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「言葉垂らずで失礼致しました。俺は、貴女の自害を止めたかったのです」

 私がキョンとしていると、彼は諸手を上げたまま頭を下げました。
 この反応、声調。どうやらこの人の言葉に、嘘はないようです。

「俺は読書も趣味の一つで、幼い頃からレニア・フランの話は知っておりました。そして初めて記事を読んだ時から、思っていた事があったのですよ。『圧倒的な力を持つ者が、討伐されるのか?』『いや、それは有り得ない。レニア・フランは、自ら命を絶ったのだ』とね」
「……………………」
「どの書物にもレニア・フランが一国を滅ぼした理由は記されていませんでしたが、真の悪なら自害などしない。何かしら事情があったのではないか? と、幼少の頃から考えていました」
「……………………」
「そうしたら昨日レニア・フランの生まれ変わりがいたと報告が入り、更には今日理不尽に投獄されていると耳にしたため、この国の王に持論を展開するべく単身駆けていたのです」

 王族が単独で行動、しかも隣国まで来るなんて、普通は有り得ない。
 この部分も、全て真実……。

「本日届いた報告で、貴女がハルク殿に打ち明けた理由を知得しております。……やはりレニア・フランは――貴女は、俺が想像していた通りの人だった」
「…………………………」
「俺は正しい判断をした者が損をする人生は、間違っていると思っている。そんな事があっていいはずがないと、思っています。そして――。俺はそんな真っすぐな心を持った貴女に、惹かれています」

 彼は静かに私の前まで歩いてきて、スッと片膝をついた。

「サーシャ・ミラノさん。俺は貴女に幸せな人生を歩んでもらいたいし、可能ならば共に歩みたい。だからどうか、自害は止めてもらえないでしょうか?」
「………………。事情がどうであれ、私の手は血で汚れています。それでもまだ、貴方はそう言ってくれるのですか……?」
「無論です。……何があっても復讐するな、そんなものは綺麗事だ。誰だって裏切られたら、心身を苛まれたら、許せない。仕方がない。俺にとってこの手は、綺麗なままですよ」

 彼は私の右手に触れて、両手でそっと包んでくれた。
 大きくて、温かい手……。こんな風に優しさに触れたのは、久しぶりです……。

「貴女は辛い経験をされたばかりなので、ゆっくりで構いません。時間をかけてゆっくりと俺という人間を知ってもらい、その上で判断してもらって構いません」
「……………………」
「もしも受け入れていただけなかった場合でも、俺が――次期国王であるレオン・ハールンが責任を持って、貴女の生活を保証いたします。無責任に聞こえるかもしれませんが……。とりあえず、生きてはくださいませんか?」
「……………………」
「前回一国を滅ぼしたのは、夜。しかしながら今回は、昼。同じ運命を辿っているようで、違う部分もあります」

 彼は――レオンさんは包んでくれていた両手を一旦離し、片膝立ちのまま右手を差し出します。

「『もう終わった方がいい』と判断するのは、まだ早いです。その判断をもう少し先延ばしにして、貴女の時間を少しだけ、俺に使ってはいただけませんか?」
「…………………………。困り、ましたね。心の籠った言葉を沢山もらったせいで、気が変わっちゃいましたよ」
「サーシャ・ミラノさん。それでは……っ」
「はい。私を、ちゃんと『私』を見てくれてありがとうございます。これからよろしくお願いしますね、レオン・ハールンさん」

 自然と溢れ出していた雫を拭い、私は涙まじりで破顔一笑。間違いなく生涯で一番の笑顔で、その手を掴んだのでした。
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