上 下
6 / 25

2話(3)

しおりを挟む
「………………はぁ、はぁ、はぁ。どうにか、収まった……」

 深呼吸を始めて7分後。あたしはようやく、落ち着きを取り戻した。
 抑え込めたと思っても急に飛び出してくる、先輩が真似した『素敵な人、だったなぁ』。あのせいで何度も発狂しかけて、本当に危なかった……。

「ユリオス先輩のせいで、悶え死(じ)ぬところでしたよ。まだ呑気に笑ってますけど、一歩手前だったんですからね?」
「はいはい、ごめんごめん。それじゃあそろそろ、本題に戻るよ」

 先輩は目尻を拭って、相変わらずの表情でパンと手を叩く。
 この人は絶対に悪いと思ってないけど、そういう生き物だからしょうがない。気を取り直して、『素敵な人、だったなぁ』と言う件についてもう一度話そう。
 あの直後で全く内容を変えないのは良い性格してるけど、しょうがないので、もう一度話そう。

「エステルは、ここにいたい。ここにいるには、アレを言わないといけない。だったら、分かってるよね?」
「…………ぐぬぬぬぬぬ……。ぐぬぬぬぬぬぬぬ……っ」

 あんな台詞は、二度と口にしたくない。
 だけどこのタイミングで放り出されたら、簡単に捕まって濡れ衣をかけられたまま追放されてしまう。姉さんや父さん母さんの罠に、まんまと嵌ってしまったことになる。
 それに比べたら……。マシ、よね。

「その顔。心が決まったようだね?」
「わかった、わかりましたっ! 言えばいいんでしょ言えば!」
「そう、言ってくれるだけでいいんだよ。俺はそれを楽しく聞いているから、さあいつでもどうぞ――と言いたいところだけど。何もしなくていいよ」

 ベッド脇で目を意地悪くキラキラさせていた先輩は、クスリと口元を緩めた。
 へ……? は……?

「え? ええ? 突然どうしたんですか……!?」

 あたしはおもわず膝歩きで近寄り、オデコとオデコをくっ付けてみる。
 熱は、ない。いつも通りの意地悪い思考回路が働いてるのに、なんぜこんなことを言い出したの?

「はっ! まさか、これさえも罠!? こうやって油断させておいて、持ち上げてから落とすつもりなんですね!?」
「違う違う。さっきのは、全部冗談。本当に、何もしなくていいんだよ」

 先輩は肩を竦め、「悪ふざけが過ぎたね。ごめんごめん」と続けた。
 その様子に嘘はない…………んだけど、それならますます気になっちゃう。TPOを一切弁えない、で有名なあの先輩が、まさかの撤回をしたワケはなに?

「ユリウス先輩らしくなくて、滅茶苦茶不安です。理由は、なんなんですか?」
「理由? それは、至ってシンプルだよ」

 先輩は顔をしっかりとこちらに向け、あたしの額をツンと突っつく。そしていつものようにヘラヘラとしたノリで、

「俺はエステルを、愛しているから。愛している人が本当に困る事をするつもりはなく、そんな人の窮地を利用するつもりもないから、だよ」

 いつもではあり得ない、信じられない台詞を口にした。
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

魔法が使えなかった令嬢は、婚約破棄によって魔法が使えるようになりました

天宮有
恋愛
 魔力のある人は15歳になって魔法学園に入学し、16歳までに魔法が使えるようになるらしい。  伯爵令嬢の私ルーナは魔力を期待されて、侯爵令息ラドンは私を婚約者にする。  私は16歳になっても魔法が使えず、ラドンに婚約破棄言い渡されてしまう。  その後――ラドンの婚約破棄した後の行動による怒りによって、私は魔法が使えるようになっていた。

親に捨てられた長女ですが両親と王子は失脚したようです┐( ^_^;)┌

頭フェアリータイプ
恋愛
クリームランド公爵の長女ルカは神の愛し子である妹アンジェラを悲しませたという理由で戒律が厳しいことで有名な北の修道院に送られる。しかし、その3年後彼女は妹の望みで還俗することになって??? 投稿後3日以内にお気に入り10で短編に変更連載続行します。 お気に入りありがとうございました。短編に変更し連載を続行します。完結までどうぞお付き合い下さいませ。 イイカンジノカオモジを発見したのでタイトルを微変更 どうにかこうにか完結。拙作お付き合い下さりありがとうございました。

婚約破棄され、思わず第二王子を殴りとばしました~国外追放ですか!心から感謝いたします~

四季 葉
恋愛
男爵家の令嬢アメリアは、出世に興味のない医師の両親と幸せに暮らしていました。しかし両親を流行り病で亡くし、叔父が当主をつとめる侯爵家に引き取られます。 そこで好きでもない第二王子から一目惚れしたと言われ勝手に婚約者にされてしまい、 「アメリア、君との婚約を破棄する!運命の相手は別にいると僕は気がついたんだ」 散々自分のことを振り回しておきながら、勝手なことを抜かす第二王子に、普段はおとなしい彼女はついにキレてしまったのです。 「婚約破棄するなら、もっと早くできなかったんですか!!」 そうして身分を剥奪され国外追放となりますが、彼女にとっては願ってもない幸運だったのです。

公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです

エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」 塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。 平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。 だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。 お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。 著者:藤本透 原案:エルトリア

王太子に婚約破棄され塔に幽閉されてしまい、守護神に祈れません。このままでは国が滅んでしまいます。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 リドス公爵家の長女ダイアナは、ラステ王国の守護神に選ばれた聖女だった。 守護神との契約で、穢れない乙女が毎日祈りを行うことになっていた。 だがダイアナの婚約者チャールズ王太子は守護神を蔑ろにして、ダイアナに婚前交渉を迫り平手打ちを喰らった。 それを逆恨みしたチャールズ王太子は、ダイアナの妹で愛人のカミラと謀り、ダイアナが守護神との契約を蔑ろにして、リドス公爵家で入りの庭師と不義密通したと罪を捏造し、何の罪もない庭師を殺害して反論を封じたうえで、ダイアナを塔に幽閉してしまった。

無実の罪で投獄されました。が、そこで王子に見初められました。

百谷シカ
恋愛
伯爵令嬢シエラだったのは今朝までの話。 継母アレハンドリナに無実の罪を着せられて、今は無力な囚人となった。 婚約関係にあるベナビデス伯爵家から、宝石を盗んだんですって。私。 そんなわけないのに、問答無用で婚約破棄されてしまうし。 「お父様、早く帰ってきて……」 母の死後、すっかり旅行という名の現実逃避に嵌って留守がちな父。 年頃の私には女親が必要だって言って再婚して、その結果がこれ。 「ん? ちょっとそこのお嬢さん、顔を見せなさい」 牢獄で檻の向こうから話しかけてきた相手。 それは王位継承者である第一王子エミリオ殿下だった。 「君が盗みを? そんなはずない。出て来なさい」 少し高圧的な、強面のエミリオ殿下。 だけど、そこから私への溺愛ライフが始まった……

無能だと捨てられた王子を押し付けられた結果、溺愛されてます

佐崎咲
恋愛
「殿下にはもっとふさわしい人がいると思うんです。私は殿下の婚約者を辞退させていただきますわ」 いきなりそんなことを言い出したのは、私の姉ジュリエンヌ。 第二王子ウォルス殿下と私の婚約話が持ち上がったとき、お姉様は王家に嫁ぐのに相応しいのは自分だと父にねだりその座を勝ち取ったのに。 ウォルス殿下は穏やかで王位継承権を争うことを望んでいないと知り、他国の王太子に鞍替えしたのだ。 だが当人であるウォルス殿下は、淡々と受け入れてしまう。 それどころか、お姉様の代わりに婚約者となった私には、これまでとは打って変わって毎日花束を届けてくれ、ドレスをプレゼントしてくれる。   私は姉のやらかしにひたすら申し訳ないと思うばかりなのに、何やら殿下は生き生きとして見えて―― ========= お姉様のスピンオフ始めました。 「体よく国を追い出された悪女はなぜか隣国を立て直すことになった」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/465693299/193448482   ※無断転載・複写はお断りいたします。

「優秀すぎて鼻につく」と婚約破棄された公爵令嬢は弟殿下に独占される

杓子ねこ
恋愛
公爵令嬢ソフィア・ファビアスは完璧な淑女だった。 婚約者のギルバートよりはるかに優秀なことを隠し、いずれ夫となり国王となるギルバートを立て、常に控えめにふるまっていた。 にもかかわらず、ある日、婚約破棄を宣言される。 「お前が陰で俺を嘲笑っているのはわかっている! お前のような偏屈な女は、婚約破棄だ!」 どうやらギルバートは男爵令嬢エミリーから真実の愛を吹き込まれたらしい。 事を荒立てまいとするソフィアの態度にギルバートは「申し開きもしない」とさらに激昂するが、そこへ第二王子のルイスが現れる。 「では、ソフィア嬢を俺にください」 ルイスはソフィアを抱きしめ、「やっと手に入れた、愛しい人」と囁き始め……? ※ヒーローがだいぶ暗躍します。

処理中です...