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幕間 ジルベールの誤算 その2
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「どうだ? アンリエットの悪評は、いい具合に広まっているか?」
ここは王族が住まう、デュメン城。広い広い私室で優雅にレコードを聴いていたジルベールは、報告に来た者たちに顔を向けた。
「オーカス・ウルデは、数々の貴族に地獄を見せた人物だ。世間はすでに、アンリエットへの非難一色となっただろう?」
「「………………。………………」」
「? どうした? 即座に返事をしない人間は嫌いだと、昨日言ったよな?」
「す、みません殿下。実は、ですね……」
「先程街で、確認したところ……。悪評は、広まっておりませんでした……」
「なんだと!? どうなっているんだ!?」
自らが口にしたように、オーカスは数々の貴族に地獄を見せた人物。実績がある上に今回は、多額の報酬を与えた。
失敗する要素がないにもかかわらず、失敗している。そのあまりに予想外の出来事に、ジルベールは間抜けに口をパクパクとさせた。
「世論ではすでに、殿下の御希望とは逆……。あの噂は嘘だった、という説が主流になっております……」
「その原因は、アンリエットの兄であるシャルル・クラメール。あの者が、別の噂を流しているせいでございます」
「アイツが、だと? その噂とはなんなんだっ!」
「『婚約破棄の原因は、アンリエットが養女だったから。血統を重んじる王太子殿下はそれを知って破棄を行い、自らの印象を操作するため非を押し付けた』。このようなものが、あちらこちらで広まっておりました」
これは昼間に、シャルルが頼んだもの。別紙にはこうするよう書かれており、これはシャルルが特定されてしまうが故に、オーカスは驚いていたのである。
「シャルル・クラメールは、前当主が隠していた事――『アンリエット・クラメールは孤児院の出である』を広めているようですし、その……。現に王族の皆様が婚約、結婚されているのは、貴族のみ。ヤツは二つの事実を武器とし、言い広めたようです」
「な……。なっ…………っっ」
「このままでは間違いなく、非難の矛先はやがて殿下へと御向きになってしまいます。いかが、なさいましょう……?」
「っっ! そんなの決まっているだろ!! これ以上悪化させないよう、とにかく元凶であるあのクソ野郎っ、シャルル・クラメールを殺せ!! 無残に殺してしまえ!!」
ジルベールは高価なソファーから立ち上がり、目を剥く。
「作戦の邪魔をしやがった上に、ボクの非難まで行う……っ。これが許せるものか……っっ。『オンブル』に指示を出せ!!」
オンブルとは、王族が密かに持つ暗殺部隊。これまで数々の敵――王族に歯向かう貴族を葬ってきた、文字通り影の存在である。
「か、畏まりましたっ。アンリエットは、どうされますか?」
「このタイミングでアイツまで不自然に消えたら、国民どもに余計な詮索をされてしまう。アンリエットには手を出さず、そうだな……。血まみれになった兄の死体をアイツに見せ、精神を狂わせろ。そうすれば大人しくなる上に当初の目的を果たせて、一石二鳥となるからな」
「「承知、致しました」」
命を受けた二人は速やかに部屋を去り、ジルベールは再度ソファーに腰を落としてほくそ笑む。
全てが、シャルルの思い通りに動いているとも知らずに――。
ここは王族が住まう、デュメン城。広い広い私室で優雅にレコードを聴いていたジルベールは、報告に来た者たちに顔を向けた。
「オーカス・ウルデは、数々の貴族に地獄を見せた人物だ。世間はすでに、アンリエットへの非難一色となっただろう?」
「「………………。………………」」
「? どうした? 即座に返事をしない人間は嫌いだと、昨日言ったよな?」
「す、みません殿下。実は、ですね……」
「先程街で、確認したところ……。悪評は、広まっておりませんでした……」
「なんだと!? どうなっているんだ!?」
自らが口にしたように、オーカスは数々の貴族に地獄を見せた人物。実績がある上に今回は、多額の報酬を与えた。
失敗する要素がないにもかかわらず、失敗している。そのあまりに予想外の出来事に、ジルベールは間抜けに口をパクパクとさせた。
「世論ではすでに、殿下の御希望とは逆……。あの噂は嘘だった、という説が主流になっております……」
「その原因は、アンリエットの兄であるシャルル・クラメール。あの者が、別の噂を流しているせいでございます」
「アイツが、だと? その噂とはなんなんだっ!」
「『婚約破棄の原因は、アンリエットが養女だったから。血統を重んじる王太子殿下はそれを知って破棄を行い、自らの印象を操作するため非を押し付けた』。このようなものが、あちらこちらで広まっておりました」
これは昼間に、シャルルが頼んだもの。別紙にはこうするよう書かれており、これはシャルルが特定されてしまうが故に、オーカスは驚いていたのである。
「シャルル・クラメールは、前当主が隠していた事――『アンリエット・クラメールは孤児院の出である』を広めているようですし、その……。現に王族の皆様が婚約、結婚されているのは、貴族のみ。ヤツは二つの事実を武器とし、言い広めたようです」
「な……。なっ…………っっ」
「このままでは間違いなく、非難の矛先はやがて殿下へと御向きになってしまいます。いかが、なさいましょう……?」
「っっ! そんなの決まっているだろ!! これ以上悪化させないよう、とにかく元凶であるあのクソ野郎っ、シャルル・クラメールを殺せ!! 無残に殺してしまえ!!」
ジルベールは高価なソファーから立ち上がり、目を剥く。
「作戦の邪魔をしやがった上に、ボクの非難まで行う……っ。これが許せるものか……っっ。『オンブル』に指示を出せ!!」
オンブルとは、王族が密かに持つ暗殺部隊。これまで数々の敵――王族に歯向かう貴族を葬ってきた、文字通り影の存在である。
「か、畏まりましたっ。アンリエットは、どうされますか?」
「このタイミングでアイツまで不自然に消えたら、国民どもに余計な詮索をされてしまう。アンリエットには手を出さず、そうだな……。血まみれになった兄の死体をアイツに見せ、精神を狂わせろ。そうすれば大人しくなる上に当初の目的を果たせて、一石二鳥となるからな」
「「承知、致しました」」
命を受けた二人は速やかに部屋を去り、ジルベールは再度ソファーに腰を落としてほくそ笑む。
全てが、シャルルの思い通りに動いているとも知らずに――。
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