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第9話 馬車の中で 俯瞰視点
しおりを挟む「!? アンリ様!!」
馬車が発進して、すぐのこと。ダツレットス家所有の馬車の車内に、従者エリックの声が響き渡りました。
なぜならば――。静かに拳を握り締めていたアンリが、自身の右頬を思い切り殴ったからです。
「お口から血が……」
「…………ちょっと口の中が切れただけだ。大丈夫。僕がしてきたことに比べたら、こんなもの大したことはない……!!」
今度は、パキッと口の中から嫌な音が聞こえるほど――奥歯が割れてしまう程に歯を噛み締め、自分のふくらはぎに拳を落しました。
「アンリ様……。いえ……いえ……! アンリ様は――」
「それでも。どうであれ、やったのは僕だ。今もやろうとしていたのは、僕だ。僕なんだ……!」
アンリはエリックの声を遮って首を左右に振り、声を震わせながらポケットからハンカチを取り出し、握り締めました。
「あの時も、あの時も、そう……。今なんて、僕を優しいと仰った……! そんな僕のために、あんなことまでしてくださっていたんだ……! それなのに……。それなのに……。あんなことを、しようとしていた……。そんなこと、できるわけがないじゃないか……!」
「…………。アンリ様……」
「今日のこと、だけじゃない。その次も、その次も。できるわけが、ない。もう、するつもりはない」
「! でしたら、まさか……」
「ああ、その通りだよ。今エリックが考えていることを、するつもりだ」
アンリとエリックは、ふたりが5歳の頃からの付き合い――12年も主従の関係を続けてきました。そのためお互いが考えていることを容易に理解でき、アンリは静かに頷きました。
「で、ですが……。そんなことをすれば……」
「そうだね。あちこちに、問題が発生してしまうだろう」
「……………………」
「でも、それでも大丈夫。全てを丸く収める方法は、この頭の中にある」
青ざめているエリックに向けて微苦笑を浮かべ、とんとんとん、と。左の人差し指で、自分の頭を軽く突っつきました。
「そのためには、少しばかりエリックに協力してもらわないといけないんだ。まずはね、屋敷に帰ったら――」
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