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第12話 幼馴染2人のその後~リュクレースの場合・その4~ リュクレース視点

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「……いよいよですね、フィリベール様」
「ですね、リュクレース様」

 国内で3番目に多い収容人数を誇るホール、その内部にある控え室のひとつ。その中で椅子に座っているわたしは、神妙な面持ちで午後3時30分を示すかけ時計を見つめました。

 今日4月29日の午後6時。

 その時間にマリィ先生の演奏会が幕を開け、その2時間前に『前座』が始まります。そしてわたし達はその一番手を務めさせていただくため、まもなく控え室を出てステージ脇へと向かわないといけないのです。

「前座として出演が決まってから今日まで、あっという間でしたね。とても充実した時間を過ごせました。リュクレース様のおかげで」
「それは、わたしも同じです。フィリベール様がいらっひゃるおかげで――すみません。緊張で噛んでひまひ――またすみません。噛んでしまいました」

 …………。実を言いますとわたしリュクレースは、周りにビックリされるくらい緊張しいなのです……。

 ――大勢に自分が行っていることを見られる――。

 ソレはコンテストでも友人の集まりでも同じで、規模に関係なく、とにかく『大人数』が苦手。舞踏会でのダンスなど沢山の人が同時に行っている中で行う分には平気なのですが、ピアノのように視線や関心が一点に集中する状況が、信じられないほどに苦手なのです。
 ですのでステージ脇へ移動する――本番が近づくと緊張のスイッチが入り、手足が氷のように冷たくなって震えが止まらなくなるのです。

「で、でも、大丈夫です。すぐに、収まりますので」

 わたし達の間にあるテーブルに置いてある、お守り。こちらは今は亡きおじい様が幼い頃にくれた『緊張しなくなる不思議なアイテム』でして、この状態に陥った時にオデコにくっつけるとピタッと緊張しなくなるんです。

「…………………………お待たせしました。もう大丈夫です」
「ほんの十数秒、待ってはいませんよ。緊張が解けてよかった」

 ちなみに優しく微笑んでくださっているフィリベール様は、緊張する姿を見たことがありません。その理由は……これまで伺う機会がなく、少し時間があるため尋ねてみました。

「僕が緊張しない理由ですか? それは、過去の大失敗が関係しているですよ」
「大失敗、ですか……?」
「ええ、とんでもない失敗なんです。僕は幼い頃は、非常に――リュクレース様も驚くくらい緊張する人間でしてね。そのせいで身体が固まって、とあるコンクールでまったく演奏できずに終わってしまった経験があるんですよ」

 散々な結果に終わり、激しく後悔する――自室に閉じこもって涙が涸れるまで泣き、不甲斐なさに絶望する。その際に控え室から大失敗までの出来事が何度も何度も頭の中に蘇って来て――

「原因を強制的に考えさせられて、嫌という程に理解させられたのですよ。緊張のせいで台無しになってしまったのだと」

 ――上手くいくかな……? 大丈夫かな……? 失敗しないかな……?
 そんなミスを恐れるマイナス思考が大量の緊張をもたらし、そんな大量の緊張が大失敗を招いた。

「なら、そう思わなかったから上手くいく。上手くいくかな……? 大丈夫かな……? 失敗しないかな……? と思わなかったから、緊張はしないんだ――失敗しないはずだ。そんな結論にいたり、ミスをすることを考えないようにしたんですよ。そうしたら次のコンクールでは非常に良い結果が出て、『はず』は『やっぱり』になる。マイナス思考がない――自信を持っていたら成功すると自分で証明してしまったので、それ故に緊張とは無縁なのですよ」

 むしろ成功以外の未来が頭の中にはなくて、大舞台の前はとんでもない自信家になってしまっていますね――。と、微苦笑を浮かべれました。

「……そう、だったのですね。確かに……。確かに、そうですよね」
「とはいえ、個性があるように人には人に合ったやり方があります。先ほど『お守りに頼ってしまう』と仰っていましたが、それでいいのだと――それがリュクレース様にとっての一番なのだと、僕は思いますよ」
「ありがとうございます。そう仰ってもらえると、気持ちが軽くなります」

 こちらに言及までしていただいたことに感謝をし、笑みに笑みをお返していると――ノックがあり、ステージへの案内係を担当されている方がいらっしゃりました。
 ですのでわたし達は改めて頷き合い控え室を出て、

「リュクレース様」
「フィリベール様」

 ふたり並んで、先生が与えてくださった大舞台に足を踏み入れて――
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