないよね』
俺は片手を立てて詫びを入れ、目線の方向から推測するに、そうなのだろう。彼女の両目を見つめる。
『とにかく一般的には知られていない特別な法律があって、キミの両親に相応の裁きを下せるんだ。公正に判断された適切な罰を、与えられるんだよ』
『そ、そうなんだ……』
『なので、安心して。怨みの方は、法が解決してくれるから』
俺は今も昔も、復讐はやめようよ! そんなの悲しいだけだよ? などとは言わない。言えない。
はいそうですね。そう返せる程度のことであったのならば、そもそも迷霊という存在にはならない――。今回のようなケースに何度も関わり、そう感じるようになっているからだ。
『そう、なんだね。じゃあ――??? 怨みの方はって、どういうこと? 他には何かあったっけ?』
『勿論だよ。キミに楽しい思い出を作ってもらう、という方が残ってる』
『ぇ? ぇ……?』
『キミは、一切悪いことをしていない。そんなキミが。そんなにも心優しいキミが。人生を楽しめずに終わるなんておかしい。だからせめて最後に、楽しい思い出を作って上に持って行ってよ』
親に罰を与えられると理解したから、ああやって疑問を抱かなかったら――現世への心残りがなかったら、すぐにでも成仏できる。成仏…………それはとても良いことなのだが、これは両親の件で満足しただけ。元々不要な問題が解決しただけで、厳密に言うとプラマイ0に過ぎない。
だから俺は笑みを浮かべ、右手を前に伸ばす。
『何でも、やりたいことを言ってよ。俺ができる範囲になるけど、精一杯お手伝いをするからさ』
『…………いい、の? ワザワザ、いいのかな?』
『能力や資格や使命に関係なく、キミみたいな子にはそうあって欲しいんだ。丁度家には、育美(いくみ)――色々と共感できる、同世代の同性がいるんだよ。よかったら、育美も交えて思いっきり遊ぼうよ』
『…………ん。お願い、します』
彼女は、モジモジと肩を窄めて首肯。恐らくは照れながら俺の手を掴み、俺達は歩き出したのだった――。
というのが、いつも視る夢の全容。
……俺は、毎回。これを視るたび、いつも思うのだ。
この子は、どんな子だったのだろう? 俺達はこのあと、何をしたのだろう? そして――
怨みは既に取り除けていて、その気になればこの子は成仏できるから。彼女は俺に気を遣い、やりたいことをやれないまま成仏したのではないか?
俺はこの子を、本当の意味で救えたのだろうか?
そう、いつも考えてしまう。
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